いつものように、窓を見上げているマリナに、トレミーを周って異常がないかを確認していた刹那が気づき、声をかけた。 もう、就寝時間は過ぎている。 「また眠れないのか、マリナ・イスマイール」 「あ・・・ええ、刹那。ちょっと考え事をしていたの」 それは誰でもない刹那のことを考えていたのだ。 ティエリアが病気になったからと、看病のために刹那はティエリアと同じ部屋でそこから二日間も出てこなかった。ただの友人同士にしては、あまりにも仲が良すぎる。 いっそこと、刹那にティエリアと本当は付き合っているのじゃないのかと聞きたかった。 ティエリアのことが好きなのかとは聞きたくない。きっと、好きだという答えがなんの躊躇もなく返ってくるだろう。その言葉に傷つくのは、誰でもないマリナ本人だ。 怖い。 このまま、刹那を奪われたりしないだろうか。 だが、刹那は自分を愛してくれている。 確かに、刹那はマリナを愛してくれていた。 とても大切にしてくれる。 同じように、ティエリアのことも愛しているのだろうか。 刹那とティエリアに一度聞いたことがあるが、二人は恋人同士ではないと強く否定した。その時は、その言葉が真実であるのだと確信した。 だが、現実の二人を見ていると、その確信が揺らぐ。 マリナでさえ、割ってはいることのできない二人の深い関係。深く深く、まるで魂で結ばれているような、そんな関係。 「就寝時間を過ぎている。このままティエリア・アーデに見つかればまた怒られるぞ。一緒に部屋に行こう。眠るまで傍にいる」 「本当に?」 マリナが顔をあげた。 誰よりも優しい刹那。 刹那と一緒に歩きだす。 そして、廊下の向こう側に金色に光る何かが煌いた。 「きゃっ!」 お化けかと思って、マリナは刹那の背に身を隠す。 刹那は、動じず、口を開く。 「ティエリア、明かりくらいもって歩いたらどうだ」 「必要ない。僕の眼は、どんな暗闇でもものを見るようにできている。刹那、異常はなかったか?」 「ああ、ざっと周ったが異常はなかった。これからマリナ・イスマイールを寝かしつけてくる。子守唄でも歌って」 その言葉に、金色に眼を光らせる、美の化身が憐れむようにマリナを見た。 人間の目が、暗闇の中で光るなんて、ありえない。なのに、ティエリアの眼は刹那の明かりが届かぬ範囲で金色に輝いていた。 ティエリアの視線は、何かを言いたげだった。 刹那をとられたと思っているのだろうか。 マリナはいけないと思いつつも、軽い優越感を味わった。 刹那が、ティエリアよりも自分を選んでくれた。 「マリナ姫。すぐに眠りにつけるだろう・・・・・・・・・アーメン」 今、すごい小声でアーメンと言われなかっただろうか。 気のせいか? ティエリアは、キリスト教徒ではないが、アーメンと思わず口にしていた。 刹那の子守唄で眠りにつけるなんて、はっきりいってとっても羨ましくない。 むしろ哀れだ。できることなら救ってやりたいが、二人は恋人同士のような関係で、ティエリアが口を挟む余地はなかった。 「刹那、行きましょう?」 マリナが、刹那の手を握った。 それに、ティエリアは顔色一つ変えない。 「おやすみ、マリナ姫」 「ええ、おやすみなさい」 綺麗なボーイソプラノで挨拶をしてくるティエリアに、マリナも綺麗に微笑んだ。 なんてことはない、やはり刹那とティエリアはきっと友人なのだ。 苦境を乗りこえてきた友人同士であるならば、依存しあっていてもおかしくない。ティエリアの性別は少女のようであるが、言動は男性そのものだ。 ティエリアの病気が治って部屋から出てきた刹那に、ティエリアの性別について再び聞いてみたが、かえってきた答えは男性というものだった。 ティエリアは、多分、性同一障害なのだろう。 マリナはそう思い込んだ。 ティエリアの金色の瞳が、横を過ぎていく。 「刹那、君もはやく寝ろよ」 「ああ、分かっている。ティエリア・アーデもそろそろ就寝しろ」 「分かっている」 ティエリアは、軽く手を振って、自室に向かっていった。 それを確認してから、またマリナと手を繋いで刹那を歩きだす。 人が通ると電気が自動的につくようになっている廊下が、薄暗い明かりを灯す。 それでもその光の量では足りなくて、刹那は懐中電灯を持っていた。 いつものトレミーなら、夜でも光がともっているが、最近はなにかと節約しているらしい。補給が受けられない環境の中、少しでもエネルギーを削減したいらしい。 廊下を歩き、そしてマリナに宛がわれた部屋の前まできた。 ロックはかけていない。 自動的に扉がひらいた。 マリナは、ベッドに横になる。 刹那が、優しい瞳でベッドに腰掛けた。 「よく、母が歌ってくれた子守唄を歌ってやろう」 マリナの目から見ても美しくそだった美青年は、細身の体でマリナの髪をなで、額にキスをした。 「刹那の歌声なんて、始めて聞くわ。ドキドキする」 刹那が口を開く。 ホゲ〜〜。 ホゲ〜〜〜〜。 マリナは失神していた。 刹那は、気づくこともなく、母がよく歌ってくれた子守唄を口ずさむ。 ホゲ〜〜。 ホゲ〜〜〜〜。 四年以上前と変わらず、素晴らしい音痴だ。 マリナの部屋は、他の部屋と同じで防音が施されているだろうに、刹那の子守唄はトレミー中に響き渡った。 ホゲ〜〜。 ホゲ〜ホゲ〜〜♪ ホゲホゲホゲ〜〜♪♪ ティエリアは、部屋の中で耳栓をした上で耳を塞いでいた。 やっぱり、こうなると思った。 「うわあああぁぁぁぁ!?」 ライルが、ベッドから転げ落ちてパニックになる。 「助けて、ハレルヤぁぁぁぁ!!」 聞いたことのある歌声に、マジ泣きになって眠りを起こされたアレルヤが、耳を塞いだ後、「僕はもうだめだよ、ハレルヤ、マリー」と遺言を残して、息絶えた。 同じように、クルーの全てが、目覚めたかと思うと、喉をかきむしったり、頭に手をあてて、そして全身を痙攣させた後に息絶えた。 ホゲ〜〜♪ マリナはもう、直接攻撃を受けたので、失神している。 そのダメージは計り知れない。 一日は目覚めないだろう。 刹那の子守唄は強力だ。 刹那は、マリナが自分の子守唄で眠ったととても満足で幸せそうだった。 なんとか失神をまぬがれたライルが、まだパニックになってベッドに頭をボスボスと打ち付けていた。 一人、攻撃を免れたティエリアは、耳栓を外して大きなため息を出す。 そして、十字を切ると、一言。 「トレミーに乗っている皆に、アーメン」 |