雪の景色







ちらちらと、雪がまた降ってきた。
「今年も、本格的に降りだしそうですね」
ティエリアは、鉛色に鈍った空を見上げて、降り始めた雪を手の平で受け止める。
それはすぐに体温によって水になってしまった。
雪の結晶は綺麗だ。でも、すぐに溶けてなくなってしまう。

白い季節。
毎日が賑やかな街も、閑寂に包まれていつもより人影が疎らだ。
白銀に包まれた、世界の欠片。
降り注ぐ冷たい、冬の吐息。
ちらちらと音もなく舞い降りて、水となって消えていく、純白。濁りさえ見えない結晶が、凍った空から。
均等に植えられた街路樹は全て葉を落とし、寒々と枝だけを天に向かって伸ばしている。その上でさえ白雪が積もり、滅多に雪の降らぬ首都圏には珍しい風景が広がっていた。
道路は一面同じ色に覆われて、冬の吐息にビルもオフィス街もぼんやりと霞んでいた。
まだ太陽は沈んでいないというのに、光は厚く覆われた雲に遮られている。元より、この季節の光量はたかが知れているが、それでもないよりはマシだろう。
軽く息を吐くと、それさえも白く霞んだ。

「……綺麗ですね、雪は」
ティエリアは、天を見上げた。
釣られて、隣にいたロックオンも天を仰ぐ。
二人して立ち止まって、顔を上げたままだ。
一度は止んだはずなのに、また降り出しだ。
そっと手を空中に滑らせると、結晶はまたすぐ溶けて消えてしまった。
かじかむ冷たさが手の指先から温度を奪い、麻痺に近い感覚に陥れる。でも、ティエリアは平気。体温がコントロールできるので、寒さをかんじるけれど、でもそれは普通の人よりましだろう。
ロックオンは、厚着している。豪雪のアイルランド出身だが、長年故郷を離れていたせいで、冬が苦手になってしまったのだろうか。

身を切る寒さを吹くんだ風が、コートの裾を弄ぶ。
降り注ぐ雪を避けるわけでもなく、二人は動かない。
街角に、二人で佇んで、そしてまた手を握り直した。

「寒くねーか?俺寒いわ」
「平気ですよ。僕は冬には強いので」
「お前の格好見てるだけで凍死しそう。なんてそんな薄着なんだよ。やっぱ、俺のコート着る?」
「いりません。いったでしょう、僕は冬には強いのだと」
微笑むティエリアの姿は、雪と一緒になってまるでお伽話に出てくる氷の女王のように美しい。

ヒラリと舞う冬の吐息に、落胆が混じる。
ロックオンが、傘をさす。

「あーあ、東京まで雪か。アイルランドじゃないから、雪降らないと思ってたのにな」
「雪は、綺麗ですよ?」

シンシンと降り注ぐ雪が、二人が入る傘の上に降っていく。
身を切る北風を避けるように、人々は足早に家路へと急ぐが、それでも大通りに人影が絶えることはない。
道行く者は、必ずティエリアとロックオンの傍を通る時、一度は振り返る。一目をひく二人。特にティエリアの美しさは、冬でも耀いたままだ。
時折、二人は降り積もる雪に視線を落とすが、動こうとはしなかった。

「ほれ、マフラー」
せめてもと、ロックオンは自分が巻いていたマフラーを外して、薄着のティエリアの首に巻いた。
「あなたが、寒いのではありませんか?」
「大丈夫だよ・・・・多分」
寒そうにしながらも、やっぱりロックオンはティエリアが一番大事。
「風邪ひくなよ」
「あなたもね」

二人は、並んで歩きだす。
冬の吐息は二人を包み込んだまま、しんしんと雪を降り散らす。

「傘、もちますよ」
「いいって。俺がもっとく」
「はい」
ふと、ロックオンは立ち止まった。
「何か?」
「氷の女王みたい、ティエリア」
「褒めすぎです」
クスリと笑って、ティエリアは巻かれていたマフラーを口にあてる。
「冬でも、あなたはお日様の匂いがしますね」
「そうか?」
「はい。とても暖かい。あなたという存在が」
「ティエリア、目閉じて」
「はい」

二人は、街路樹の通り道の真ん中でキスをした。
「あったかい?」
「暖かいです」

刹那の家に向けて、二人は歩きだす。
冬はまだ始まったばかり。
冬の白い吐息に二人は包まれながら、帰路を急ぐのだった。