「う・・・・ひっく、ひっく」 ティエリアは、刹那のことを思い出して、隣の部屋で泣き出してしまった。 「どうしたんだ、ティエリア?」 「ロックオン」 抱き上げられて、ティエリアはロックオンの背中に手を回す。 「リジェネが・・・刹那が・・・みんな、僕を置いて死んでしまった。あなたも。ねぇ、どうしてみんな僕を置いていくのかな?僕、何か悪いことしたかな?」 「ティエリア、目瞑って」 「はい」 流れ落ちる涙を吸い取って、ロックオンはティエリアを抱き上げると寝室にまで戻り、ベッドの上にそっとおくと、紫紺の髪をなでる。 「今、体温感じる?」 「はい。暖かいです」 「誰の体温?」 「あなたの」 「あなたのじゃわからないぜ?」 「ロックオンの」 「そう。俺は今、お前の側にいるだろ?だから、泣くな」 「・・・・・・・・・・・いなく、ならないで・・・・」 ぎゅっと、力なく服の裾を握ってくるティエリアは、ロックオンの記憶の中のティエリアよりも更に細くなり、華奢になっていた。大分やつれたと思う。でも、美しすぎる美貌はそれでも色褪せることを知らない。 「いつも、こんな風に一人で泣いてたの?」 「はい」 「かわいそうに」 ロックオンは、心の底からそう思った。 刹那がいるから、一度は安堵して天にこの魂は昇ったのだ。 転生の輪に入って、何度かこの数百年の間に転生さえした。その魂の全てにロックオンの記憶はなかった。 何度目かの動物や植物や人間の人生の死、魂が天に昇った時、そこで刹那の魂と出会った。 「ティエリアが・・・一人でいる。会いにいってやれ。神様を脅してでも」 刹那は、転生の輪に入ることなく、ティエリアをずっと見守っていたようだった。ロックオンも、最初は二人を見守っていたが、転生の輪に入るのは自然のこと。安心して天に昇り、あとは流れに身を任せた。 まさか、ティエリアが一人きりで生きているとは思わなかった。 刹那なら、ずっと側にいるのだと信じて疑わなかった。その刹那も病で死んだ。 それを知って、ロックオンはいてもたってもいられずに、神様に懇願した。どうか、奇跡をもう一度、と。 たくさんの魂が、ロックオンの魂の願いに呼応して、懇願した。それが神であるのかは分からなかった。でも、きっと天使だ。だって、言葉を聞き入れてくれたのは人の形をしていて、翼を6枚生やした、天使の最上位階級のセラフと同じ姿をした貴婦人だったのだから。 ************************* 「ジブリール。また、ですか。いろんな次元であなたも、この者たちに慈悲を与えすぎなのではないですか」 「そうでしょうか。でも、人を想う気持ちの純粋さに、私は惹かれたのです。神の奇跡を、もう一度。願う者は多い。でも、皆私欲のため。誰かのために純粋に願い者は限りなく少ない。ここまでエーテルをもつ魂は」 ジブリールと呼ばれた貴婦人の天使、最上位階級のセラフは、違う次元でロックオン、ニールという魂を脳死した少年に宿らせ、力を使い果たして消えた天使、セラヴィのことを思い出して、至高天を見上げた。 「我らが主よ。あなたは、我らに神の力を与えた。ならば、我らの好きにしてもよいと判断してよいのですね」 声は、聞こえなかった。 主が住むエテメナンキの塔からは、声が聞こえたことはない。 「地上の天使に、今一度慈悲を」 貴婦人は祈る。 天使たちは賛美歌を歌う。神の奇跡を起こすために。 ************************* 「好きなだけ泣くといい。俺が、今は側にいるから」 「・・・・・・・・うわああああぁぁぁぁ」 ティエリアは、その日体中の水分がなくなるかと思うほど泣きまくった。 ずっと、涙を流すということを忘れていたような気がする。コールドスリープしようかとも思ったが、装置がないのでやめた。自分から命を絶つことだけはできなかった。ロックオンが命をかけて守ってくれたこの命を、自分から経つ行為だけは、世界を裏切ってもできない。 元々、世界に裏切られたのだ。 もうどうでもいいと、半ばやけになりながら、それでも生きた。 自分が病であると気づいて、それでも薬さえ飲まず、最初に診断されて入院を勧められたがきっぱりと断って、それ以来病院にさえいかなかった。 病状は緩やかに進行しているのだろう。当のティエリアにさえ分からない。 時折頭痛がして、胸が痛くなる。それだけだ。 昔となんら変わっていない。 世界で、この病気の特効薬やワクチンが開発されたとの情報はない。むしろ、宇宙開発に出て、宇宙に住む者たちの一部だけがかかる病気だそうで、特にCB側からこの病気にかかる者が多いとの情報が出ている。 イノベイターの細胞を移植した者が、この病気にかかり死んでいくそうだ。 今、世界にいるイノベイターはオペレイタータイプで、人間と変わらず年を緩やかではあるがとって150年前後で死んでいく。イノベイターの子孫はその細胞と遺伝子を受け継ぎ、イノベイターとして生まれる。 もう、世界に純粋なイノベイターはティエリアのみ。人工生命体として生み出そうとCBも試みたが、失敗に終わっている。全ては、イオリア計画の中で終わったのだ。必要な書類などはCBの手に渡る前にリジェネが焼却処分した。 ティエリアが持っていたのは、トレミーに残されたもの。リジェネは、いつかティエリアがロックオンを作り出すかもしれないと、気づいていたのだろうか。 一番重要な書類を残していった。それは、人工生命体の基盤をつくるものだった。 これなくしては、人工生命体は作れない。それほど重要な書類やファイル、データをリジェネは研究施設からもちさり、トレミーに移した。そして死去した。 リジェネは言っていた。 「いつか、この中に役に立つものがあるよ」 宝箱のようにしまった中身を漁って、ティエリアが再びロックオンを作ろうと考えたのは、逡巡しながらも、この命果てるまでに、作れると確信してからだった。 果たして、「彼」は一緒にもう一度ついてきてくれるだろうか。 僕が死んだら、あなたはどうしますか? あなたには、生きて欲しいです。でも、強制はしません。 だって、あなたの命はあなたのものなのですから。 ティエリアは、泣き疲れて、すーすーと眠っている。 ロックオンは、ティエリアの全く日に焼けていない肌が、カサカサになっていないのを確認して苦笑した。髪は少し傷んでいるようだが、先端を切ってそろえれば大丈夫。 「やり直そう。全て」 ロックオンは知らない。 ティエリアの命の灯火が、消えようとしていることを。 ロックオンは、とても幸福そうだった。 「この幸せは、ずっと続くんだ」 続けば・・・・いいのにね。 ずっと一緒にいれたらいいのにね。 昔、ティエリアがよく歌っていた唄の歌詞にそんな言葉があった。その通りに、現実のものになればいいのに。 ずっと一緒にいれたら。 もう、何もいらない。 もう、何も。 NEXT |