星の砂「ストッパー解除」







「おはよう・・・・ロックオン。ごめんなさい、ずっと眠ってしまった」
「いいんだよ。よく眠れたか?」
「はい」
ジャボテンダーを抱きしめたティエリアを、ロックオンは抱きかかえて、ドクター・モレノに手を振って、ロックオンの部屋に帰っていった。

「どうするべきか・・・・知らせるべきか、いや・・・・」
ティエリアの精神分析の結果に、ドクター・モレノは深刻になっていた。
ティエリアの脳には、人工的にストッパーがかかっている。それは、自害しないというもの。
「だが・・・・ロックオンがいなくなれば、恐らく」
そのストッパーも想いの強さから解除されるだろう。あってはならない、マイスターの自殺など。ロックオンの後を追おうとするだろう、恐らくは。彼と常に共にあることを望むティエリア。
そして何より、最近の精神分析の結果が思わしくない。
まるで砂漠が広がっていくように、ティエリアの幼い部分が大きくなっている。本来ならオアシスであるはずの部分が砂漠の星の砂で覆われていく。
ティエリアのマスターはロックオンだ。体の関係をもったことで、マスターであったイオリアが上書きされ、ロックオンとなった。ティエリアにとっては、ロックオンは世界の全てといっても過言ではない。
マイスターであったティエリアを変えたのはロックオンだ。ロックオンを愛し、愛されたせいでティエリアという計画遂行のためのイオリアの一つの「駒」は大きく変動した。
「ティエリア・・・・・ロックオン・・・」
ドクター・モレノは最近いつも、精神分析の結果を、ミス・スメラギに報告することなく破ると、自分だけの胸にしまった。

次の日、またティエリアとロックオンが遊びにやってきた。
ドクター・モレノはいつものように二人を出迎える。
「あー、今度はどうしたぁ?」
「ジャボテンダーパンチ!」
「びでぶ!」
「あははははは」
ティエリアはべしべしとドクター・モレノをジャボテンダーでどつき回すと、満足したのか椅子に座って、もらったお菓子を食べる。
「ロックオン、ドクター・モレノをやっつけた」
「おー、凄いな」
ロックオンに抱きしめられて、ティエリアは嬉しそうだった。
「お父さんはそんな子に育ては覚えはないー!」
叫ぶドクター・モレノに、ティエリアもロックオンもぶんぶんと首をふる。

「育てられた覚えないから」
「僕もないよ」
そして二人で、けらけらと笑う。
「そうか。もう遊んでやらん」
「嘘だ!僕はドクター・モレノに育てられた!実は隠し子なんだ!!」
必死に前言撤回するティエリアはおもしろおかしく、いつでもかわいい。

「ティエリア。少し、調整に入ろうか」
「また?この前も精神分析を受けたばかりだぞ」
「ああ、まぁちょっとひっかかる部分があったんだ」
「分かった」
ふてくされながらも、ティエリアはロックオンを置いて奥のティエリア専用のメディカルルームに入っていく。
「マスターは?」
スクリーングラスの奥で目を細めながら、ドクター・モレノはティエリアに問う。
「ロックオン・ストラトス」
ティエリアの答えは変わらない。ロックオンと付き合うまでは、イオリアだったのに。
「イオリア・シュヘンベルグはどうした?」
「マスターは上書きされた。今の僕のマスターは、ロックオン・ストラトス」
まるで人形のように表情も変えないティエリア。身動きもしない。
「何故、上書きになった?」
「恋をしたから」
淡々と答えていく。機械のように。そこに、いつものティエリア・アーデはいない。ただの、命令を聞いたり、質問に答えるだけの人工生命体。まるでアンドロイドのような。
「恋をしたから、上書きされるのか?」
「そう。イオリア・シュヘンベルグからロックオン・ストラトスに。上書きしなければ、脳内ネットワークが成り立たない。私の世界は、ロックオンで満たされている。イオリアの世界にロックオンはいらない。だから上書きした」
まるで、本当の機械のようだ。マスターの上書きなど。
「分かった、お前のマスターはロックオン。それはどうすれば変わる?」
「変わらない。彼が死ぬまでは、あるいは死んでも」
その答えに、GN粒子の光を放っていた体から、光が消えた。ふわりと、ティエリアの髪がなびいて、ティエリアは消えた光を探すように視線をさまよわせた後、目を閉じる。
「ドクター・モレノ。私は、やはりだめなのだな」
「・・・・・・・なんともいえんな。お前が選んだ道だ」
「そうだな。これは、私が選んだ道だ。ヴェーダから反対されていたのに、人間に、誰かに恋をしてマスターを上書きしてしまった。もう元には戻れない。私は、このまま進んでいく。星の砂を世界に散らしたあのゲームの物語のように、私は星の砂を散らしてそして最後は無となる」
覚悟はある。もう、恋をしてしまった後だから。
無となって消えてもいい。星の砂の一粒になるまで、ロックオンを愛し続ける。もう戻れない。星の砂の砂時計は動き出している。
「精神に施されたストッパーを解除する」
「なんの?」
「自害防止」
「・・・・・・・。いいの、か?僕は、万が一の時がきたら、彼のあとをおおうとするぞ」
「このままでは、万が一の時がきたら、お前の精神は崩壊する。ストッパー解除は俺の独断だ」
「好きにしてくれ・・・・・」
ティエリアは、メディカルルームの天井を見つめてから、ため息を零した。

そう、僕は人ではない。イオリアが作りあげた人工生命。計画遂行のための駒。かわりはある。僕というかわりが。スペアの、ティエリア・アーデが研究施設で今でも眠っている。

いつまで、ロックオンと愛し合えるのだろうか。
ずっと一緒にいたい。
涙が自然と流れて、弾けて銀色の泡となって消える。
「大丈夫だ。ロックオンは、ずっとお前を守ってくれるさ」
「当たり前だ」
ストッパー解除も、ティエリアの現状も。
全て、ロックオンには知らされなかった。

NEXT