この閉ざされた世界で「捨てられた少女」







「ああ・・・ライル、迎えにきてくれたのですね。愛しています・・・・私を、助けて・・・私を、女衒の男が吉原に売ると脅かすのです・・・・ライル、ライル・・・・」
何時間か呆然とした後、縋りついてくる幼い少女を、ニールは抱きしめた。
「お前・・・・ライルのこと愛してるのか」
「何を言うのですか、ライル。私たち、婚約者でしょう。私が17になったら結婚するの・・・・結婚するの・・・・うふふふ・・・ふふふ・・・・うわあああああぁぁぁぁ!!!」
泣き続ける幼い少女を、ニールは抱きしめた。
そうすることしか、ニールにはできなかった。

ニールはライルを怨んでいた。そして、実の父も。
女中であった母を手篭め同然に手を出して、数年妾として囲い、ニールを孕ませたあげく、子ができたと分かったとたんに屋敷から追い払った。ニールの父は、母を愛してなどいなかった。ただ、女が欲しかっただけ。妻ではない、女が。母はとても美しい人だった。父は、母の美しさだけを見ていたのだ。
でも、母は父を愛していたのだ。だから、ニールを産んだ。
ニールは、父の屋敷に乗り込んだ。母が病気で死にそうだったのだ。うわごとで父の名を呼んでいた。
屋敷に通されたニールは、そこではじめて実の父と対面した。
実の父は、ニールに金を掴ませると、「二度とくるな薄汚い子供が」と罵った。
その時、ライルが、父親の元に現れた。
父は、ライルを抱き上げ、愛しそうに頬を摺り寄せた。
ボロボロの着物をきたニールを睥睨して、そしてこう言った。
「私が愛する私の子は、妻が産んだライル、この子だけだ。お前なぞ、私の子ではない。金目当てできたのだろう。さっさと帰れ。そして二度と来るな!!」
ニールは、金を握りしめ、決心した。
いつか、父親もそして腹違いの弟のライルにも地獄を味わせてやると。
そして、女衒になった。いつか、復讐してやると近いながら。母は、吉原で娼妓をしていた。ニールを育てながら。
吉原で娼妓が産んだ子は、ろくな商売にありつけない。女衒の道を辿るか、廓の下働きになるか、見張り番になるか・・・。その道から、ニールは女衒を選んだ。金をためて、いつか父とライルに復讐するためだった。

この話が持ち込まれた時、ニールは心から笑った。
ざまぁみろ、と。
実の父が実の娘のように可愛がっているティエリア。吉原に売られたら、さぞ心痛むだろうに。ライルも泣くだろう。
でも、現実はこんなもの。
父親はライルを英国に留学させて、婚約者のティエリアに何があったのか知らせないままに国を出発させた。そして、可愛がっていたティエリアが、その父が金をなくし破産したのをきっかけにすぐに婚約を解消させ、そして吉原に売られることに心痛めることさえなかった。
ティエリアを見て、心を痛めたのはニールのほうだった。なんてかわいそうな娘なのだろうか。俺の父に見捨てられた少女。俺と同じだ。

「ライルと、同じお日様の匂いがする・・・・ねぇ、だい、て」
長いストレートの珍しい紫紺の髪を後ろにかきやってやると、すごくいい甘い香りがした。
「何言ってる」
「どうせ・・・・吉原に行ったら、客をとらなくてはいけないのでしょう?毎日毎日、たくさんの男に抱かれて・・・・嫌、死んでしまいたい・・・・」
「死ぬなんていうな。生きてなんぼのもんだぜ?お前さんくらいの美人なら、すぐに一番の売れっ子になって、花魁になれるさ。花魁道中もできる。着る物にも食べるものにも困らないんだぞ?・・・と、令嬢だったな。今まで、困ったことなんかないか。俺と違って」
「あなたは・・・困ったことが、あるの?」
「あるさ。廓の主人から折檻を受けたことだって何度でもある。母さんは、廓の娼妓だったから、俺は吉原で生まれて吉原で育った」
「吉原で・・・・」
「ま、おぼこを抱くのも女衒の仕事の時もあるが・・・・」
「おぼこって、何?」
「処女のこと」
あどけない顔で、見つめてくる。
なんて綺麗な少女だろう。本当に、噂通り美しい娘だ。
これなら、高く売れるだろう。そんなことを考えながらも、これくらい美しければすぐに売れて、借金も多額だろうが、頑張れば年季明けできるだろうと思った。
年季が明けてもまだ借金の残った女は、違う廓に売られたりして、一生吉原で過ごしたり、吉原よりも最低な岡場所に売られたりして、一生娑婆の世界に出られない可能性だったあるのだ。

「じゃあ、あなたが、最初に抱いて。今・・・・」
「はぁ?」
「ライルに、抱かれたかった。だから、だから・・・・せめて、あなたに。たくさんの男に汚されるなら・・・最初くらい・・・我侭、いっても・・・・だめ?」
かすかに膨らんだ胸に、ニールの手を誘う少女は、泣きはらした目で、懇願してきた。
「ライルに、抱かれてる、夢がみたい、の。愛してるから・・・・・」
「あーあー。もう、こういうの俺の性分じゃねーんだけどなぁ」
「だめなら、私、吉原にいかない」
「いかないっていっても、俺が連れてくぞ」
「死ぬ。お父様とお母様の後を追って、池に身投げする」
「そんなことさせるかよ」
「お願い・・・お願い・・・・最後だけ、夢を、頂戴。ああ、うわあぁぁぁぁ・・・・!!」
震えながらしがみついてくる少女は、儚くあどけなかった。泣き出したその大きな石榴色の瞳に、気づくとニールは口付けていた。
「怖いの・・・・怖いの・・・・」

「あーもう、しらねぇからな」
令嬢らしい高い洋服を脱がせていく。寝室のベッドに押し倒すと、少女はまた泣き出した。
「どっちなんだよ?」
「怖い・・・・」
「そりゃ最初は怖いだろうさ。男をしらねーんだから。でも吉原にいったら、そんなこといってらんねーぜ?毎日毎日、愛してもいない男のために足を開くしかねーんだから・・・っと、泣くなよ。言いかたが悪かったよ、ごめん」
「あなたは・・・どうして、私に、優しいの?私が、綺麗、だから?でも、あなたはライルを怨んでいるのでしょう?だったら、婚約者であるはずの私も・・・・」
「それとこれは関係ねーよ」
本当は、関係ある。ライルの婚約者を、吉原に売れることで大分つもりつもった怨みがすっきりすると思った。

でも、捕らえられたのはニールのほうだった。
女衒が、これから売る少女にほれるなんて、あってはならないことだ。
でも、ニールは、惹かれてしまっていた。少女が美しいから、というのもあるが、同じ、父親に見捨てられた、という境遇に強く惹き付けられた。



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