夏も終わり、秋のはじめ。 暦では秋だ。 でもまだじっとりと夏の暑さは終わらず、10月の半ばまで暑苦しい日が続きそうである。 半そでで過ごす季節は割りと長い。 チリリン。 天井に吊るされた風鈴が、哀しげに音をたてる。 クーラーは適度にきいている。 室内設定温度は26度。高くもなければ低くもない。 真夏のときは、それこそ外に買い物に出て帰宅すると、最低温度の16度なんかでエアコンをふる回転させた上に、扇風機までまわして、冷蔵庫でよく冷えた麦茶を飲み干してやっと一息ついたものだ。 季節も少しかわると、暑さも大分遠のいていくが、それでも蒸し暑いのは変わりないし、昼の太陽が一番天高く照りつける時なんて、喉の渇きに肺が軋んだ音をたてそうな有様だった。 木陰に入っても全然なんの足しにもならなくて、エアコンのきいたコンビニショップなんかに逃げるように駆け込んでいくのが癖だった。 今日も、逃げるようにコンビニショップに駆け込んで、適当に雑誌を立ち読みして、携帯が鳴って、誰かと思えば珍しく、同じように休暇に出ているアレルヤから、地方の農場でバイトをしていて、よいスイカがとれたので送ったと、そんな他愛もない話だった。 「ティエリア〜」 だるだるになっているティエリアはアイスをかじりながら、扇風機もエアコンの風当たりの場所も独占して、どろどろに溶けそうな顔で、冷たいアイスをかじっては、紫紺の髪が扇風機の風になびいて後ろへ後ろへと追いやれるのを、何故か前に戻している。 「ヴァー」 紅色の唇から出てくる言葉は、言葉になっていなかった。 ティエリアは、夏に弱い。地上が嫌いな上に、夏の暑さ、特に都会のヒートアイランド現象で他の都市よりも無駄に蒸し暑い都会の夏は大嫌いだ。 「俺も暑くて溶ける。帰ってきたばっかなんだ。扇風機の風、こっちにも・・・」 「やーです」 「ティエリア〜〜」 「ほら、ここに名前ありますから」 ティエリアは、扇風機の後ろにマジックで書いたティエリア・アーデという名前を見せる。 そんな子供ぽい仕草に、ロックオンは笑ってしまった。 「これ、刹那のだろ」 「いいんです。僕が買ったんだから」 ここは日本の経済特区東京、刹那の家だ。 ロックオンに変えるべき家はアイルランドの生家があるが、誰もいないあの家に一人で戻る気はしなかった。それに、ティエリアにはトレミー以外に帰るべき場所がない。 一緒に夏季休暇をとったが、刹那もアレルヤも一緒にとったのに、アレルヤは何故か地方の農場でバイトして、緑と戯れるとかいって同じ日本に下りたのに、田舎のほうに消えてしまった。連絡は携帯や所持しているディスプレイを泊まっているところにおいてあるので、それを通してなどで色々と連絡方法はある。 アレルヤは、頼んでもいないのに、携帯で写真をとるとそれを送ってくれた。 マルチーズに埋もれたアレルヤは、だらしないほどに顔が緩みっぱなしだった。なんでも、CB研究員の親戚でマルチーズの育成と繁殖にとりくんでいる農家があるのでという話をクルー同士の立ち話から聞いたアレルヤは、早速休暇をとって、その親戚の家に泊めてもらい、マルチーズという楽園に浸りながら、農家でバイトもしつつとそんな日々を送っているらしい。 CBの親戚といっても、親戚の人々もCB研究員なのでなんの問題はなかった。 ポケットの携帯が、音もなく震える。 「またアレルヤからだ・・・また写メール・・・・マルチーズバカめ・・・・」 アレルヤは、マルチーズの子犬3匹を両手で抱えて、ピースサインをしている写真を送ってきた。 ティエリアは「一生やってろ、いっそマルチーズに生まれ変われ」とメールを送り返した。 ロックオンの携帯にも、同じ写メールが送られていた。 ロックオンは「楽しそうだなぁ。かわいいな、マルチーズ」と素直な感想を送った。ティエリアのようにひねくれたメールは送らないのが、ロックオンのいいところだ。マイスターたちはみんな家族だ。かわいい弟たち。 ちなみに、刹那のところにも同じ写メールが届いたのだが、町を意味もなくティーンズファッションで歩いて、ちょうどファミリーレストランに入って軽食をしていた刹那は、真後ろの席にいた女子高生たちの能天気な笑いと、ナンパされた不快感で、こうメールを返した。「死んでこい」 きっと、一番刹那が酷いと思うのだが、これはいつものことなので、アレルヤも気にしない。 「あー。刹那ってば・・・・やだなぁ、この幸せが分からないのかなぁ」 アレルヤはワンワン吼えるマルチーズの頭を撫でながら、でれでれしていた。 もう、刹那のメール通りここで死んでもいい。本望だ。 マイスターたちは、何気に同じ機種の携帯を持っている。ロックオンがこれがいいと言い出して、みんなに持たすことにしたのだ。 まぁ、携帯はあったほうがいいので、皆文句は言わなかったが。こうして写メールで頻繁に連絡をとってくるのも、頻度が高すぎると少し鬱陶しい。アレルヤ鬱陶しいとぼやきつつ、ティエリアは携帯をいじって、ロックオンを撮った写真をメールで送った。 男性モデルが着ているような私服を着こなして、自分を見上げてくるロックオンを、ティエリアはなんの断りもなしに携帯で撮影すると、アレルヤにメールを送る。 すると、ロックオンはお返しだというように、携帯をジャケットのポケットから取り出すと、裸足、半パンにキャミソール、髪はポニーテールにしてアイスをかじっているティエリアを撮影すると、それをアレルヤのアドレスに転送する。 「かわいいの、ティエリア」 メールを受け取ったアレルヤは、マルチーズの毛をブラッシングしながら、こうやってリアルタイムで連絡がとれるっていいなぁと思いながら、隣にいた子犬が甲高くないた。 「どうしたの。ああ、おなかすいたのかな?」 「勝手に写真とらないでください」 ジャボテンダーをぶんと放り投げてくる。そのジャボテンダーを避けて、ロックオンは周り続ける扇風機を止めると、ティエリアの真上に来て、アイスをとると、冷たくなった口に舌を這わす。 「ん・・・・」 長い睫が白い頬に影を作った。 「キスするなら、ちゃんと」 せがまれて、ロックオンはティエリアが寝そべっていたソファーの隣にくると、眼鏡を外したティエリアと深いディープキスを何度か繰り返した。 「いちごの味がする」 「いちごのアイス食べてたからです」 ロックオンは、溶けてしまいそうなそのアイスを食べてしまった。もう残り少なかったので、棒だけになってしまった。 「あ」 「あ」 「「当たりだ」」 二人して、アイスの棒にかかれた当たりというクジに、子供心をくすぐられるような感触を思い出した。 ロックオンは特に、アイルランドでよく駄菓子を買い込んで、夏にはアイスを食べて、当たりというクジが出たら喜んで店にいったと遠く色褪せかけている記憶を思い起こす。 「当たり。もらいにいこっか」 「え、今から?」 「そ。今から」 ティエリアの衣服の乱れを直してやって、ロックオンはブラシをとりだすと、垂れ下がったポニーテールを結い直して、高い位置でヘアゴムで結うと、その上からブラックのリボンを巻いて結んだ。ティエリアの右手首にも、意味もなくブラックのリボンは巻かれている。ロックオンいわく、ファッション。ティエリアの着ている上のキャミソールは白で、半ズボンも白だ。ブーツも白。日に決して焼けることのない白い肌の中、右手首に結われているブラックのリボンはかえって目だっていた。何気に、ロックオンの右手首にも同じリボンが結われている。 ロックオンは、ティエリアを可愛く着飾らせることも大好きだけど、こうやって意味のないお揃いのちょっとしたアクセサリーのようなものをつけるのも好きだった。 二人で玄関でブーツとサンダルを履いていると、刹那が帰ってきた。 「よ、刹那」 ロックオンが、サンダルを・・・・ちょっとおっさんくさいところのあるロックオンは、衣服はモデルのようなのに、はくものは便所サンダル。その違和感が、なんとなくロックオンらしかった。完璧なようで人間臭いところの多いロックオンらしいと、刹那もティエリアも思った。 「どうしたの。機嫌悪そうだね」 「別に・・・・ロックオン、買い物いくなら、夕飯の材料も一緒に。あと、苺のアイス。ティエリアがもう食べてしまっただろう。メロンのアイスも一緒に、パックで買ってきてくれ」 ティエリアとロックオンが食べた苺のアイスは、刹那のものだった。 二人は、自由にしろといわれているので、刹那の家でも好き放題のびのびとしている。 「オーケー。あとじゃがいもな!」 「じゃがいもなんていってない!このじゃがいも男」 「はははは」 チリリンと、ロックオンはママチャリをこいでいく。後ろにはティエリアを乗せている。 スピードはゆっくり。 「ティエリア、買い物終わったら、その当たりのアイスかった店によろうか」 「うん」 ティエリアは、ゆっくり流れていく雲を見上げていた。 「蝉の鳴き声が、最近きこえなくなりましたね」 「そりゃ、もう秋だもんな」 「そうですね」 二人は、ママチャリで走る。 休暇はまだ始まったばかり。 「ロックオン、靴かったらどうですか。便所サンダル・・・・かっこわるいです」 「そうかー?動きやすくていいぜ。ティエリアのサンダルは普通のだったなぁ。わざわざブーツはいてって、裸足だろ。足いたくないか?」 「だって、この服と一緒に、あなたが買ってくれたのはこのブーツだから」 ティエリアは、細かいところで律儀だ。ロックオンが選んだ服のコーディネートに合わせて、玄関にいくつか置いてあるブーツや靴やサンダルをかえる。 「ははは、なんか恥ずかしい。俺が。ぶっとばすぜえええ」 「ママチャリでぶっとばしても、速度出ませんよ」 「そういうツッコミはなしで!」 「はい」 遠くで、蝉の声が聞こえた。 遠すぎて、もう聞こえなくなった。 ティエリアは、ロックオンの腰に手を回して、また空を見上げるのだった。 |