「ほら、じっとして」 「くすぐったいです」 「ほーら、動かないの」 「はい」 ティエリアは目を閉じる。 ロックオンが、ブラシで髪をすいてくれた。シャキンシャキンという、鋏を動かす音と髪を切る音が定期的に響く。ロックオンはとにかく器用だ。昔、南の島で休暇の時に刹那の髪を切っていたし、トレミーでも髪が伸びるとティエリアはロックオンに切ってもらっていた。 アレルヤも刹那も、みんなロックオンに切ってもらって、ロックオンはトレミーの小さな美容師だった。 女性にも、ミス・スメラギやフェルトにも人気だった。CBとして世界に武力介入した中では、美容院にもいけない。そんな時はロックオンの出番だった。 背中の中ほどで、髪は綺麗に揃えられた。 「あの、これつけてください」 渡されたものに、ロックオンは涙が出そうになった。 それは、もう何百年も前に、ティエリアが欲しがって買ってあげた忘れな草の髪飾り。ブルートパーズの安いやつのほうだ。 「ほら。できた、美人美人。ブルーサファイアのほうは?」 「あれは・・・・ライルの恋人のアニューという人にあげました。ライルが、形見にと、持っていってしまいました。ごめんなさい」 「いや、いいよ。こうして、昔にあげたもの持っててくれるだけで」 「あなたに貰った宝石・・・ほら、誕生日にもらったガーネット」 ポケットからそれを取り出して、人工の光に透かしてあどけなく笑うティエリアを、思わず思い切り抱きしめていた。 「ロックオン?」 「なんでもないんだ。なんでも・・・・」 涙が零れそうになる。男だから、涙を零すなって、父親に教えられたけど無理だった。 ロックオンは、エメラルドの瞳から涙を零していた。 「泣いて・・・いるんですか?」 「うん」 「どうして?」 「お前を残していったこと、後悔しまくってる。こんなにも、ティエリアは俺を必要としてくれていたのに。こんなにも愛していてくれていたのに。俺は、お前を残していった」 ティエリアも一緒になって泣き出した。 「僕は、あなたに生きていて欲しかった。僕はあなたにだけは生きていて欲しかった。なのに、あなたは僕を残していなくなってしまった。世界から。あなたは、帰ってくるって、必ず帰ってくるって約束してくれたのに」 ロックオンの胸に顔を埋めて、ティエリアはしゃくりあげた。 乾いていたはずの涙は、いくつでも新しく浮かんでくる。 二人して、どれくらい泣いていただろうか。 再開は、突然に。 そして、嬉しさよりも哀しみが大きいのは何故だろうか。 「も、泣くのよそう。美人が台無しだ」 「はい、そうですね」 ティエリアは、服の袖で涙を拭きながら、ロックオンの涙も拭いてやった。 「町に出ないか。せっかくお洒落したんだ。デートしよう」 「はい。あなたとなら、何処にでもいきます。地獄にだって行きます」 「おいおい、物騒なこというなって」 ロックオンは、町でママチャリを購入すると、チリンチリンとそれを鳴らして、後ろにティエリアを乗せて町をのんびりと進んでいく。 空が蒼い。 空はいつの時代も変わらない。何百年たった今でも変わらない。 世界は、アンドロイドが闊歩する時代に変わった。ちょっとした店の受付などはみんなアンドロイド。生産階級の大半もアンドロイドが占めている。アンドロイドのAIも昔と比べてより人間に近くなり、人権も認められている。 「世界、変わったなぁ」 「そうですね。あれから何百年も経ちましたし」 田舎の町でも普通に人間に混ざって歩いているアンドロイドを見る。 「ここら辺は田舎なので。都会に、出ましょうか。荷物とか、整理して」 「んー、そうだな。車買えるお金ある?」 「ありますよ」 「じゃあ、車購入して、世界を旅するってのは?」 「なんでもいいです。あなたが側にいてくれるなら」 二人は、ティエリア名義の口座から金をおろして、黒のセダンを購入した。 そして、荷物をまとめて、本当に車で旅をする。 目的地はない。 ただ、世界を回る。 かつて、トレミーがそうしたように。 「ハロモ、ハロモ、ビジン、ビジン」 「ぬおー、ハロの額メッキがはげてる!」 「刹那が、何度も肉ってかいてたもので。シンナーで消していくたびにメッキがはげちゃって・・・」 「俺の相棒がー」 ロックオンは、車を運転しながら、国境をこえた。 ここはヨーロッパだ。国境はないに等しい。 「ドイツにいこうか。ドイツにいくのはドイツだ?」 「・・・・・・・・・」 ティエリアは、ハロを抱いて、小説を読み出した。 「ぬおおお、滑ったあああ!!!」 クスリと、ティエリアが笑った。 「あ、笑った。やっぱり、お前には笑顔が一番似合ってるよ」 そういわれて、ちょっと頬が紅くなるあたり、昔のティエリアそのものだ。 「ホテルとって、大きな町に出よう。買い物して、それからそれから」 「まずは、ホテルで荷物置いてからにしましょうか」 ここのホテルはどうだ、と指差すその指に、ペアリングの指輪がはまったままなのを見て、ロックオンは車を泊めた。 「ロックオ・・・・ン?・・・・ん」 舌が絡むくらいのキスをする。 ティエリアの息があがる。 「続きは、ホテルで」 「もう、バカ!」 真っ赤になって、買いなおしたジャボテンダー人形に顔を埋めるティエリア。 ティエリアのジャボテンダー好きも、何百年経っても変わらない。 そう、変わらないものだってあるんだ。世界がどんなに変わっても。CBがどんなに変わっても。 変わらないもの。 それは、きっと不変の愛。 神に見捨てられた天使は、今はもうないロックオンの指に、口付ける。 「ティエリア?」 「宝石店、よりましょう。ペアリング、買いなおしましょう」 「そうだな」 神に見捨てられた天使は、命の灯火が消えるその時まで、彼を愛し続けようと決めた。 それが、僅かな時間だとしても。 愛は、不変なのだから。 NEXT |