あなたは、僕と一緒にいってくれますか? そんな陳腐な台詞が頭に浮かび、ティエリアはロックオンに抱きしめられることで、その言葉をかき消していた。永遠に、共に在れたらいいのに。 これが神様の奇跡というのなら、ずっと一緒にはさせてくれないのだろうか。 作り上げた「彼」は、「彼」だった。 そう、ロックオン・ストラトス。 体のみならず、魂も記憶までも「彼」であった。 そこに、戦いの中で負傷し、ずっとコールドスリープをしていて、数百年後に目覚めたという、ティエリアがロックオンに設定した記憶は一切なかった。 ロックオンは、どこまでも優しかった。 このまま消えてしまいたい。そう思った。 「このままあなたと消えてしまいたい」 気づくと、そう口にしていた。 ロックオンは、ティエリアの紫紺の髪を優しくすいて、口づける。もう随分と長いこと切っていない。昔、女装というか、イノベイターのリボンズと会うためにつけた鬘、腰の位置までロングストレートの髪は伸びていた。 誰もいない無人の空間で暮らすことになれてしまって、もう外見なんてどうでも良かった。シャンプーで髪を洗っても、リンスはしない。おかげで、質のよい髪はボサボサになって、枝毛さえある。そんな自分が急に恥ずかしく思えてきて、ティエリアは自分の姿を省みた。 服はいつもと同じ、洗いざらしのジーンズにTシャツで、くたびれてよれよれになっている。 「あ、あの!着替えてきます!」 「昔の服、あるか?あれがいい」 「あります。ちょっと待っててくださいね」 ティエリアは部屋を飛び出して、隣の部屋に駆け込むとクローゼットを開けて、昔・・・・ロックオンといた頃に着ていた服装に着替えた。 勿論、何百年も服がもつわけがない。オーダーメイドで新しく作った服だ。 外見などどうでもよくなってから、この服を着ることもなくなったし、昔の紺色と紫がトレードマークのティエリア自身が発案したCBの制服を着ることもなかった。 ありふれた適当な服を何日も着続ける。昔のティエリアを考えれば、ありえないことだった。眼鏡はやめて、裸眼だ。コンタクトはしていない。光に弱い裸眼も、ずっとコンタクトをしないでいたのでもう光に慣れてしまった。 「色が、違う」 クローゼットの中を漁っても、ピンク色のカーディガンは見当たらず、水色のカーディガンしかなかった。 仕方なくそれを着る。 髪はヘアゴムで適当にまとめる。ブラシで解くことも忘れてボサボサだったけど。 物は時間が経てば劣化する。衣服はもちろん、何百年ももつわけがない。特種加工や空間に置かれているなら分かるが。 今は無人の、宇宙のトレミーに新しく作り直した制服はあった。 刹那やリジェネが死ぬまでは、それを着ていた。敵対関係であったリジェネとは、最後には和解した。 刹那と暮らして家は年月がたつにつれて周囲は老化するのに、自分たちは若い姿のままでい続けることに周囲の住民が眉を潜め始めた頃に引きはらい、世界を点々と旅するように生きてきた。 家を建てるごとに、借りるごとに、自分たちは何故年老いないのかという大きな疑問だけが頭に残った。 最初に他界したのは、イアンだった。CBの中で誰かと再び死に別れる日がくるとは、始めの頃は考えてもいなかった。それからミス・スメラギ、リンダ、アレルヤ、フェルト、ミレイナ、マリーと年月が経つ度に別れは増えていった。 最後まで生き残っていたライルは、世界を点々とするティエリアと刹那の家によく遊びにきてくれた。 亡き恋人アニューに誓うように一生を独身で貫いたライルは、晩年まで現役のマイスターだった。CBの一員で在り続けた。世界でのCBの存在も柔らかくなり、武装組織をもつ企業の一つに成長していた。太陽連邦と携帯する形で敵対は解かれた。世界に戦争がおこれば、CBが太陽連邦の意思の元に武力介入する。 ティエリアと刹那は、CBの一員であると同時に一般市民でもあった。もうほとんど戦うことをやめた彼らは、それでもCBの新しいメンバーを率いることもあったし、代表になることを何度も勧められた。一度は刹那はCBの代表にまでなったが、それも数年で終わった。周囲の人々は入れ替わる。なのに、自分たちは変わらない。 人間の寿命が150年を超えた今の世界でも、人間はどんな方法をとろうとろも必ず年老いる。 CBの研究員が不老不死の謎を解こうと、ティエリアや自分を実験サンプルのように扱うのをやめさせるために、刹那はCB代表となった。そして規律をつくり、イノベイターに関してはCBは触れないことになった。 代表を辞めた刹那は、いつもは隠れるようにティエリアと世界から背を向けるように静かに暮らし続けた。 そんな時代が何百年続いただろうか。 リジェネともついには和解し、世界に残されたイノベイターの三人は、トレミーで宇宙で生活するようになっていた。 もう、世界の何処にも彼らの居場所はなかった。CBでさえも、もう彼らは伝承や記録の存在と成り果て、保護を申し出てきたが、実際に保護されたといってもどんな扱いを受けるのか分かったものではない。 そう、彼ら三人は人ではない。 ティエリアとリジェネはイノベイターのイノベイドであるし、刹那に到っては人間から純粋なるイノベイターに目覚めた覚醒者だ。人はいつの時代でも不老不死を求める。CBの後ろについた財閥などは、それを求めて後ろ盾になったようなものだ。 刹那がイノベイターに、覚醒者になれるのなら他の人間でも不可能ではない。理論的にはそうだ。 彼らは世界から逃げた。逃げるしかなかった。 世界とはそんなものだ。自分たちが守ってやったことなども忘れ、変わりに牙をむける。 優しい世界。確かに優しい。人間にはとても優しい世界になった。争いも少なくなり、戦争など滅多に起こらないようになったし、貧困や飢餓には救いの手を差し伸べるのが当たり前のそんな、理想の世界が構築された。それもCBの、刹那たちのお陰だろうが、もうそれを知っている者などいない。 最後にライルが死に、彼の葬式に出席した日を境に、ティエリアと刹那はCBのマイスターであると同時に、CBに保護される珍獣になっていた。それから月日は流れ、刹那はCB代表になり、そして自分たちの安全を確保してからCBを去った。 それでも、二人はマイスターであり続けた。 紛争がおこると、ダブルオーライザーと新しく作り直されたセラヴィに搭乗し、新しいその時代のマイスターを率いて紛争根絶のために武力介入を続けた。 そんなことを数百年繰り返して、ついには正式なマイスターであることもやめた。 トレミーにダブルオーライザーとセラヴィを収容し、自動修理機能をもつロボットを搭載して、そして和解したリジェネをCBから守るために、一緒に住むようになった。 もう、地球に居場所はない。 なら、宇宙にいくしかない。 そう、宙(そら)へ。 トレミーがいつもそこにあり、そこから地球を見守っていた宇宙へと彼らは逃げた。 そう、逃げたのだ。 現実から逃れるように。 CBのマイスターで在り続ける限り、新しいマイスターたちとの死の離別は必ず訪れる。何度も何度も。何十人、何百人の友人や知人の死を見つめてきただろうか。 もうたくさんだ。そう叫んでも、周囲の人々は彼らを置いて死んでしまう。 「もう・・・・たくさんです」 ある日、ティエリアは泣き崩れて、マイスターの友人が死んだその日にCBを脱退した。後を追うように刹那も脱退した。 そして、刹那とティエリアは、宇宙で二人だけの新しいCBとマイスターを作った。そこにはリジェネもいたけれど、リジェネは主に機体修理などを手がけていた。 火星のA国とB国が戦争を起こしたと情報が入れば、二人はCB本体よりも早くに武力介入し、それはCBも認め、二人は異例ながら二人だけのマイスターとして、CBを脱退したのに、CBのメンバーに登録され続け、太陽連邦も彼ら二人をCBのマイスターと認めていた。 世界は、それでも知っている。 彼らが、世界を変えたことを。牙を向きながらも、それでも世界は記憶している。刹那とティエリアたちが世界を変えたことを。 太陽連邦は歴史を重んじる。二人のマイスターは、二人だけでそして特別だった。 ある日、リジェネがトレミーで体調不良を訴えたのが、ことの始まりだった。 いつもの、ティエリア大好き病からうる仮病かと二人は思った。 「頭が痛いんだ・・・時折、心臓も痛い」 地球に降りて精密検査を受けたのは、嫌がるリジェネが倒れた時だった。 新種の病気、しかも不治の病と宣告された。 刹那もティエリアもショックを受けた。せめて、最後は自分たちで看取ろうと、入院させることはせずにトレミーで闘病生活を続けることにした。本人の意思もあったので。 そして、同じ症状をある日刹那が訴えた。 そんな、まさかと思った。感染する病気ではないのに。 「俺も・・・同じかもしれない」 その言葉を聞いたとき、ティエリアは呆然として、それから刹那の足に縋って泣いた。 「僕を、僕を一人にするのか。君は。愛している。君を、愛している。僕を一人にしないで」 すでにリジェネの病状は緩やかに進行していた。刹那も精密検査を受け、同じ病気であることが発覚した。 二人の病気の進行は本当に緩やかだった。まるで健康人そのものに見えた。 でも、病は確かに二人の体を蝕んでいた。 先に他界したのはリジェネ。それから3年後に刹那が死んだ。 NEXT |