声は、遠くから聞こえてきた。 まるで導かれるように、声がするほうへとフェンリルは走り出す。 「お、フェンリルちゃんじゃないか。何か買い物かい」 いつものなじみの野菜屋さんの親父に声をかけられる。 「今忙しいのにゃ!!」 フェンリルは、おやじにウィンクして足をバイバイって器用にもちあげてふると、また駆け出していった。 (誰か助けて。誰でもいい、助けて) 「おみゃわりさーん、だにゃ!!」 フェンリルは、交番に駆け込んだ。 「お、フェンリル君じゃないか。どうしたね」 「助けを求めてるにゃ!」 「誰がだい?」 「あにゃ。分からないにゃ・・・・」 いつもの交番のお巡りさんたちが、フェンリルを取り囲み、巡査がフェンリルを抱き上げた。 「どうかしたのかな?まぁ、お茶でもしていくかい」 「にゃあ。していきたいにゃ」 フェンリルは、声が途切れたのでのんびり交番で暇つぶしをする。 何故、声が聞こえたのか分からない。でも、聞こえなくなったらどこから声がするのかも分からなくなって、途方にくれるよりは、また声が聞こえるまで待とうと思った。 フェンリルは頭がいい。フェンリル種族の幼子でありながら、様々な言語を理解する。 人語は当たり前で、世界にある種族独特の言語さえ理解する。王の血を引く証だろうか。血による魔力で分かるのだ。フェンリルは本来第一王位継承者。それが、母であるハイサラマンダーの炎の属性をもつ異端児であるため、精霊界で普通は生まれてすぐに殺されるのだが、父の庇護の下で幽閉という形でいきてきた。母親はたえず側にいてくれたし、父親もよくきてくれたので、幽閉されているといっても寂しくはなかった。 血の半分繋がった兄たちは、みなフェンリルを異端として、接してもくれなかったが。 「はい、今日のお菓子はドーナツだよ〜」 「ありがとうにゃー。うみゃいにゃ。これ、隣町のオートリー屋さんのドーナツにゃ?」 皿にの上のドーナツを、顔を砂糖まみれにしてぱくぱく食べていくフェンリル。子猫の姿をしているが、精霊なので普通は自然界のエナジーで生きるのだが、食べようと思えば、食べれるものならなんでも食べれる。かわいい上に愛嬌があって、面白い話をするし、仕草の一つ一つがたまらなくかわいいので、この交番のアイドルでもあるフェンリル。 たまたま拾った100リラを素直に交番に届けた日、交番のお巡りさんたちはみんなすぐにフェンリルの虜になってしまった。ティエリアの精霊であるということも知っている。 町では、ティエリアとロックオンはちょっとした有名人。町の離れに住むヴァンパイアと、ヴァンパイアのハンターで、町を一度ヴァンパイアが襲ってきたことがあるのだが、守ってくれたのだ。 「おお、よく分かるね。あそこのパン屋さんは、人気が高くてなんでも売り切れてしまうんだよ。このドーナツはとくに一番人気だね」 フェンリルは、あまりのおいしさにほっぺが落ちそうな気分になった。 「もっと食べたいにゃ〜」 「うーん、かわいすぎるよ君!そのかわいさで、町を守ってくれたまえ!僕の分もお食べ」 「俺の分もさしあげるであります!」 「私もであります!!」 「何を、私も負けないであります!!」 交番のお巡りさんたちは、敬礼を巡査にしてそれから自分たちが食べかけていたドーナツをフェンリルにさしだす。 「いいのかにゃ?もらっちゃうにゃー」 フェンリルは、食べかけということこも気にしないで食べていく。 この交番には毎日のように遊びにくるので、みんなとは友達であった。時折ティエリアも連れてくる。ロックオンもくる。交番で茶を飲みながら、ロックオンもティエリアもみんなと仲良く町の安全のために熱く語るお巡りさんたちの話を聞き、自分たちはヴァンパイアハンターとして町の周囲にヴァンパイアが出没すれば報告し、殲滅したとも報告する。 「ティエリアちゃんは今日はいないんだねぇ。また連れてきてくださいねぇ。美人なので目の保養であります!」 「主とまた遊びにくるのにゃん」 「光栄であります!」 砂糖まみれの足をペロペロと舐めて綺麗にするフェンリルは、ドーナツのお礼にお巡りさんたちのほっぺにキスをしていく。 お巡りさんたちはもうメロメロ。 目がハートマークになっていた。 ティエリアを美人だなぁと、ティエリアが交番の前を横切る時があれば遠くなら眺めていたお巡りさんたちは、美人なティエリアとも知り合いになれて本当に嬉しかった。ロックオンはとてもいい人だし、似合いのカップルだとみんな思った。 (助けて・・・・・ああ、ママ、パパ) 「にゃ!」 フェンリルは、蒼い瞳を瞬かせる。 また、頭に直接声が聞こえたのだ。 「フェンリル、お巡りさんの友として、町を平和にしてくるでありますだにゃ!!」 フェンリルはみんなに敬礼を足でしてから、交番を飛び出していった。 「また遊びにきてね〜〜」 「今度は違うお菓子用意しとくからね〜」 「またねであります、フェンリル君!!」 交番のお巡りさんは、みんなフェンリルの手を振って、別れを惜しんだ。 毎日のように来てくれるけれど、ティエリアがヴァンパイアハンターとして指令を受けて出かけると、何週間も会えない。 まぁ、犯人を捕まえても、その時フェンリルがやってきて、犯人までメロメロになって、調書をとるどころでもないときがたまにあるけれど。 フェンリルは、お巡りさんと一緒に町を巡回したりして、町の名物でもある。フェンリルが走っていくと、みんな声をかけて笑いあう。何か事件があると解決してくれたり。例えば、そう、子犬が迷子になったら飼い主のところまで導いてくれたり。交番のお巡りさんが出動できない小さな事件をよく解決してくれて、お巡りさんたちも町の人たちもみんな感謝し、フェンリルは精霊でありながらまるで町の子供の一人のようであった。 フェンリルは、町の小さなお巡りさんでもある。 「フェンリル巡査、いってくるにゃ!」 「「「「いってらっしゃ〜い!気をつけてくださいであります!!」」」」 巡査他、三人のお回りさんは去っていくフェンリルに敬礼する。 フェンリルは、お巡りさんの手でフェンリル巡査になった。交番の人気者であり、そして一人の臨時のお巡りさんなのだ。精霊だけどね。 NEXT |