本当に、月日というものは早いものだ。 吉原にきて5年になっていた。ティエリアは19歳、ニールは26歳になっていた。 だが、ティエリアの姿かたちは17歳のまま時をとめたまま、老化することはない。 中性とは特種な存在。神の子とも呼ばれる所以はそこにも存在する。ある一定の年齢に達すると、老化が止まるのだ。全く年老いることもなく、短い生涯を終える。それが中性。 ティエリアを求める客は、たくさんいた。 一般市民でも上流階級のものが、一年の稼ぎで、やっと一夜だけ買える高値の花。 そんな高値の花だからこそ、美しく気高く儚い。 ティエリアの姐にあたる娼妓たちは、ティエリアが身代わりに引き受けた追借金や、ティエリアに贈られてきた宝石や高価な着物などをもらい、それを金にかえて、借金を返済しおわり、普通より2年も3年も早く年季を明けて、愛しい恋人の待つ故郷に戻ったり、身請けされたりして吉原を去っていく。 一人、また一人。 でも、娼妓はいなくならない。 新しい、売られてきた不幸な女たちが新しい娼妓となって桜楼閣で娼妓として働きはじめる。 そんな子たちにも、ティエリアは優しく接した。同じように、自分の着物や宝石をあげたり、お金をあげたり。 ティエリアの年季は伸びる一方だった。いくら稼ぎがよくでも、こうもちょくちょく身代わりに借金を引き受けていれば、伸びて当たりまえ。 それに、廓の主人は何もいわなくなっていた。むしろ、こうなってくれてよかったとさえ思っている。 老化しない中性が、いつまでも廓にいてくれれば、この廓は繁盛し続ける。 ティエリアは、この頃は自分を抱きにくる相手に頼み込んで、新しく入ってきた子の相手をしてくれといったり、本当に、吉原の聖女とティエリアは呼ばれていた。 「ほら、新しい着物だ。その簪より、こっちの簪が似合うよ」 ティエリアは、年月をおうごとに、ひいきの客も増えていく。 いつも美しい着物をきて、金銀細工の簪をつけて、紫紺のストレートの髪を、娼妓風ではなく、特別に結い上げる。 背中を流れる髪を、地方領主の一人であるアレルヤというまだ若い青年が手ですいてくれた。 「この髪好きだな・・・ねぇ、僕のところにきなよ。身請け・・・だめ?」 「ごめんなさい・・・私は」 「じゃあ、せめて夢を見させて・・・」 「はい・・・夢を売るのが、吉原の娼妓ですから」 夢とは、体のことだ。 それが、吉原。 着物を脱がされて、絹の下着姿になると、しどけなく乱れる。 もう、男が怖くて泣いていた一人の少女の姿はそこにはない。 男を夢中にさせる、花魁、一人の女だ。 背をしならせて、アレルヤを自分から受けいれる。もう、中性というより少女だ。永遠の幼い少女。 始めは血を流すだけだったそこも、他の娼妓のようにふのりをぬって濡れたふりをしなくても、愛撫されると自然に濡れるまでに体は男たちによって開かれ、開発され、慣れさせられてしまった。 でも、哀しくはない。 哀しいと思ったら、娼妓なんてやっていけない。 ここは吉原。これが当たり前。 ティエリアは、昔は一週間に1回男に抱かれていれば良かったのだが、姐や妹分にあたる娼妓たちの借金そのものの一部まで引き受けたりと、ここ最近は毎晩男に抱かれるようになっていた。 そうしないと、年季が明けないのだ。 廓の主人は笑う。 すでに、本当ならティエリアの年季は明けるほどの稼ぎが入っていた。夢中になった領主たちが、せめて年季を明けさせてやろうと、多額の金をティエリアに払う。 それを、廓の主人は自分のものにして、ティエリアの借金からひくことなく、ティエリアは体を売り続ける。 吉原一の廓、桜楼閣。 他の廓に比べれば、かなりましな世界。でもここも苦界の一つ。 吉原の聖女と呼ばれ、貴族たちでさえも高値の花であるティエリアを、200年ぶりに吉原に売られてきた中性の花魁を、そうそう手放してなるものか。 ティエリアが身請けを拒むまでもなく、廓の主人が勝手に身請けの話を断るようにまでなっていた。 いつか、ライルが・・・。 いつか、きっと・・・・。 「どうしたの?月ばっかりみて。窓と障子しめないと・・・寒いでしょ」 「ううん・・・寒くないよ」 「泣いてるの?」 「ああ・・・また、涙。どうしてでしょう。涙ばかり、いつまでたっても流れるのです。もう、この世界、吉原にも馴染んでいるのに。この世界がいやというわけではありません。でも、月を見ると涙が・・・・」 「知ってる?お上の正妻が崩御したらしいよ」 「お上の・・・・」 「お上は偉い嘆きようだって。ついには床に伏してしまったらしいよ」 「それは・・・哀しいことですね。愛する者を失うことは、とても哀しいことです」 「こっちへおいで。震えてるじゃないか。暖めてあげる」 「はい、旦那さま。かわいがっておくんなまし」 月が見える窓の障子をしめて、ティエリアはまた乱れていく。 その年の春は、桜がとても綺麗に咲いた。 ティエリアは、ニールと一緒に吉原の中の桜を見て、夢を語り合う。 「俺の夢は、親父に復讐すること」 「私の夢は、ライルに身請けされること」 「・・・・・・やっぱ、ライルじゃなきゃだめか?」 「ニール?」 「・・・・・・愛してるんだ」 「え」 ざぁぁぁと、桜吹雪が二人を包み込んだ。 「私は・・・・」 「あ、冗談だよ冗談。じゃあ、帰ろうか」 「私は・・・」 ニールに手をひかれながら、ティエリアの心は乱れていた。 心が引き裂かれそうなのは何故だろう。 ニールは、ずっとずっと、私を好いてくれていたのだろうか。 始めて、私を抱いてくれた、あの5年前から。 ずっと・・。 ニールは何も話さない。 二人は、ちらちら舞う桜の花びらの下、桜楼閣に向かってゆっくりと戻っていく。 NEXT |