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「待って、待って、行かないで、置いていかないで!!」
ティエリアは、叫んで、そして目覚めた。
衣服は昨日着替えたままだ。全てが幻想ではないのか。自分の脳が作り出した幻覚ではないのか。
「僕は・・・・置いて、いかないで。リジェネ、刹那・・・・ロックオン」
ティエリアは、夢遊病患者のようにふらふらと裸足で歩きだして、金色の羊水が満たされているカプセルのところにくると、そこに「彼」の残骸を見て泣き出した。
「僕は、僕は、ただ会いたかっただけなんです・・・・ごめんなさい・・・・許して・・・」
誰に許しを請うているのかも分からなかった。
「彼」にならなかった「彼」たちが漂うカプセルはこうして改めて見ると不気味だった。
人の形にならなかった、人の残骸品。
ティエリアは、全てを分解処分にかけた。
そう、全ては夢だったのだ。でも、幸せだった。夢の中でも、「彼」に出会えたのだから。
抱きしめられて、声を消けて、体温を感じて、呼吸の音と鼓動の音を聞けた。
「もういいんです・・・僕が、バカでした」
石榴色の瞳からは、また涙が零れて止まらなかった。
「待ってて。いくから。一緒に。リジェネ、刹那、ロックオン・・・・」
ティエリアは、洗面所にいくと、そこにあったカミソリをもちだして、湯船に湯をはると、ためらいがちに手首を浅くきった。
鮮血は、鮮やかだった。
真紅。刹那の瞳の色を思い出す。
「刹那だぁ」
もう、どこか完全に壊れている。
今まで一人で生きてこれたのが、奇跡かもしれない。
「刹那、ここにいたんだ」
湯船の中に広がっていく血を、片方の手で追いかける。
「刹那、どうしてこんなところにいたの?僕を置いて・・・一緒にいてくれるっていったじゃない」
カミソリを、更に深く手首に食い込ませる。
ジュージャーと、お湯の流れる音だけが耳の鼓膜を打つ。
「タイヘン、タイヘン、ティエリア、ティエリア、タイヘン、タイヘン」
「ハロ?ハロもいこう?みんなの元へ・・・」
ティエリアは、入ってきたハロを掴んで、うっとりとしていた。
「バカ、何やってる!!」
「あなた、誰?」
その言葉に、ロックオンは驚愕した。
「いいから、カミソリかせ!」
ティエリアの手からカミソリを奪い、抱きかかえてすぐに救急キットを取り出すと、手首を消毒して、ガーゼを当てると包帯を巻いた。
「刹那が、消えちゃう」
「ばか、血が刹那なわけねーだろ!」
「あなた、どこかで会ったことあったかな?」
「しっかりしろよ、ティエリア!俺は戻ってきたって言っただろ!ティエリア」
ティエリアの瞳が、見開かれる。
次には、絶叫が室内に響いた。
「いやあああああ、いやああああああああ、いやああああああ!!!」
「どうしたんだよ、ティエリア!?」
それは、病の最終段階による、幻聴と幻覚からくる恐怖心だった。
ティエリアは、イオリアから特種な遺伝子操作を受けていた。病を受け付けないというものだった。だから、もしも病気になると、違う症状を引き起こしたりする。
ずっとロックオンの幻聴を聞いていたのは、このせいだったのだ。
「おい、どこか具合でも悪いのか!?」
「あなたはここにはいないはずだ!僕を惑わすの!お願い、消えて、消えて、消えて!あなたは僕のせいで死んだ。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。許してください。でも、あなたをずっと愛しているんでる。愛しすぎてごめんなさい・・・・」
ボロボロと涙を零し錯乱するティエリアを、ロックオンはただ抱きしめる。
そして、キスをした。
「・・・・・・ロック・・・オン?」
「そうだ、俺だ。思い出せ。心労が重なってるんだな。大丈夫だから。俺がずっと側にいるから。もう大丈夫」
「あ・・・・僕は、何を?」
手首に巻かれた包帯を見て、首を傾げる。
ティエリアの脳のダメージは相当なものだった。
ロックオンは、それは一人になりすぎたせいからくる、過度のストレスによるものだと信じていた。
まさか、ティエリアが不治の病、それもイノベイターだけがかかる病に冒されているなんて微塵も頭に浮かびはしない。
それもそうだろう。
ティエリアは記憶の中のティエリアよりも華奢になってやつれてはいたが、病気のようには見えなかった。しいて言えば、心の病か。
何十年も一人で暮らしていれば、心が病んでも可笑しくはない。
「大丈夫。もう、大丈夫だから。俺がいるから。俺がずっと側にいるから。愛してるよ、ティエリア」
「あなたは」
「俺は、ティエリア、お前が作ったロックオンだ。そこに、俺の魂が宿った。俺は、本物だよ」
輪郭をなぞるように、ティエリアの手が動く。
そして、ロックオンの体温を確かめて、泣いた。
「もう、どこにもいかないで。僕は、心の病にかかっているんです。ごめんなさい。時折、幻覚や幻聴が。ごめんなさい」
「お前が謝る必要なんてどこにもない。一緒に、癒していこう。心の傷を」
もう、何故ここに「彼」がいるのか問いかけることもしない。
そう、これは僕が作り上げた「彼」
そして、「彼」の魂を宿した本当の彼。
僕が愛したロックオン・ストラトス。
僕の心のより所。心の在りか。
愛は、儚くも美しい。そして醜い。醜いが故に幻想的。
「愛しています。愛しています。昔、流星をグランジェ3で、刹那の残したダブルオーライザーで出て、見たんです。そこで、あなたに会いたいと願いました。願いは、叶ったんですね。神様、ありがとう。神様なんていないってずっと思ってました。でも、いるんですね。ありがとう」
ティエリアの微笑みは、とても綺麗だった。
ねぇ、ロックオン。
いつまでも、あなたはそのままでいてください。
僕は、もうすぐいなくなる。
でも、あなたはそのままでいてください。
どうか、哀しまないで。
僕の分まで、今度こそ、生きてください。
僕の、分まで。
どうか、幸せに。
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