残酷なマリア「マリアとティエリア」







オリジナルマリアの体に自分の核が取り込まれた時、「自分」を定義づける「自我」に多少のずれが生じた。「自我」は核と一緒に存在し、それは個を定義づけるものであると同時に、人間にとって心臓であり精神である。
マリアNO12、この世界ではティエリア・アーデとして存在する彼女に生じたずれは記憶のずれでもある。
マリアナンバーズとしてのこれまでも記憶を完全に忘れていたのだ。
なんたることであろうか。
オリジナルマリアの、移植されたものとはいえ、リーダーであった彼女の核を取り込んだ時、自分はオリジナルマリアの分まで全てを記憶し、孤独にも耐えて生き抜いてみせると、空間転移の長い時間の中、まどろんでいる時に誓ったのに。

マリアナンバーズの中には、記憶を封印し、その世界と完全に同調するためにマリアナンバーズの記憶を一時的に封印する者もいるが、時期がくれば、周りの他者は死に、マリアナンバーズは取り残される。そして覚醒し、また誰かに寄生するように、その世界の住人になりすまし、また記憶を封印する場合がある。それを永遠に繰り返すのだ。そう、使徒に狩られて死ぬまで。
その世界の住人の女の胎に宿ってその住人と同じ種族になっているのであれば、肉体の死が近づいた時、また違う女の胎に宿って新たなる人生を踏み出す。
精神は永遠に生き続ける。核と一緒に。
マリアナンバーズにとって死とは核を取り出されることであり、それ以外は不老不死だ。永遠を、その世界で一人きりで生きる孤独に狂いそうになるから、マリアナンバーズたちは、その世界の住人の記憶を操作して家族、友人や恋人になりすます。
そうしなければ、世界でただ一人きりの孤独に絶えられないから。

ティエリアは覚醒した。その覚醒が、この世界でティエリアの運命を変えていく。
ティエリアは同調した素体の意識である「ティエリア」の自我と「マリアNO12」の自我が完全に融合し、それがこの世界で定義づけられている「ティエリア」となった。
2つの精神が複雑に絡みあってできたのが、今のティエリアだ。
そう、過去の今までのティエリアがそうだ。現在のティエリアも、これからのティエリアも、本来ならそのままであっただろう。
でも、マリアナンバーズとしての覚醒が、それを許さない。

「私は・・・・マリアNO12。今はオリジナルマリアの体をしているけれど、あなたの恋人ではない」
首を振って、マリアNO12は不安そうにロックオンと名乗った青年を見つめる。
「えっと・・・・マリア?何それ」
「私は・・・・」
マリアNO12は急速に自分の中の核がこの世界に浸透していくのを感じていた。
覚醒から、ティエリアとして生きてきたこれまでの記憶が鮮やかに蘇り、自分の存在意義がマリアナンバーズとしてではなくティエリアとしてのものなのだと訴えかける。
「私は・・・・ティエ・・リア?」
「そう。お前さんはティエリア」
ティエリアであると同時に彼女はマリアNO12である。いや、もはや彼女はティエリアだ。イノベイターとして生を受けて、そして死んだはずの彼女。
遺体を棺に埋葬する前に、彼女は目覚めた。もう一度、世界を生きるために。そして覚醒した。

もう、ティエリアを処分しようという存在はなかった。
裏で、刹那が睨みを聞かせたのだ。刹那が、自分の中の力を暴走させ、自分が所属する機関の研究員の全ての命を殺すと脅した。彼は、本気だった。見せしめに、ティエリアとリジェネに見つかりにくい毒物を持って一度殺害した研究員を四肢をばらばらに切断して殺した。
それでも、刹那は大切な新人類。彼を罰する者はいなかった。
リジェネも同じように埋葬されかけた時に目覚めた。今はまだ、病院で昏睡状態だ。

「私は・・・・ロックオン、聞いてください。私は、あなたに言わなければならないことがあるのです!」
そう、全てをティエリアは思い出した。
ティエリア・アーデというイノベイターと呼ばれる、極めてマリアナンバーズに近い素体と意識が融合し、マリアNO12はティエリア・アーデとしてこの世界に生を受けた。
転移した時、何もその体のまま生きていくわけではない。中には本格的に紛れ込むために、種族の女の胎内に宿り、その子として生まれその種族として生きていくマリアナンバーズも存在する。

その世界に生きる種族と同じ種族に肉体を一度構築させるのが、一番安全で使徒に見つかりにくい方法である。
何も、転移した先の世界の全ての種族が人間のような容姿をしているとは変わらない。蒼い肌をもっていたり、角を生やしていたり・・・いろんな異種族がたくさんの次元の世界に存在する。

でも、少なくともこの世界の人間は極めて、マリアナンバーズと同じ肉体構成をしている。
何も、転生、つまりは素体となる肉体を選び、そこからまた生まれてくる必要などなかった。けれど、ティエリアはそれを選んだ。
まるで、そうなることで、このロックオンという青年と巡り合うことを望むかのように。

「私は!」
「おっと、今はまだ安静に」
「でも!!」
ティエリアは、ロックオンを見上げると、決心する。
「これを見てください。これを見れば、私が普通じゃないと分かる」
ティエリアは、自分の中に核が2つあるのに気づいた。
「オリジナルマリア・・・・・」
また涙を零す。彼女の命まで託されてしまった。

「エーテル発動、目覚めよ我の中のマリア!!」
キイイイィィィン!!
酷い耳鳴りに似た音がする。そのまま、自分の周囲に魔方陣を展開させて、そしてティエリアは金の瞳を開いて、エーテルを身にまとう。
ゆらめくエメラルド色のオーラ。バサリと、背中に黒い6枚の翼が現れる。

「・・・・・・・・ティエリア?何それ」
ロックオンは、目を擦っているけれど、目の前のティエリアには黒い6枚の翼が確かに生えていた。
「聞いてください。私は・・・・・」

ティエリアは話はじめた。
自分の存在が何であるか。
元々はマリアNO12と呼ばれる存在であり、空間転移の際に耐え切れず、滅びた自分の肉体から自分の核が飛び出し、オリジナルマリアの核を巻き込んで、今にも消滅しようとするオリジナルマリアの体に核を宿し、オリジナルマリアの体でこの世界に転移してきたこと。
そしてイノベーターとして開発されたティエリアと意識が同調し、本当ならそのまま人間の社会に紛れて生きていくはずだったのに、ティエリアとして肉体を再構築して、そして生まれてきてしまったこと。
他にもいろんなことを話した。記憶が操作できることも。

自分が生まれた世界「エンジェリックカオス」のことも詳しく説明した。
自分の中に宿る核が「アダムとイヴの種」であり、それを使徒から守るために空間転移してやってきたことも。そして、核が取り出されると死ぬことも。
心臓の停止は死ではない。核を取り出されることが死なのだ。マリアナンバーズにとっては。

「ですから、私は・・・・」
「ぐー」
「寝るなあああ!!」
ティエリアは、スリッパを取り出して、思いっきりロックオンの頭をはたいていた。
「え、何!?」
「ですから、私はあなたが愛する存在であると同時に、異界からきた客人で!」
説明するのにも疲れてきた。
「いけない、エーテルを展開させたままだ。鎮まれ、我の中のマリア!!」

「それで?」
ギシっと、ベッドに押し倒された。
「あ、あの?」
「俺が愛したティエリアの別人・・・とかじゃなくって、ティエリアであることには変わりないんだろ?」
「そ、それはそうですが、でも」
「でも?」
「この体は、もともとオリジナルマリアのもので、その・・・・」
「ティエリアのものだろ?よく分からないけど、話が全部本当だとしても、お前さんがティエリアとなったのも運命の一つ。この姿で生まれてきたティエリアしか、俺は知らない。ティエリアはティエリアだ」
「顔・・・近い、です」
「だって、キスしたいから」

「その・・・こまりま・・・んう・・・」
唇を唇で塞がれ、そのままティエリアは何も言えなくなった。
紫の髪がベッドのシーツに広がる。
「お前が死んだとき・・・心臓が止まるかと思った・・・・でも、息を吹き返してくれて・・・・どんな存在だって構うもんか。死神でもいい。愛してる・・・・」
「んんう・・・・ん・・・ああっ」
柔らかく沈み込んでくる指が、上半身をまさぐる。
ティエリア・アーデは中性だ。
オリジナルマリアがそうであったように。
胸なんてない。

「やめ・・・・て」
「分かった」
首筋をきつき吸われて、息も絶え絶えにティエリアはこのアイリッシュ系の青年の記憶を封じようと思った。
「ごめんなさい。あなたを危険に巻き込むわけにはいかない。記憶を封印します」
「ティエリア?」
「エーテル発動、目覚めよ我の中のマリア!」
一度は消えた6枚の翼がまた現れる。
「で?俺の記憶消し去るの?お前は一人になるんだぞ?愛してるだけじゃ、だめなのか?」
「う・・・・ごめ・・・・なさい・・・」
ポロポロと涙を流しながら、それでも、ティエリアの中には核がそれも2つもある。これを守ることが最重要。ロックオンとの愛よりも。
重要なはずなのに。手が、動かない。唇が、発するべき言葉を発しない。

「私は・・・マリアナンバーズ・・・核を、アダムとイヴの種を守らなければ・・・・記憶が明確に蘇った今、成すべきことは一つ」
目の前にいる、アイリッシュ系の男性の記憶を封じて、別れること。
それが、マリアナンバーズとしてするべきこと。

そして、また人間の世界に紛れて、誰かの記憶を操作して誰かの家族や友人、恋人になりすまして生きていくのだ。
そうするべきなのだ。
でも、ティエリアのエーテルは発動しない。



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