「これが海・・・・」 一面に広がる広大な海を、ティエリアは見えない金色の瞳で見ていた。 魔法によって脳内におくられるイメージは、ただ遠くまで広がる青。波の打ち返すザァンザァンという音は、魔法で拾って直接脳内に送られる。 不自由な体に与えられた神の奇跡。 人々はそういう。でも違う。これは、自分の魔力によって、欠陥の体の部品を補っているのだ。 奇跡でもなんでもない。ティエリアが、生きるために必死なって築きあげた自分だけの魔法なのだ。 神は、この世界にいない。 「神様・・・・・」 蒼い空を見上げて、ティエリアはロックオンに抱き上げられて、ずっと海を見ていた。 「そんなに海が気に入ったか?」 「はい・・・潮の匂いは分かります。実感できる。海も、広いのが分かる。世界は、こんなにも広いんですね」 「そうさ。この海から船に乗ればいろんな大陸にいける」 「いろんな大陸にですか」 「ああ。騒ぎがおさまったら、連れてってやるよ。海の向こう側に」 草原に放ったロックオンの愛馬である黒い馬は、草を食んでいる。 崖の上から見える海を、ティエリアはロックオンに抱き上げられてみていた。 「運命と・・・・戦おうと、思います。僕を・・・・イスマイール帝国の神殿まで連れていってください。マリナ姉様とリジェネ兄様と会って・・・・そして、エリュシオンの歌声を、死とは別の形で譲ろうかと思います」 「おいおい、帝国にいくなんて、死ににいくようなもんだろ?それに、どうやって譲れるってんだ」 ぎゅっと抱きしめられて、ティエリアはロックオンの首に手をまわして、その柔らかなウェーブのかかった茶色の髪を白い細い指で何度も梳いた。 「エリュシオンの歌声が・・・・歌声が、エリュシオンへの扉をあけることができれば。そうすれば、エリュシオンの歌声はもういらないのです。エリュシオンへの扉は、イスマイールの聖神殿にあります」 「伝説じゃないのかよ。エリュシオンって」 「いいえ・・・・本当に、存在するのです。エリュシオンは。神が、作ったとされる楽園・・・・・そこに続く扉がこの世界の、イスマイール帝国の聖神殿の奥にあるのです。ずっと封印されています。過去に何百人のエリュシオンの歌声をもつ者が歌声を響かせても、決して扉は開くことがなかった。でも、きっと、きっと。今の僕にならできる。なぜかそんな確信が湧き上がってくるのです。きっと開くことができる。そうして、歌声をマリナ姉さまに譲って・・・・父様に許してもらいたい。僕は・・・・私は・・・・・ずっと、ずっと・・・・」 「どうした?」 目を伏せるティエリア。 「変ですね。無理やり、連れ去られたのに。体まで奪われたのに。でも・・・・あなたが、好きだ。僕を、守ってくれるとあなたは言ってくれた。僕を、あの神殿からはじめて解放してくれたあなたが、好きです。可笑しいですね。どうしてだろう・・・・あなたが、愛しくてたまらない。私は、ずっと、ずっとあなたと一緒にいたい」 ぎゅっと強くしがみついてくるティエリアの紫紺の髪にキスを落として、ロックオンは黒い愛馬の名前を呼んだ。 「クロウ、来い!」 ヒヒーンと高い嘶きを響かせて、黒馬はすぐ近くにやってくる。 その馬の上に、ティエリアをまずまたがらせて、そして後ろからロックオンが乗る。 しっかりと手綱を握って、黒馬を走らせる。 目指すは、イスマイール帝国の聖神殿。 国境を何日もかけて抜けて、二人で長い旅をしていく。 野宿することもあった。 もうカール公国はすでに抜けており、イスマイール帝国にはいって2週間は過ぎていた。 「首都が近いな・・・・・」 黒いマントを頭からティエリアに被らせて、ロックオンは旅を続けていた。 旅費はリラ金貨をもっている。2億リラ金貨なんて持ち歩けないので、持ち歩いているのは40枚ほどだが、それでも十分に旅費としては足りた。 ティエリアの衣服を買ってやり、美しい外見が目立たないよう外套も買ってそれで包んでやった。 帝国の領土に入ってから、騎士の追っ手は全くこなくなり、旅は順調に進んでいた。 首都を抜けて、さらに進む。 神秘の森といわれる美しい森を抜けた奥に、聖神殿は存在した。 荘厳な建物にロックオンは圧倒されたが、見張りの騎士もいないのを不審に思い、剣をしっかりと腰に携え、馬を木に縛り付けてその黒い鬣を撫でると、ロックオンはティエリアを抱き上げて、馬を降りる。 「なんだ・・・ばかみたいに静かだな」 NEXT |