カチっ。 ジッポに火をつけて、ロックオンは煙草に火をつけた。 ここはデッキ。蒼穹の空が彼方に広がり、雲がゆっくりと流れ、ロックオンの柔らかな茶色の髪が風に撫でられてふわふわとなびく。 ロックオンの髪はティエリアのようなサラサラな直毛ではなく、自然の天然パーマでとても柔らかそうに見える。髪の長さは肩に届くくらい。もうその髪型に慣れたので、鬱陶しいとかそんなのはなかった。 煙草を覚えたのは少年時代。 スナイパーとして暗殺を行っていた時代に、仲間から教えられた。 染み付いた血の匂いをかき消してくれる煙草が、自然と好きになった。味は悪くはない。いつも同じメーカーの煙草を吸っている。 トレミーにいるときは、ティエリアと常に側にいるので吸わない。 ティエリアは煙草が好きでないだろうから。 「ここに、いたんですか。探したんです」 ティエリアが、デッキに続く扉をあけて入ってくる。 ロックオンは、煙草を吸いながら、顔だけそっちの方向を向いた。 いつも通り、ジャボテンダーを抱きしめたかわいいティエリアがそこにいた。ピンクのカーディガンをやめて、今日は空のような水色のカーディガンを着ている。 空と一体化しそうに透明だと、ロックオンは思った。 透明なのは、その存在があまりに純粋で無垢だからだと思う。 「煙草、吸っているですね」 ティエリアは驚かない。 これが初めてではないから。 最初は少し驚いたが、止めろとは言わなかった。 ティエリアはとにかく、前向きな思考をしている。煙草を吸うことでロックオンの中の不安や苛立ちが解消されるなら、それでいいと思っていた。 体にはよくないが、ごくたまに吸うくらいだ。肺がんで死ぬ可能性なんて低すぎる。 ティエリアは、デッキの柵に凭れたままのロックオンの隣にやってきた。 紫煙が、ティエリアの顔を一瞬隠して、次にはティエリアも空を見上げていた。 最近、こうして二人で空を見上げることが多くなった。 ミッションとして人を殺していく中で、平和な時間が少なくなっていく中で、空を見ると自分が犯した罪も忘れることができるような気がして。雲のように、流れていくような気がして。 ティエリアは、立ち上がるとロックオンの煙草をとった。 「ティエリア?」 ティエリアはロックオンにキスをする。 「煙草の味がする」 「そりゃそうだ。今吸ってたんだから。ごめんな」 「いいえ」 ティエリアは、何を思ったのかその煙草を口に咥えて、肺の中に空気を吸い込む。 残り短くなった煙草の灰が、地面に落ちた。 「おい、無理するなって」 「あなたと、同じでありたい」 せきこむこともなく、ロックオンが煙草をティエリアから取り上げると、デッキの床に落として靴で火をもみ消してから、吸殻をポケットに入れた。 「おいしくないです」 「ティエリアはまだお子様だ。煙草だーめ」 「けち」 「無理して、大人になることはないんだ。ゆっくり歩いていけばいい」 ティエリアの年齢は、ロックオンも知らない。17歳の外見であるが、目覚めて10年未満だということは知っている。でも、実際にティエリアがこの世界に造られて何年、年百年になるのかは知らない。それはティエリアだけが知っている。ティエリアは教えない。ロックオンが聞かないから。 ロックオンは、ティエリアを右手で抱えると、笑ってデッキを後にした。 ブラーン。 ティエリアは荷物のように抱えられて、ロックオンと同じように微笑むのだった。 ジャボテンダーも忘れずに。 ほら、二人でいるだけで、煙草なんて吸わなくても不安も苛立ちも何もない。 彼方に広がる空のように、二人は透明であり続ける。 |