この閉ざされた世界で「誰も助けてくれない」







吉原一の廓、桜楼閣にティエリアはニールの手によって売られた。
そこは、ニールが生まれ育った廓でもあった。

主人は、手を叩いてティエリアを歓迎した。
「よくやったぞ、ニール!中性を、お上に献上せずに吉原に売るとは!まさか、かの子爵令嬢の娘が、お上もこよなく愛する中性とは」
「はぁ・・・」
大金をもらったニール。
でも、なんだかやるせない気分がした。
俺は、ティエリアを売ったのだ。そう、自分のために。惚れた相手を、廓にうるなんて、本当に女衒とはティエリアの言った通り最低の商売かもしれない。

ティエリアは、すぐに身支度を整えられ、綺麗な着物を着せられて、廓一の娼妓としてスタートすることになった。
初見世も、普通の娼妓のように、囲いのある場所で、そう、まるで牢屋の中からスタートするのではない。
ティエリアは、すぐに花魁道中をさせられた。
「おい、あれ桜楼閣の顔見世か。花魁道中で始めるとは、流石だなぁ。中性さまか。拝んでよかったよ」
「ほんとにほんとだな。お上様の愛する正妻さまに瓜二つじゃ。まさに傾国じゃて」
「中性が花魁になるのは200年ぶりか?こりゃ、金ためないと!ちょっとやそっとの金額じゃ、相手してもらえねぇぜ!」
初見世を花魁道中でするティエリアは、誰よりも美しく、そして誰よりも気高く、儚く、男だけでなく他の娼妓からも羨望の的になった。
花魁道中を終えたティエリアは、そのまま廓の主人に呼ばれた。
「何でしょう、ご主人」
「お前は、多額の借金があるのだってねぇ。なぁに、この廓で体を売ればすぐに、年季も明けるよ」
「え」
ティエリアは、聞き違いではないのかと思った。
「あの、体を売るというのは・・・?」
「何をいってるんだい。娼妓なら、当たり前のことだろう。まだ、覚悟はできていないのかい。まぁ、14歳だから、あと一年は客は取らせないけどねぇ。15からが、法律だから。他の廓だったら、14からでも年齢をごまかして客を取らせるだろうけど」
「あの、あの、ニールが、中性は体を売らなくてもいいって・・・」
「ああ、ニールか。あいつも、女衒としてはよい腕をもっているが、まだまだ知識が足りていないようだ」
ティエリアは身震いした。
体を、売らなくてもいいと、ニールは言ってくれた。
ただ、客に酒をついだり踊ったりしていればいいと。私は、騙されたのだろうか。

「今年できた吉原での法律だよ。両性具有だろうが中性だろうが、客をとること。他の女たちがうるさくてねぇ。中性や両性具有ばかり贔屓で、肝心の女に優しくないと。まぁ、それもそうだ。中性も両性具有も、客をとってなんぼだ。両性具有はまぁよく売られてくるが、流石に中性はお上に献上されるばかりでここ200年近く吉原にいなかったが。ニールが知らなくて当たり前かねぇ。中性や両性具有に関する法律は、ここ数日で流布されたものだし、そんなものにあの子は興味ないだろうしねぇ。何せあのこは女衒だ。女を吉原に売るのが仕事。吉原での女に関する法律を知ってればいいんだから」
ティエリアは、ニールに裏切られたのでないとは分かったが、それでも裏切られた気がした。
「私は・・・・」
ティエリアは泣き出した。
「こら、泣くんじゃないよ。不幸な子はお前だけじゃないんだからね」
「はい・・・・」

ティエリアは、与えられた部屋に戻された。
逃げたい。そう思った。
でも、足抜けは最大のご法度だ。たとえ中性といえども、折檻が待っている。
それでも、逃げたいと思った。

ティエリアは、ニールを呼んで、ニールに泣きついた。
「私を連れて逃げて!」
「おいおい、何いうんだ」
「あなたは知らなかったのでしょうね。知らないまま、私をこの廓に、吉原に売った。ここ数日で流布された新しい法律だそうです。両性具有も、そして中性も、客をとること・・・・体を、売ること・・・」
「マジかよ」
「廓の主人がそう言っていました」
ニールはすぐに主人とあってことの真相を確かめた。他の廓にもいって話を聞いた。娼妓たちも、皆その通りだと答えた。
ニールは真っ青な顔で戻ってきた。
「すまねぇ・・・俺の、せいだ」
「だったら、私を連れて逃げて!」
「無理だ・・・足抜けは最大のご法度・・・・大丈夫、あと一年あるだろう。俺が、絶対に金を溜めてそれまでにお前を身請けしてやる!」

「信じて、います・・・・」
ティエリアはニールの腕の中で泣き続けた。

季節はあっという間に過ぎ去る。
一年が経ち、ティエリアは15歳になった。
それまでに作法を習わされ、一人前の花魁となった。
結局、ニールは間に合わなかった。ティエリアの身請けの額があまりにも高すぎたのだ。
貴族や商家の者でも、そうそうに身請けできない金額だった。それこそ、地方を治める領主ほどのレベルでないと。

「ごめんな・・・・・ティエリア」
「いいのです・・・これもまた、運命なのですから・・・・」
ティエリアは、客をとるようになった。体を売ることになったが、他の娼妓に比べればとても幸せな部類だ。
一日に何人もの男をとらねばならない他の娼妓と違って、ティエリアは、1週間に1回男に抱かれればそれで十分な額が入ってくる。
何より、中性であることから、女のように扱うこともできない。それは廓の主人も承知していたし、ティエリアが自害しても困る。だから、1週間に1回。
それが、廓の主人から言い渡された条件であった。
年季はそれでも長く、10年だった。
でも、ティエリアを好んで抱く客はどの客も貴族だったり、時には領主だったりで、ティエリアの年季は短くなっていく。
気がつくと、花魁になって二年が経っていた。


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