世界は我にあり、否、我に世界の鼓動は聞こえぬ 月はゆっくりと満ち欠けを続けて、そして新円を描く。弓はり月、下限の月・・・・いろんな形にかわって、それはまるで生きている人間のよう。 世界は我にあり、否、我に世界の鼓動は聞こえぬ 我は誰ぞ。我は誰ぞ。 月光の涙を見上げて、ネイは咆哮した。 「おおおおおおおおお、おおおお・・・・・・」 キュイイイン。 背中の真っ白な6枚の皮膜欲が鈍くそして高い音を奏でてて、意識をもつ。それを支配するのはネイ。 咆哮していたのはネイではない。 ネイが持つ、神の力、人に作られた時に、創造神ルシエードが密かに与えし神々の力エーテルイーター。神の座に位置する者はその力をもち、持たぬ神や女神もいるが、エーテルイータは同胞を食らう禁忌の力でもある。エーテルが高ければ高いほど、神や女神は力が強くなる。 この世界に満ちる力、エーテル。万物の基礎となりしもの。生命力。魔力。この世界を支える基盤。 人も動物も、全ては神々によってエーテルから作られた。 その種族が高次元存在になればなるほど、エーテル力は高くなり、ヴァンパイアという存在はまさにエーテルの塊であった。同胞を食らう使徒、ネイ。 そうさせたのは、果たして彼を作り上げた古き人類か、それとも彼の誕生を世界に促した創造神ルシエードか、それとも彼自身の意識か。 真実は闇に沈んで、見えない。 キュイイイイン。 背中のエーテルイーターは意識を持っている。でも、ネイなくしては生きられない。意識といっても、まるで混濁した眠りの中にいる幼子のようなもので、吼えるだけであとは本能のままにエーテルを食らう。 世界は我にあり、否、我に世界の鼓動は聞こえぬ 我は誰ぞ。我は誰ぞ。 エーテルイーターは吼える。 なぜ支配されるのかさえ理解せぬ、下賎なる獣よ。 なぜ存在するのかさえ理解せぬ、本能のままに在る絶対領域に従うだけの獣よ。 お前には、名はあるのか。 ネイは問いかけた。 エーテルイーターは月に向かって吼えた。 「おおおおおおおおお」 名さえない、哀れな獣。 支配されるだけの、食らうだけの禁忌。 名がないのならば、名を与えてやろうではないか。 お前と我は共にあるべき存在。共存しているのだから。 「そうだなぁ。お前の名は」 ネイは、もう何千年も一緒に生きてきたエーテルイーターをなだめて、月を見上げた。 「エルガ。エルガ・ブラウシェス」 その名がなんであるのかも、理解せぬエーテルイーターに、ネイは名をつけてやった。 この世界とは違う次元にある天界の長、天帝エルガ・ブラウシェス。 仮にも、天帝の名をつけるとは、なんたる不遜か。 もとより、ネイに天界にいた頃の記憶はない。 生まれてすぐに違う次元の世界に捨てられた。邪神として。そしてこの世界でネイとして息吹をあげる。 血の一族の神として。 エルガ・ブラウシェスは創造神ルシエードの実母。創造の女神アルテナの妹であり、創造の母ウシャスの従姉妹である。 この世界にある創造の神々は、異界たる天界より舞い降りし存在。もう、二度と天界には戻れぬのを承知でいくつかの世界を共に三人で作り上げ、そして滅んでいく世界を見つめ、また新しく世界を造っていく。 だが、それもこの世界が1万2千年前に造られたが最後に、創造の神々は世界を造ることをやめた。 どんなに美しく理想の姿に築きあげても、その時がくればあっけなく滅ぶのだ。もった文明で1万年弱。この世界は、彼等3柱神が作り上げた世界では一番長生きしている。 それもうそう、一度7千年ほど前に、創造の3柱神の一人であるルシエードがこの世界を壊したのだから。そして、そこから壊していない世界と虐げられていた人類と新たに生まれた新人類ヴァンパイアたちを共存させる世界を作り上げることに成功した。 創造の神ルシエードの名はルシエード・ブラウシェス・ワールドエンド。 世界をつくりながら、世界を終わらせる創造の神でありながら破壊神である神。 ネイはまだ、7千年弱という神々の中では赤子のような年若い存在だ。 だから、ルシエードの世界を再び壊すという思想に共感できない。それはアルテナもウシャスも同じこと。 同じ血をひいているのに、破壊神でもあるルシエードは世界が駄目になる前に壊して新しい世界を築こうとする。それは、この世界にももう一度訪れようとしていた。 そう遠くない未来に。 アルテナが動き出した今、滅びの世界に向けてゆっくりと時は進む。 そこで破壊神が壊れる前に破壊するのか、それとも滅びることなく新たな歴史を歩むのか、それは神々と生きとし生ける者全てが絡み合って完成する終曲にある。 神々は未来を見るが、それが必ずしも未来になるとは限らない。 神々が見た未来を外した世界もいくつかある。だが、どれも滅んだ。 完全に壊されなかったこの世界は、1万2千年と数百年で、終わる。それが、3柱神が見た、未来。ネイが見た未来。 「ルシエードか・・・・ワールドエンドの破壊神が。何か用か」 ネイは振り向くこともなく、世界の果てで彼の言葉を聞く。 「エルガ・ブラウシェスは・・・我が母は、すでに崩御した。今から7千年前。私が一度、この世界を、お前と共に古代魔法文明を破壊した、その時に。今の天帝は空位。その前に君臨したエルガの子、スーリア・ブラウシェス、我が兄は天界の下にある天使界で天使に恋をして、神をやめ天使となり、アルテナは空位の天帝を狙っている。だから動き始めた。そう、この世界が終わるとき、終わらない、終わるに関わらず、天界へと繋がる」 「だから何だ。我は、お前とは袂を分かった。お前とは関わらぬ。我はネイ、我は我の道を歩む」 ネイは、エーテルイーターをもとの翼に戻すと、ルシエードの作り上げた世界の果てから飛び立った。 「だから・・・お前は、若いのだよ、ネイ。初めて天界に生まれた邪神ネイ。天界からはじめて落とされた神。この世界の神々の中でさえ、最も年若い」 ルシエードは、世界の果てから姿をかえていく月を見上げて、ため息をついた。 黒い長い髪の間から、翼が生える。 キュイイイイン。 「ネイのもつエーテルイーターは質が悪いな、主」 そのエーテルイーターは言葉を理解し、ルシエードに忠誠を誓う知識ある獣だった。 エーテルイーターの違いと、刻んできた数万年という年齢の違いが、ネイという年若き神を赤子のように扱うゆえんとなる。 「ネイ。私が、世界を壊さなくとも、その時がくればはお前が壊すんだろう?邪神。邪神はそのためにあるのだから」 ルシエードはくつくつと笑って、深淵の狭間でエーテルイーターを起動させ、食物庫でもある氷結地獄にエーテルイーターだけを飛ばすと、エーテルイーターは好んで天使だけを食った。 エーテルの高い、天使がすきなのだ、このエーテルイーターは。異形の神々は、エーテルが歪んでいる。間違っても、ネイのように食べたりしない。 「ははは、ネイ、エルガ・ブラウシェスを名乗らせるか!そうとも、お前の母はエルガだ!私の大切な大切な、年若き弟よ!」 NEXT |