「嫌だ、嫌だ、刹那、僕を一人にしないで、ねぇ、嫌だよ、刹那、一人にしないで」 そう叫んで膝にとりすがるティエリアを、刹那はいつも困ったようにあやして落ち着かせていた。 先に他界したのはリジェネ。 リジェネの言葉を覚えている。 「世界にもCBにも絶望した」 まさに、その通りかもしれない。 刹那まで不治の病であることを知ったティエリアは、刹那と一緒に太陽連邦と正規のCBに二人だけのマイスターであることを辞める、どんな大規模な戦闘が起ころうとも武力介入をしないことを伝えた。 CBは、強く三人の保護を訴えてきた。 そして、不治の病に効くワクチンがあると甘言もしてきた。 その言葉を試してみると、リジェネが地球に降りてわざとCBに保護される形をとった。そして、刹那が代表であった頃に交わしたイノベイターとは接触しないことという規約を破り、CB側はリジェネを、まるで実験動物のように、実験サンプルとして扱った。 そのことを知った刹那とティエリアは、それが太陽連邦の意思でもあることを知って、リジェネの言葉と同じように、世界とCBに絶望した。 リジェネは、血液を抜かれたり、いろんな検査を受けさせられていた。投薬実験はなかったものの、扱いは実験サンプルと同じだ。CB研究員が、堂々と不老不死の謎を解くといっていたのだから。 リジェネを奪還して、もう二度とCBと関わるのはよそうと三人で固く誓った。 リジェネはいつもの小悪魔の笑みを浮かべて、ティエリアにある日懇願した。 「ティエリア、大好き。いつまでも側にいてね。この本面白かった。続き買ってきて。あ、アイス食べたい」 「はいはい。本の続きは今度ね。地球に降りる時に一緒に買ってくるよ」 「うん」 リジェネは、優しくなった。昔のような悪魔の黒リジェネはいなくなっていた。 ティエリアを愛するが故に、歪んでしまっていたリジェネは、ティエリアを手に入れて幸福の絶頂にいた。 アイスをとりにいった数分後、ティエリアが見たのは、安らかな顔で眠る、死去したリジェネだった。 なんの前触れもない。 この病は、本当に緩やかに進んで、心臓と脳にダメージを与えるが、緩やかすぎて本人も病気にかかっていると気づかないほどに穏かなものであるらしい。 「やだよ・・・・起きてよ、ねぇ、リジェネ、リジェネ!!」 ティエリアは泣き叫んで、リジェネを揺さぶったが、同じ石榴色の瞳が二度とティエリアを映すことはなかった。 アイスが地面に転がって、中身が飛び出した。 「うわあああぁぁぁぁぁ!!!」 ティエリアは、穏かなリジェネの泣き顔を両手で包んでキスをして、それからまた泣きじゃくった。 リジェネの遺体は、遺言があって、宇宙に流された。 「ばいばい、リジェネ・・・ここにはね、ロックオンも眠ってるんだよ・・・・」 ダブルオーライザーを飛ばして、棺にいれたリジェネを宇宙に流す。 刹那も泣いていた。二人で抱きしめあい、お互いを慰めあった。 「俺は死なない。リジェネ、おやすみ・・・・」 繊細な心が折れてしまったティエリアを支えたのは、やはり刹那だった。 刹那がいてくれたから、ティエリアはここまで生きてこれたといっても過言ではなかった。 「刹那、君は死なないで。リジェネみたいに、いなくならないで」 ツインが死んだ。ティエリアとシンメトリーを描くリジェネが死んでしまった。 刹那に、以前にもまして過剰なほどに接触するようになったティエリア。 「大丈夫だ。俺は、お前を残して死にはしない」 「絶対だから。約束だよ」 その約束が果たされることはなかった。 地球に降りた時、刹那の病状が快方に向かっていると担当の医師から聞いて、ティエリアは喜んだ。でもそれは、刹那が担当の医師に、そうティエリアに言ってくれといった嘘だった。 少しでも、ティエリアの負担を軽くしたい、ティエリアに心配をかけさせたくないという刹那なりの心遣いだった。 でも、時は無常に過ぎていく。 「刹那、刹那、刹那」 思い出すのは、刹那の笑顔と、お日様の匂い、そして暖かな体温。 刹那は、いつもティエリアの側にいてくれた。 寝るときはいつも絶対に一緒だった。 一見すると、普通の健康体に見えた。ティエリアも、病気は治ったのではないかと錯覚するくらいだった。処方された薬はずっと飲んでいたけれど、ある日刹那はティエリアを誘ってグランジェ3にでた。 「ここで、大規模な流星が見れるそうだ」 ダブルオーライザーを操る刹那の腕は衰えてはいない。高速で宇宙を翔けるダブルオーライザーを、セラヴィで追いながら、二人で綺麗な流星の大群を見た。 「お願いです。もう、僕から誰も奪わないでください。お願いです」 「ティエリア?」 「ロックオンから教えてもらったんだ。流星を見たときに願い事をいうと、叶うって」 「ティエリア・・・・」 その時、刹那はコックピットの中で静かに涙を流していた。 誰が、言えるだろうか。 この無邪気であどけない無垢な天使に。 もうすぐ、自分はいなくなるのだと。お前は一人になるのだ、一人で生きていけと。 誰よりも寂しがりやなティエリア。 リジェネの死をまだ克服できないでいるこの三年間は、本当にあっという間だった。 刹那には分かった。もうすぐ自分が死ぬのだと。病状は変わっていないし、どこも悪くなったという自覚症状はないが、なんとなく分かった。自分の体だ。どうなるかは、自分がよく知っている。 「もうすぐ、俺は・・・・」 「なぁに?」 通信で、ティエリアの顔がアップになった。 刹那は涙の痕もなく、普通だった。そして、笑顔でティエリアを励ました。 「また、来年も見れるそうだ。一緒に見よう。その次も、その次の年もずっと一緒に。ずっと一緒だ、ティエリア。俺が、お前を支える。ロックオンにそう誓ったんだ。俺が、お前を支える」 「うん」 二人はトレミーに帰還した。 それから数ヶ月後だった。刹那が他界したのは。 「君は、僕を、僕を置いていかないと言ってくれたじゃないか。ああああああぁぁぁぁ!!!」 泣き叫ぶティエリアを励ますものも、声をかける者ももういない。 かろうじで、ハロが無機質な声で話しかける。 「ティエリア、ナイテル、ティエリア、ナイテル」 「刹那、こんなの嘘だといってくれ、僕はこんな現実は受け入れたくない、こんなのは嫌だああああぁぁぁ!!嫌だよ、刹那、刹那」 遺体に取りすがり、泣き続けた。 やがて泣きすぎて、疲れて眠った。 ティエリアは、刹那の遺体も棺に入れて、ダブルオーライザーに乗ると、宇宙に流した。 「この宇宙には・・・・リジェネもロックオンも眠っている・・・寂しくないよね、刹那。待ってて。きっと、もうすぐ僕もいくから。一緒だよ」 なんとなく、予感はしていたのだ。 刹那が死去して数十年後、頭痛や心臓が痛む時があった。 そしてある日、思い切って、はじめて地上の病院で精密検査を受けた。 結果は陰性。もう手の施しようがなく、もっと早くに処置していればまだ十数年は生きれた、というものだった。 でも、後悔はなかった。 やっと、生という呪縛から解放されるのだという安堵感さえあった。 「待ってて。僕もいくから。リジェネ、刹那・・・・ロックオン」 でも、死までの時間は遠かった。一人で孤独で寂しくて、ハロを相手に会話しても虚しいだけで。 いつになったら死ぬんだろうか。 まだ生きている。目を開ける毎日の朝に絶望を覚える。 でも、どうせ僕は死ぬんだ。 もう、死んでしまうんだ。 だったら、最後の願いくらい叶えたい。 ねぇ、会いたいの。刹那もいなくなっちゃた。会いたいよ。 「会いたいよ・・・・ロックオン・・・・どうして、どうしてみんな、僕を置いて先に逝ってしまうの?」 刹那と見た流星を、数十年後、一人で見た。 そして、心に決めた。もう一度、彼を作ろうと。一度は死に別れた。作ったのに、死んでしまった。もう一度、彼を作ろう。 もう絶対に彼を作らないと決めていたのに。それを、その間違いをまた犯そうとしている自分がいる。でも、止める自分もいない。むしろ、会いたいとの思いが募るだけで、どんどん大きくなって日常生活も支障が出てきた。 彼の、幻聴が時折聞こえるのだ。 「どこですか。どこにいるんですか、ロックオン・・・・いないの。いないの?」 トレミーを徘徊する様は、まるであの時、ロックオンを失って、CBを再建する四年間に似ていた。 それはきっと純粋な愛ゆえ。ティエリアは半ば狂っていたのかもしれない。 孤独で一人ぼっちで。寂しくて。 会いたい。 あなたに、会いたいです。 ロックオン。 NEXT |