鍋のふたをあけると、フェンリルが入っていた。 「にゃーん」 ロックオンは、鍋のふたを閉じた。 「ぐつぐつぐつぐつ・・・・煮込んでるのに、なんでいやがる!?」 刹那とリジェネも、ルシフェールとアクラシエルもティエリアとロックオンのホームに居候だ。もっとも、アクラシエルはもう居候というか住人に近いが。 「はー、いいお湯だにゃーん」 ぐつぐつ煮立った鍋の蓋を頭であけて、フェンリルは頭にタオルをちょこんと乗せて沸騰する湯の中で、湯浴みをしていた。 炎の属性を持っているので、熱いのだって平気だ。 「ちょ、これフェンリルのだしかよ!?」 「ぼくのだしは美味いのにゃーん」 「嘘こけ!」 「本当なのにゃーん。まろやかな味になるのにゃん」 鍋のふちに前足をかけて、フェンリルは立っていた。 かわいいことこの上ないのだが、ぐつぐつ煮立った鍋の中に子猫がいるのは異様な光景でもある。 そこへ、ルシフェールがやってきた。 「おー、フェンリルくん、いいだしとれとる?」 「とれてるにゃーん。新鮮だにゃーん」 煮立った鍋は、白く濁っていた。 ルシフェールは、フェンリルを出すと、だしをとった湯に豆腐を入れてそのまま味噌をいれて、わかめとか具をいれて味噌汁にしてしまった。 「ほれ、食べてみや、ネイ」 「いや、無理」 「そないなこといわずに、食べてみー」 「食べるのにゃーー!!」 フェンリルは、ポンと音をたてて人型になると、ゴシックドレスを翻して怪力でロックオンの口をあけさせると、無理やり食べさせた。 「あぎゃああああああああ」 キッチンで、ロックオンの悲鳴が木霊する。 「また、なんかやってるみたいだよ」 「いつものことだよ」 リジェネとティエリアは、チェスをしている。刹那はその後ろでガンプラを作っていた。 ここまで居候が増えると、この家もちょっと狭いかんじがしないでもない。 アクラシエルは、ソファーに座っている。起きているように見えるが、オッドアイの瞳をあけたまま寝ていた。 「あー、また負けた」 「僕の勝ち〜」 リジェネが小悪魔のように笑う。 その頃、ロックオンは白目をむいて気絶していた。 ルシフェールは味噌汁を味見する。 「悪くないやん。みんなー、味噌汁と他和食で昼食できたで。食べよ」 ぞろぞろと、皆がキッチンに入ってくる。 「フェンリル君だしにしてみてん。昔から、フェンリルはかつおの味がするからさぁ」 「悪くない」 「んー。まぁまぁ」 「おいしいよ」 「いやん、僕のエキスが・・・みんなに食べられちゃうのにゃん」 「エロい言いかたやめなさい」 リジェネがフェンリルの首ねっこを掴んだ。すでに、元の子猫に戻っている。 フェンリルはよじよじと、リジェネの頭によじのぼる。 みんな、フェンリルがだしでも平気だった。だってそう、フェンリルのだしは昔からうまいと評判である。フェンリルのだしは高級品だ。ロックオンはそんなこと知らない。 だって、精霊がだしになるなんて、そんな非常識なことあるかよ(ロックオン談) ちなみに、気絶したロックオンは額に刹那によって肉と書かれ、リジェネにパンツ一丁にされた。ティエリアは、せめてネクタイはつけないととかいって、ネクタイを巻いてやった。親切心からなのだが、凄まじい変態に見える。ティエリアは、ロックオンかっこいいとかいって、みんなにドン引きされていたが。 「あれ、アクラは?」 「目開けたまま寝てる。リビングルームで」 「またかいな。起こしにいくわ」 「アークラ。起きや」 「・・・・・・・・ZZZZZZZZZ」 「襲うで」 「おはよう」 「おはよさん。どないしたん?」 アクラシエルは、虚空を睨む。 「誰か、くる!」 神の庭を利用して、空間転移をしたカシナート・ル・フレイムロードはリビングルームに突然姿を現すと、そこにティエリアがいないのを知って落胆した。 「姫王はいないのか・・・・・おや、あなたはルシエード殿の愛玩人形はありませんか。なるほど、美しいですなぁ。妻にほしいくらいだ」 カシナートに腰を抱かれて、アクラシエルは無の力を解放する。 「侵入者だ!!!」 空間が捻じ曲がる。そこにいたはずのカシナートを引き裂くはずだったのに、そこには誰もいなかった。 アクラシエルの大声に、刹那もリジェネもティエリアも、気絶していたロックオンもフェンリルも慌ててリビングルームに移動するが、その時すでにカシナートの姿はなかった。 「誰もいねぇじゃねぇか」 「確かに・・・・燃える髪の、男が」 「燃える髪?まさか、フレイムロードの王か?でも、あいつは神じゃないし、空間転移なんてできないはず」 「どないしたん、アクラ?最初から、誰もおらんかったで?」 大丈夫かと、ルシフェールがアクラシエルの額に手をあてる。 「白昼夢でもみたんちゃうか?」 「そうかも、しれない・・・・すまない、寝室で寝てくる」 「そうしとけ」 「ネイ」 真摯な眼差しに、ロックオンもきりっとした表情を作る。 「露出魔の変態。ついでに、頭のてっぺんに10円ハゲできてる」 「え、え、なんじゃこりゃあああああ!!おおお、頭、頭・・・NOOOOO!!」 ロックオンは自分の姿を見て絶叫し、次に頭のてっぺんを触って、そこに確かに10円ハゲらしき、髪が生えていない部分を発見してムンクの叫びのように頬に手を当てて、ぐにゃりと歪んだ。 「かっこいい俺様がーー!!」 「全然かっこよくないから」 「そのかっこがお似合いだ」 「ロックオン・・・・・大丈夫、10円ハゲでもパンツ一丁にネクタイでも愛してます」 「ティエリア・・・・」 ロックオンは、男前な表情をつくるが、格好が格好なので、刹那とリジェネとフェンリルは吹き出していた。 「ばかだね」 「ばかがいる」 「変態ロックオンにゃ。変態にゃ。ばかなのにゃ」 光の中、伸ばされた腕を握り締めた。 黒い翼は、綺麗な夜明け前の空。ほら、こうすれば星空だよと、広げた翼に光を浮かべれば本当に星空のようだった。 もう、私は迷わない。 「エーテルイーター、発動」 「アクラ!?」 ロックオンの驚く声に、アクラシエルは自分の隠していたエーテルイーターを発動させ、そして切り離した。 「ネイへ。エーテルイーター、吸収モード」 ロックオンの背中から、キュイイインと甲高い音が聞こえた。 エーテルイーターにシンクロして、ネイのエーテルイーターがかってに発動したのだ。 アクラシエルのエーテルイーターは、ネイのエーテルイーターに吸収された。 「これで、いい。もう、私にはいらないから。私には、仲間がいるから!神の力なんて、いらない」 アクラシエルは、オッドアイの瞳を綺麗に輝かせて、本当に美しく微笑んだ。 「アクラ・・・・翼が」 「?」 広がっていた12枚の黒い翼が、一瞬だけだが純白に戻った。 「・・・・・・いらないよ。天使の翼は。私は、黒い翼を誇りに思う。綺麗な夜明け前の空の色だから」 神の庭で、ウシャスは涙を流した。 「それで、いいのです。あなたは、自由です。縛られる必要はありません」 世界樹のある聖域にきていたルシエードは、アクラシエルの声を聞いたきがした。 「ゼロエリダ?・・・・いや、今はアクラシエルか」 ありがとう。もう、大丈夫。 私は、歩いていける。 一人じゃ、ないから。 ルシフェールは、アクラシエルの舞い落ちた黒い羽毛を拾い上げる。 「黒い天使も、いいんやない?」 「綺麗なのにゃー」 「白い翼より黒い翼のほうが綺麗だよね」 「まぁ、黒もありだろう」 「おかえり」 ティエリとロックオンは、並んでアクラシエルの手を握る。 「ただいま」 もう、そこに無の神はいない。 いるのは、無の精霊。ゼロエリダではない。名はアクラシエル。 黒い翼をもつ、ティエリアとロックオンの友にしてティエリアの契約精霊。 明の明星が瞬く。 ルシフェルにならなかった天使に、祝福をするために。 血と聖水スカイ The End |