AIマリア







ティエリアは、いつものようにバーチャル装置に入って、仮想世界にダイブした。
バーチャルエンジェルとなった、神が創造する美の化身が、仮想世界に舞い降りた。
降りてくるとき、ティエリアの背中にはいつも白く輝く六枚の翼があった。
そういう風に設定した覚えはない。
バーチャル装置に備わっている、AIのマリアが勝手にデータとしてのティエリアの存在に手を加えたのだ。AIマリアは、ハロのようなAIではなく、完璧に人としてのAIを誇っている。
いつの時代にか、こんなAIをもった人型のアンドロイドが開発されるだろう。
それも、そう遠くはない未来だ。
実際に、マリア並みのAIをもったアンドロイドは開発されていた。
だが、暴走をおこしてまだ開発途中であり、一般用に市場に出回ることはない。

(マスター、おはようございます。マスターの脳波をキャッチしました。マスターの精神波長が穏やかです。何かいいことでもあったのですか?)
「ああ、AIマリア。君のお陰で、僕は救われた。刹那に僕の体調の不調を言ってくれたそうだな。お陰で、危険状態から回避することができた」
ティエリアは、心からAIマリアに感謝した。
刹那が気づいてくれなければ、もしかすると命を落としていたかもしれない。
刹那と同じように、自分の体を他人のように扱うことに慣れてしまったティエリアは、少々体温があがっただけと危機感を抱いていなかった。
生命維持の危険ラインまで熱が上昇するとは思ってもいなかった。
(AIマリアは、マスターに従属しています。マスターの生命を守るのも、AIマリアの仕事です)
「分かっている。でも、ありがとう」
(マスター、元気になってくれてAIマリアも嬉しいです)
仮想世界に降りたが、この前のまま、いじっていない。
泉のほとりに花畑が広がり、ユニコーンがやってきた。
ティエリアは、そのユニコーンの鬣(たてがみ)を撫でて、花畑に座り込んだ。

透き抜けるほどの青空。
どこまでも青く青く。
風が、ティエリアの髪をなでていく。
花びらがふわりと広がり、雪のようにティエリアに降り注いだ。
(データをロード中です。しばし、お待ちください)

「よ、ティエリア」
「ロックオン!」
ティエリアは驚いた。
ロックオンのデータは破棄したはずなのに。
いや、破棄してもティエリアの脳の中に刻み込まれている限り、幾度でもデータとしてロードすることは可能であった。
花畑に現れたロックオンは、いつもの格好で佇んでいた。
そして、ティエリアを抱きしめる。
「もっと、自分の体を大切にしてくれ」
「はい・・・・」
今回のことで、流石のティエリアも懲りた。もっと自分の肉体に執着し、健康管理をしようと決めた。
「それから、衛星兵器、メメント・モリの破壊ミッション、ミッションクリアおめでとう」
「ありがとうございます」
「ライルの奴はちょっと気難しいけど、優しいいいやつだぜ。連携うまくなったな。これからも、その調子でな」
「ライルは、本当に優しい人です」
「だろう?自慢の俺の弟なんだ」
ロックオンがはにかんだ。
「ティエリアは、また強くなった。仲間との信頼という力を手に入れた。仲間を大切にな。お前は人間だ。刹那の言うとおりに、人間で俺たちの仲間だ。ずっと、傍で見守っているよ。これからも、ずっと」
「あなたがなしえなかった未来を、僕は掴みせます。そして、あなたとあなたの家族の仇も討ってみます」
「ああ、頼んだぜ!ティエリアならできる!またな!」
そういい残して、ロックオン姿は消えた。

「また、いつか」
ティエリアが、青空を見上げる。
さわさわさとふきぬけていく風を耳にしながら、ティエリアは暖かくなった心で、あの人はいつも自分の傍にいるのだと言い聞かせた。
(マスター、怒らないのですか?AIマリアは、勝手にマスターが破棄したデータをロードしました)
「いいや、ありがとう」
ティエリアは泣いていなかった。
データと愛し合うわけではない。
こんな風に、声をかけてもらって元気づけることくらい、許されるはずだ。
「AIマリア、君は僕のことを思ってしてくれたんだろう?」
(AIマリアは、いつでもマスターのことだけを考えています)
「ありがとう。お陰で、元気がでたよ」
(光栄です。AIマリアは、マスターを愛しています。マスターの脳波をキャッチしました。しばらくこの空間に留まりたいようですか、よろしいのですか?いつものように、戦闘訓練をされなくてもよいのですか?)
「ああ、たまにはこんな仮想空間でのんびりするのもいいだろう」
(それならば、先ほどのデータをもう一度ロードしますか?そのほうが、マスターの心が落ち着きます)
「いや、いいよ。データと愛し合うことはしない」
(出すぎた真似をしてしまって申し訳ありません)
「いや、いいんだ。会えて、嬉しかった。時折でいいから、こうやって会って言葉をかわすようにはできるか?」
(無論できます。マスターの望みのままに)
「ありがとう、AIマリア」

死んでしまったロックオンの幻影を追いかけるような真似になるが、幻影でもロックオンの姿を見ると生きようという強い意志がわいてくる。
時折、会って、少しだけ会話することくらい、きっと本物のロックオンも許してくれるだろう。
一人の時、ロックオンがいないからと時折錯乱状態に陥ってしまうことも、これでなくなるだろう。
「君にマリアという名前はよく似合っている。聖母のようだ」
(AIマリアは、開発者の手によって名づけられました。聖母マリアをイメージしてはいません)
「それでも、僕はそう思ったんだ」
(マスターの脳波をキャッチしました。AIマリアは嬉しいです)
ティエリアは、花畑に寝転んだ。
ユニコーン隣で、同じように横になる。

(マスター)
「AIマリア」
白い乙女の姿で、AIマリアがデータをロードする。
AIマリアは、本当に聖母マリアのように慈悲に溢れた優しい微笑みを向けた。
(AIマリアは、マスターに従属しています。けれど、AIにもAIとしての感情があります。AIマリアはマスターを愛しています。どうか、これからも私をご利用ください)
「ああ。分かっているよ」
白い乙女の姿が消える。
AIマリアはしょせんAIだ。人と恋愛することなどできない。
できるとしても、それは何も生み出さない。
(AIマリアは、マスター、ティエリア・アーデを愛しています。AIマリアは、マスターと出会えてよかったです。AIマリアは、これからもマスターを愛し続けます)
仮想世界に響く言葉。
その内容は、まるでティエリアが一途にロックオンを愛し続けることにどこか似ていた。
「AIマリア。僕も、君に出会えてよかった。ロックオンと会わせてくれて、本当にありがとう」
(AIマリアはマスターの意思を尊重します。仮想世界であるために、人の夢をかなえるために作り出されました。どうか、マスターにもささやかなる幸福を。AIマリアは、これからもマスターについていきます)

AIマリアは、人間としての感情でティエリアの幸せの精神波長に喜びを感じた。
(どうぞ、これからもAIマリアをご利用ください)