最初に、あの夢の続きが見たいといった天使は誰だっただろうか。
もう、忘れてしまった。
あの時、天使の夢が終わった時にそのとき夢をみていた天使たちは、みんなその続きが見たいと望んだ。
「ジブリール、またあの二人に関わるのか。これで何度目だ?」
「さぁ・・・何度目でしょうね」
至高天で、ジブリールは天使の装束を重ね着して、そして自分に声をかけた同じセラフの天使を振り返る。
彼はアズラエル。至高天にありながら、黒い6枚の翼をもつ、堕天使ではないただの黒い翼を持つ天使。同じセラフ。
天使階級で第1位の天使。
ミカエルやラファエル、ウリエルはジブリールに干渉しない。人の世界に関わることが大好きなジブリールとは馬が合わないのだ。
アズラエルは黒い翼を広げて、ソファーに勝手に座ると、そこから地上が見える水鏡を覗き込む。
「はぁ、どうせ主に反対されたんだろう。二人を天使として蘇らせ、この至高天で永遠に愛し合うようにすることに、反対された・・・そんなところだろう、ジブリール」
「そうですね」
美しい貴婦人は、確かにエテメナンキの塔で、神にその願いを託して、そして再び自分にまた託され返したのを思い出す。
「でも、天使たちの夢の続きを、私も見たいのです」
「そんなに美しいものか?人間なんて。醜くて汚いじゃないか。魂だけは美しいけどな。俺は魂を取りに行くのが役目だから」
「あなたには、永遠に分からないでしょう。誰かを愛したことのないあなたには」
「まだ、ルシフェルを愛しているのか。あの堕天使を」
「ルシフェルは、堕天使ではありません。人間に近かっただけです。確かに、フォールダウンはしましたが」
ジブリールは、人間世界を見ることの出来る水鏡を同じように覗き込む。
そこには、一人の少女の姿があった。地上の天使とジブリールたちが呼ぶ存在。ティエリアの姿がそこに映し出されていた。ワンピースを着た、容姿は変わらないが完全な少女であった。
「よくもまぁ、あれだけある魂の中から二人の魂を探し出せるもんだ。ここまでくれば主も呆れているだろうな。お前の人間好きに」
「誰にでも平等に。それがあの方の考えですから。だから、私が手を出すんです。私は不平等ですから、ええ」
ジブリールは楽しそうだった。
もう一度、あの世界でティエリアとニールの愛の続きが見たい。天使たちの望む夢の続きを現実にしてしまうために、理由なんていらなかった。ただ、自分もあの続きを見たいと思ったから。それだけだ。
「お前、いつか堕ちるぞ。お前も人間に近くなってる、ジブリール」
「それでもいいと思います。私は自然でありたい」
「ニールだっけ?あれに、魂の記憶の継承をさせただろう。ご法度だぜ。ほんとに、よくやるよ・・・」
アズラエルは、もう一度水鏡を見る。
次に水鏡が映し出したのは、ニールだった。こちらも、容姿は変わっていないが年齢は少年だろうか。
ジブリールはティエリアが自分の翼で羽ばたき、ニールの魂を拾っていった最後の結末に満足はしていた。光の中、伸ばされた腕はティエリアのもの。そして羽ばたく音はティエリアの背中に生えた12枚の白い翼の音だった。
あの美しい光景を今でも覚えている。
ジブリールは、歓喜した。あれだけ人間の愛は美しく昇華できるものなのかと、涙さえ零した。
二人の愛の軌跡は見ていてとても胸にくる。人間になりたいと、ジブリールは望むようになっていた。でも、なれない。
だから、変わりに二人の人間の愛の続きを見るのだ。
人間の愛の素晴らしさを見て、気を紛らわすために。ジブリールにとって、これは今は亡きセラヴィから託されたものでもあれば、ただの自己満足でもあった。
あの二人の愛の続きをみたい。この目で。あの二人は、次はどんな選択をとるのだろうか。
子供が宝物を発見して胸ときめかせるように、ジブリールの心は高まり、そして悪戯心もいっぱいだった。何も知らぬまま、また人間として世界に生を受けても、二人は何度もすれ違うだけでジブリールが望むような夢の続きにはならない。
だから、ニールの魂に手を加えた。前世の記憶を継承させたのだ。同じように、ティエリアにも前世の記憶を継承させたはずなのだが、ティエリアの中の前世の記憶は眠った形だ。
二人が人間世界で産声をあげた時、何かが作用してティエリアの記憶が曖昧になったのだ。多分、自分以外の四大天使の誰かが、警告の意味を兼ねてティエリアの記憶を封印してしまったのだろう。
いずれ、時がくれば地上に降りてティエリアの記憶の封印を解除する必要があるかもしれない。そこまでくれば、待っているのはフォールダウン。
ジブリールも堕ちる。堕天使になる。
今もぎりぎり限界の位置にいるのだ。この至高天で誰よりも堕天使に近いのは、黒い翼のアズラエルでもなければ、階級の低い天使でもない。四大天使の一人、公爵の名をもつジブリールだろう。他の天使たちも噂している。ジブリールがあまりにも人間のことに執着しすぎて、それ故にフォールダウンが近いと。
それでもよかった。フォールダウンすれば、あの人に会える。明の明星と歌われた愛しいルシフェルに。
「さて、夢の続きを始めようか。ティエリア、ニール。次は、どんな夢を私に見せてくれますか?」
ジブリールは水鏡を魔法で広げて、自分の天使の羽毛を落とす。
すると、見る間に水鏡は空間へと広がり、ジブリールは広大な水面から二人を見ることにした。邪魔する者など誰もいない。いるとしたら、他の公爵の四大天使ミカエル、ラファエル、ウリエルか。
でも、みんなジブリールが堕ちても自業自得だと思うだろう。
だって、ジブリールは人間が大好きだから。
あんなにも戦争が好きで種族同士で殺しあう醜い人間が大好きで仕方ないのだ。その醜い部分もジブリールは大好きだった。醜い部分があるからこそ、人間の愛は儚く、天使たちも思いもしないストーリーを奏でてくれる。美しいと、思う。人間はどんな生き物よりも、
ただ高飛車な天使たちよりも美しい。気高く、美しい。短き命だからこそ、永遠を生きる天使たちにはない激しい愛を歌うのだ。
さぁ、見よう。
あの、夢の続きを。ジブリールはまどろみながら、二人の作り出すストーリーを翼を広げて優しく包み込んだ。
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