「アニュー!!!」 ライルは、叫んで、そして目をあけた。 喉の奥が乾いて乾いて、肺が軋む。目を開けた視界に入ってくるのは、いつもの自分の部屋の天井。 そこに向かって、彷徨わせるように突き出していた手を、ゆっくりと下ろす。 「何やってるんだろうな、俺・・・・」 彼女がいなくなってもう数週間が経った。 アニューは殺された。 仲間であるはずの刹那に。 刹那を殴った。刹那は黙って殴られ続けた。 去っていく刹那の背中に銃口を向けた時だってある。でも、撃てなかった。 本当は殺したくて仕方ない。そんな憎しみをもてあまして、消え去るのをじっと待っていた。 ソファーベットで、眠っている人物の肌があまりにも白くて、ライルは死んでいるじゃないのだろうかと心の奥で思った。 近寄ってみると、呼吸の音もほとんど聞こえない。 ブラウンケットを肌蹴ると、かすかだが胸が上下しているのに、安堵する。 アニューをなくした怒りと憎悪はくすぶり、刹那が大切にしている親友に向かって牙を向いた。 その親友が、まるで自分を慰めるようにライルに近づいて、いつも側にいてくれた。それが同情であることは知っていた。だから、それを利用した。 ティエリアを、強姦したのは1週間前。 といっても、抵抗はほとんどなかった。だが、最初から最後まで相手のことなんて考えずに、汚した。 それから、ティエリアはライルの部屋で生活をしだした。 何を考えているんだろう。まだ、同情しているんだろうか。 そんなことが胸の奥で渦巻く。 同情なんて、真っ平だ! アニューを失って、数日はぼんやりとまるで死んだような瞳でアニューを探していたりもしたけれど、もう確実に彼女の死を受け止め、イノベイターたちに復讐することを決めている。 同情なんて、必要ない。 いるのは、イノベイターを殺す腕。アニューを操ったやつを、殺すこと。 直接的にできなくとも、間接的でもいい。とにかく、人類を操っているというイノベイターたちを抹殺する。 それが、俺のできる全て。 アニューへの、償い。 アニューを救えなかったことへの。 ライルは冷蔵庫からミネラルウォーターの入ったペットボトルを取り出すと、蓋をあけて中身を飲む。 からからに乾いた体に、水がゆっくりと浸透していく。 そして、まだ残っている中身を見て、ライルはペットボトルをティエリアの頬に当てた。 「冷たい・・・・」 ゆっくりと、石榴の瞳が開かれる。 「飲むか?」 「いりません」 ティエリアは、石榴色の瞳で瞬きをした後、ゆっくりと起き上がる。 「お酒、ありますか?」 「あー。ワインなら」 「なら、それを下さい」 ライルは冷蔵庫から、赤ワインをとりだす。 ティエリアはワイングラスではなく、置いてあったかわいいジャボテンダー柄のマグカップで中身を受け取り、一気に飲み干した。 「お前、変わったよな」 「そうですか?」 「もっと綺麗な生き物かと思ってた」 「人間、ですから。綺麗な人間なんていません」 ワインを飲み干して、ティエリアは黙り込む。 「俺も飲むかな」 ライルは冷えたワイングラスを取り出して、その中に赤ワインを注ぐ。 「お前の、瞳みたい」 赤ワインの真紅が、ティエリアの瞳の色に見えた。 「そんな、綺麗な真紅じゃない」 「そうだな。お前の目は、汚い人間の血の色だ。それを啜って、生きてるんだろう」 ティエリアは、黙ったままだった。 ワインを飲み干したライルは、ティエリアのいるソファーベットに近づく。 「なぁ。なんとかいえよ。教官殿」 「何も・・・・その通り、だから」 「お前のせいで、アニューは殺された」 髪を優しくなでていた手は乱暴に、ティエリアの髪を掴みあげて、上を向かせた。 「お前の、せいで!お前が、お前が・・・・もっと、もっと早くに知らせてくれたら!!」 ライルは、掴んでいたティエリアの髪を離すと、ティエリアの唇に噛み付いた。 鉄の味が、口の中に広がる。 「綺麗だよ、教官殿。血の色が、あんたには似合っている」 アニューがイノベイターであると、ティエリアは気づいていながら、ライルに知らせなかった。 それを話されて、ライルの中で暗い炎が燃え上がった。 だから、犯した。 ボロボロになってしまえと。 でも、ティエリアはまるで自分に贖罪するかのように、アニューの代わりに側にいる。 「言えよ。アニューの代わりにでも、なったつもりかよ、お前」 「ちが、う」 「違わないだろ!なんで俺の側にいるんだよ」 「わから、ない」 「刹那とずっと一緒にいたんだろ。なんで刹那のところに、戻らない」 「わから、ない」 ティエリアは、とうとう泣き出した。 ライルは、煙草を取り出すと、火をつけた。 「泣けば、全部解決するとでも思ってるのかよ」 「すまない・・・」 ティエリアは、涙を零したまま、床を見続けていた。それから紫煙に目を彷徨わせ、また床を見る。 「すまない・・・・」 その言葉を、ティエリアはこの一週間ずっと口にしていた。 謝れば、許されるのか。 許されたいのか。 でも、ティエリアの答えはNOだった。 「許されたいとは思わない」 石榴の瞳は、本当に、人の血を連想させた。 NEXT |