マリアの微笑み「たくさんの思い出」







「ロックオン・・・・」
ガーネットの瞳に中に、エメラルドの瞳が映る。
そう、昔のように。
こうやって、何度も見詰め合って、睦言を囁いてそして体を重ねたあの日。

たくさんの思い出が、二人を包み込んでいく。
好きだと告白したあの日。
ケンカして一日中口を聞かなかったあの日。
戦闘で重症を負った彼の元で泣き続けたあの日。
彼に、自分はもう人間だと言われて喜んだあの日。
いつものように好きだと囁きあって眠ったあの日。

そして、彼のもとにいきたいと、願ったあの日。

ロックオンを失ってからのたくさんの記憶。
ハロに託された遺言を聞いて、絶叫したあの日。
宇宙に花束とメッセージカードを添えて流したあの日。
墓参りをしては、挫折しそうになった心を強くもちなおしたあの日。

思いでも記憶も、全部全部、ロックオンがいたから。
ロックオンがいてくれたから、今のティエリアがいる。
今の幸せともいえる生活がある。

ティエリアが、人生の中で最も愛した、最愛の人。
ロックオン・ストラトス。本名はニール・ディランディ。

二人は、互いに甘い息を吐いて、そして眠りに落ちた。
ロックオンの輪郭が薄くなっていくのを、ティエリアは哀しい気持ちで見つめ、そして目を閉じた。
願うことならば、もう少しだけ、時間を下さい。
もう少しだけ。

ロックオンも、眠りに落ちながらまどろむ。
まだ、言っていないんだ。
言わなければならないことがあるんだ。
でも、ロックオンは気づくと真っ白な海に沈んでいた。
「お願いだ、もう少しだけ!」
そこは、ロックオンが沈んでいた宇宙の闇の彼方。ロックオンの魂が最初に目覚めた場所。
そのひたむきなまでに真っ直ぐな願いに、天使のマリアは微笑んだ。ふわりと12枚の翼が広がり、ロックオンは純白の翼に抱かれる。
このマリアは、なんてティエリアに似ているんだろう。俺たちの息子のマリアに。
きっと、成長すればこんなかんじになるだろう。
そんなことを考えているうちに、ロックオンの意識は浮上する。

ゆっくりと、泡沫になりながら。

「ありがとう・・・・もう少しだけで、いいんだ」
マリアは微笑む。聖母マリアのように、慈愛に満ちた眼差しで、何も言わず。
マリアが指差す先に、元の世界が広がっていた。
ロックオンは、そこに戻っていく。

10年という時間は、確かにティエリアとロックオンの間に溝を作っていた。でも、それは埋められたいと願う溝だ。ティエリアがどんなに望んでも手に入らないもの。
ロックオン・ストラトスともう一度この世界で歩いていくこと。

「ママー、朝だよ!ご飯つくって!」
マリアの声に、ティエリアは目覚めて急いで衣服を身につけると、そのままベッドから起き上がって朝食を作ったりと大忙しだった。
一人、ロックオンは上半身裸で、ティエリアの寝室でタバコを吸ってぼーっとしている。
「ロックオン!ぼーっとしてないで、一緒にマリアを学校まで送り届けてください」
「あいあいさー」
服を着替えて、それから朝食をとって、三人で歩いてマリアの通う学校の前までくる。
「また後でね、僕の本当のパパ!」
走り去っていくマリアを見送って、二人はなんともいえない気持ちになっていた。
「あの子、気づいてたんだ」
「子供は敏感だからなぁ・・・・」
刹那はいい父親であるし、夫としても申し分ない。ティエリアも刹那を愛しているし、刹那はマリアのことも愛してくれる。それは十分すぎるくらいに。
その愛が痛いくらいに。

「帰りましょうか」
「ああ」
二人は手を繋いで歩きだす。
見上げると、青空はとても綺麗に晴れ渡っていた。
ちらちらと、ロックオンの周囲をエメラルドの蝶が舞う。それを目の端に見やりながら、ティエリアは歩く。
家でも公園でもなく、ロックオンの墓がある墓地に向けて。
そして途中で白い薔薇の花束を購入して、二人はニール・ディランディと刻まれた墓の前にまでくると、ティエリアはその花を捧げた。
そして、木のある木陰にまでくると、最後のキスをした。
「ん・・・・」
「ティエリア・・・・」
「ロックオン・・・・」
小鳥が囀る声さえ、邪魔だった。
ロックオンの言葉だけを聞いていたい。もっと、もっと。
もっと一緒に語りたい。笑顔が見たい。愛されたい。

でも、もう終わり。
天使が見る夢の終わりだ。

足元から、まるでGN粒子の光のようにエメラルドの色に包まれて、蝶を纏わせながらロックオンは意識とともに光の泡沫になっていく。



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