刹那の永久回廊







この十字架の下には、二人の恋人が眠っている。

刹那とアレルヤは、花束を2つ捧げると、黙祷し、そして空を見上げた。
綺麗な、忘れ名草の花のような水色の空は、どこまでも晴れ渡りそして澄み切っていた。彼方まで広がり、白い雲が流れていく。
二羽の渡り鳥が仲良く、二人の頭上を通り過ぎていく。
「あれ・・・・ロックオンとティエリアみたいだね・・・」
「・・・・・・・そうだな」
刹那は、その十字架に刻まれた二人の名前を目に刻む。
ニール・ディランディ
ティエリア・アーデ
かつて、同じマイスターで仲間だった二人。

この十字架の下には、二人の恋人が眠っている。

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何度だってお前にいうよ。
愛してるって。
何度だってお前に誓うよ。
ずっと側にいるって。
一緒にいよう。ずっとずっと・・・・・。

「ロックオン、大好きです」

あどけないその微笑がとても好きだ。いつも照れているような、少し不器用な仕草で袖を掴んでくるその白い手を握り締めて、手を繋ぎあうのが好きだ。
サラサラと零れ落ちるティエリアの紫紺の髪の音が好きだ。銀色に光る長い長い睫を、上の視点から見下ろすのが好きだ。
薄い桜色の唇の輪郭を辿って、そっとキスをするとティエリアはいつも真っ赤になってそれから、ぎゅっと抱きついていくる。顎に手をかけたとき、ティエリアは石榴色の目を閉じる。同じように目を閉じて、唇を重ねる瞬間。
音もない、静寂。
この世界にただ二人きり。そんな錯覚を覚える瞬間。

幸せだと思う。こんなに切望したものが、すぐそこに在る。
家族の温もり。そう、飢えていたのは俺のほうだった。
失くした家族の分まで、愛そう。愛し合うんだ。
ティエリアを恋人にして、そしていつか結婚式を挙げようとまで約束して、ペアリングを互いにはめあっていつまでもいつまでも、普通の恋人のように振舞っていた。
いつか、戦いが終わったらアイルランドの生家に戻り、アイルランドで結婚式を挙げるんだ。
トレミーの仲間、アレルヤや刹那やみんなを呼んで、派手にパーティーしよう。

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「脳障害ですね」
医師の宣告を受けたのは、トレミーではなく地上だった。
それは、ソレスタルビーイングが経営する大規模な病院の一室での出来事。
記憶する海馬の部分が欠損しているらしい。正確なことは、詳しく説明されてもよく分からなかった。
ロックオンは、ただ隣であどけなく微笑む少女のような中性のティエリアの手を握って、ずっと彼女の髪を撫でていた。
「ふわふわ〜」
ティエリアは首を傾げて、ロックオンのウェーブのかかった茶色の髪に手を伸ばす。
その髪がふわふわなのだといいたいのだろう。

「脳外科手術は成功しました。ナノマシンを埋め込むことにも成功しました。でも、彼女にはあなたが誰であるか理解できないようです。いわゆる・・・・認知症のような状態ですね」
「認知症」
「はい。あなたを理解しても、忘れてしまう。どうしますか?彼女の個体には他にNOが存在します。この個体を処分し、新たな固体をティエリア・アーデとして稼動させることを推奨しますが」
ティエリア・アーデ。
最も優秀なマイスターとして作られた人工生命体。それが、ティエリアの存在意義。
使えなくなったら、処分も視野に入れられている扱いは、ティエリア個人も承知していたし、イオリア計画の中にも含まれていた。

ティエリアの個体は他にも存在する。
今でもカプセルの中で眠る、イオリアのための計画によって生まれたデザインベイビーたち。
イオリアの手によって作られた彼女たちは、今も金色の羊水の中で目覚めることなく眠り続けている。
現在稼動しているティエリア・アーデは実質、3体目になる。
精神と肉体のバランスがとれず、自己崩壊をおこしていった前の2体は、何十年も前にいた存在だ。過去の特秘事項データとしてのみ、存在が確認された、産声をあげてそのまま死んでいった生きた綺麗な人形。

今、ロックオンの隣で首を傾げている存在も、過去のデータの存在と同じものなのだ。
綺麗な、生きた人形。
よく作られた、人類最高の。
アンティークドールのような、雪のように白い肌、サラサラの髪、長い睫、大きな瞳、薔薇色の頬、桜色の唇、何よりも瞳の色が吸い込まれそうなガーネットの紅。

上層部から、ティエリアに関する権限がロックオンに委ねられたのは、ロックオンが強く上層部にティエリアの人権について働きかけたからだ。
元々、ティエリアには人権というものは形だけ存在した。だが、そこに他のマイスターのような確固たる権利はない。戦いで肉体が欠損したりして、再生治療でもどうにもならなくなったり、特に人間とは違った複雑な回路でできた脳に欠損が出た場合、最悪処分という結末が待っていた。
精神と肉体のバランスがとれずに、自己崩壊を起こす前に安楽死させるのだ。
過去のデータの2体の死因は、周囲を巻き込んだ大規模な事故による自殺。
せめて、そこに生きていたという証を刻みつけたいというような、最後。周囲を巻き込んでも、死者までは出さなかったらしい。壊れていても、脳がそうしろと判断したのだろうか。過去の2体はそうして死んでいった。
でも、巻き込まれたほうはたまったものではないだろう。
ようやく開発したガンダムごと自爆など、笑い事になるはずもない。
ロックオンと恋人になったティエリアは、人間として生き始めていた。人間としての人権も獲得し、戸籍まで存在した。

だが、しょせんは人工生命体。
欠損すれば、スペアがいる。どうにもならなくなった場合は、次のティエリアが稼動することになっていた。
「自己崩壊を起こす前に、処分を・・・・」
当たり前のように言う医師に、ロックオンは殺意を抱いた。
「もういっぺん言ってみろ。その額に風穴あけるぜ」
すでに、ロックオンの右手にはホルダーにあった護身用の銃が握られていた。
しっかりと、その銃口はソレルタルビーイングに所属する脳外科医師に当てられていた。
「しかし・・・・このままではあなたが辛い思いをするだけですよ」
「ロックオン〜何怒ってるの?」
「ティエリア、なんでもないよ。ほら、ジャボテンダー抱いてソファーに座ってなさい」
「は〜い」
ロックオンは、医師と何度か会話をして、そして決断した。

このティエリア・アーデという人形をどうするかを。
いいや、人形じゃない。彼女はれっきとした人間だ。ロックオンと何も変わらない、一人の人間。

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ロックオンは、戦闘でティエリアを庇って隻眼になっていた。
この傷は、聖痕だとロックオンは思っていた。何度ティエリアに再生治療を促されても、そんな余裕がなくて治すこともできなかった右目。結果、ティエリアをこんな風にした。
守ると、誓ったのに。守れなかった。
大規模な戦闘が起こり、大破したセラヴィーの護衛にかけつけるも遅く、撤退を余儀なくされたのが2ヶ月前。ロックオンも無論重症を追って、再生治療を受けていたが、右目の再生治療はティエリアが自分よりも重体と知った時、拒否した。
ティエリアが全快したら、自分もこの右目を治そう。そう思っていた矢先の、脳の損傷というティエリアのナノマシン治療でもどうにもできないくらいにずたずたになった神経回路。
幸い、言語中枢などは無事だったが、後遺症はすぐに現れた。

記憶しても、忘れるのだ。
ティエリアが先に退院し、脳内ネットワークは無事と思われていた。ガンダムの操縦の仕方が分からないと、ティエリアは修理されたセラヴィーに乗った時、困惑した顔で首を傾げ、次に泣き出した。
ロックオンの名前を呼んで。

「ロックオン、どこ、どこ、怖いよ、怖いよ・・・・」

精神年齢も脳内ネットワークの成り立ちが崩壊したことにより、幼くなった。
 
「ロックオン、どこ、どこ・・・・」

目を潤ませて彷徨う幼子のようなティエリアに、みな言葉をなくした。
あの毅然としていた美しい中性の少女はもう、そこにはいなかった。ティエリア・アーデは消えた。いるのは、幼い少女。
怯えて、泣くことしかできない子供。

すぐに脳外科で手術がされ、再生治療とナノマシン治療が施されたが、人類とは違う、新人類であるティエリアの高度な脳内ネットワーク修復は不可能だった。
そして、上層部はティエリア・アーデをマイスターから完全に外した。
それが、ティエリアにとって本来どういう意味であるのか、ロックオンは知っていた。だから、ロックオンもまた、自らマイスターを辞める道を選んだ。

新しいティエリア・アーデなんて見たくない。
ロックオンにとってのティエリア・アーデは彼女ただ一人なのだ。
他に個体がいる、起こせば何事もなかったかのようにティエリアがやってきて、自己紹介から始めるなんて、そんなこと、耐えれるはずがない。
自分が愛したティエリア・アーデは彼女ただ一人。誰でもない、横で首を傾げているこの少女だ。
この子を、ロックオンは愛した。恋人同士になった。結婚も約束してるし、ペアリングだってはめている。

「帰ろうか・・・・」
「ん・・・・どこに?」
「おうちに」
「うん」

ロックオンがマイスターを辞めることに、反対する者は多かった。
だが、自分以外に誰がティエリアを守れるというのだ。もう、これ以上傷つけたくない。

ロックオンは、あえてアイルランドの生家を選ばなかった。
刹那の家を、自宅として二人で生活を始めた。
時折、仲間が尋ねてくるが、静かな暮らしだった。

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「あなたは、誰?」
今日何度目の質問だろうか。
ロックオンは、ため息をつくでも呆れるわけでもなく、ティエリアの手をとって、自分の頬に当てると、お日様のように笑って、こういうのだ。
「俺はロックオン。お前さんの恋人で、お前さんを守るナイトだよ」
「へぇ。じゃあ、僕はお姫様?」
「そうだぜ。ティエリアは俺の、俺だけのお姫様だ」
ティエリアを軽々と抱き上げて、くるくる回ると、ティエリアははしゃいだ声をあげてから、ぎゅっとロックオンに抱きついた。
「ロックオン、ロックオン」
「ああ、俺はロックオンだ」
「大好き」
その言葉に、ロックオンは涙が零れそうになった。
「なぁ、もっかいいってくれよ」
「大好き・・・・・」
「もっかい・・・・」
「大好き・・・・ずっと・・・好きです・・・・」
「俺も、ずっとずっと、お前だけが大好きだよ。世界中で一番愛してる」

陳腐な愛の台詞も、煌く硝子細工のようにきっと美しい。
どんな宝石よりも美しい、結晶だ。
愛は、魔法のようだ。言葉を紡げばたくさんの愛が生まれ、言葉がなくても仕草だけでもたくさんの魔法で愛が生まれていく。

「眠いよ・・・・」
「もう9時か・・・一緒に寝ような」
「・・・・・あなた、誰?」
ティエリアにパジャマを着させた後で、大きな石榴色の瞳がロックオンをじっと見つめていた。
綺麗な紅のガーネットの瞳が、ロックオンは好きだった。
「ああ・・・忘れ名草の髪飾りしたまんまだな。外そうな」
「あなたはだあれ?ここは何処?私は誰?あなたは何故、そんな悲しそうな瞳をしているの?」
「んとな、ここはおれたちの仮住まいで、俺はロックオン。んでお前はティエリア。俺は悲しい瞳なんかしてないよ。大丈夫」
「そう・・・・」
ティエリアはロックオンに興味を失ったのか、大好きなジャボテンダーのジャボ美さんを抱いてすぐに眠りについてしまった。
ロックオンは苦笑して、ミニジャボテンダーのジャボリー君をソファに座らせてから、パチンと照明を落として真っ暗にすると、ティエリアと同じベッドに潜り込んで二人で眠りについた。

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「今日の昼飯はトマトソーススパゲッティだ!おい、ティエリア?ティエリア??」
エプロンを着たまま、ティエリアを呼びにきたロックオンは、そこでフローリングの床に蹲って静かに泣いているティエリアを発見して、すぐにその隣に座った。
「どうしたんだ?どこか痛いのか?」
「ごめ・・・・なさい。忘れてしまって・・・・ごめん、なさい。こんなにも・・・あなたを愛しているのに・・・・こんなにも・・・・ひっくひっくひっく・・うわあああああ」
「大丈夫だから、落ち着け」
盛大に泣き出したティエリアの背中をさすってやる。
「あなたを・・・覚えておきたいのに。記憶に、刻みたいのに・・・・あなたのこと、忘れたくないのに・・・どうして僕は、あなたを忘れるの!あなたを愛しているのに!こんなにも、こんなにも愛しているのに、どうして僕はあなたを愛していることを忘れてしまうの!いやだよ、ロックオン、ロックオン!!僕は、僕は・・・・!!」
 「ティエリア」
ぎゅっとティエリアを抱きしめる。
そして、流れ落ちる涙を唇で吸い取った。
「ロックオン・・・・ロックオン・・・・僕は、壊れてるよ。壊れた玩具だ・・・・」
「そんなことない。お前は、壊れてなんかないよ。何度忘れても、俺が教えるさ。お前を愛してることも何もかも」
「怖いよ・・・・あなたを忘れるのが、怖いよ・・・」
ティエリアはロックオンの首に手を回して、その胸で泣き続けた。

完全に、ティエリアがロックオンという存在を忘れたわけではない。
まるで、忘却の海から欠片を拾ってくるように、突然思い出してこうして泣いて、そして忘れたくないと泣いて泣いて、そして忘れてしまうのだ。

「大丈夫、俺がいるから、大丈夫だ」
「こんな僕で、ごめんなさい・・・・・」
「愛してるよ。世界で宇宙で一番、お前だけを愛してるよ。お前がいれば、俺は何もいらない」
「僕も、あなたがいれば何もいりません。何も望みません・・・・」

二人の恋人は、そっと唇を重ねると、そのままずっと何度もお互いの温もりを確かめ合うように抱きしめあった。

「あなたは、だあれ?」
ロックオンの腕の中で、涙を流したまま、ティエリアが首を傾げた。

「俺は、ロックオン。お前の恋人だよ。誰よりも大切なティエリア」
「ティエリア?それが僕の名前?」
「そうだよ。ティエリア」

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「ロックオン!見て、かわいい?」
ティエリアが、自分で髪を三つ編みにしてロックオンに見せてくれた。
ぼさぼさ頭だったけど、ロックオンは太陽のように微笑む。ロックオンは、とても暖かい。陽だまりの匂いがする。
それがティエリアは大好きだった。
「ロックオン、いい匂いがする・・・お日様の匂い・・・」
「ティエリア、新しい髪飾り買ったんだ。つけようか?」
「・・・・・・・・何を、つけるの?あなたは誰?」
「俺はロックオン。お前さんの恋人だ。んで、今から新しい髪飾りをつけてあげる」
「うん」
無邪気に微笑む天使を見るロックオンの瞳は、哀愁に満ちていた。
「ねぇ、愛してるよ」
屈託もなく微笑むティエリアに、ロックオンはその時、今まで見せたことのなかった涙を、はじめて見せた。
「なんで・・・・だろうな。なんで神様は、ティエリアにこんな辛い仕打ちするんだろうな?」
「神様?神様って、いるの?」
「多分、いるよ・・・・」
「泣かないで・・・ねぇ、泣かないで。ねぇ、始めてあう人だけど、泣かないで・・・・・」

始めてあう人。

その言葉が、楔のようにロックオンの胸に打ち込まれた。

「泣かないで・・・・髪の毛、結ってあげる・・・」
ティエリアは、ロックオンをなだめようと必死だった。
「あ!」
カツンと、ロックオンの手から、ロックオンが新しく買ってきた髪飾りが床に落ちて、そしてそれは壊れてしまった。
「・・・・・・・・・ごめん、なさい」
ティエリアの涙もより一層大粒となって、ロックオンより泣いて号泣になった。
「あーん、あーん」
まるで赤子が泣くように泣き出したティエリアの側で、ロックオンは苦笑いして、自分の涙をふきとると、ティエリアをあやしはじめた。
「泣くなよ、男の子・・・じゃなかった。男の子として生きる女の子だろ?ってなんか矛盾してるな」
ティエリアに性別はないが、あえてつけるとすれば少女だ。中性は少女体に近い体の構造をしている。戸籍でも女性になっている。
「・・・・・・・・なんか、俺も疲れてるみたいだ。ごめんな・・・・・」
だんだん泣き声が小さくなって、静かに泣くティエリアを抱きしめて、ただひたすら抱きしめて、ロックオンは天井を仰いだ。

「愛してるよ・・・何万回だっていう、愛してるよ・・・・」

ティエリアは泣き疲れて寝てしまった。
ロックオンは、その横顔を見ながら、昔のことを思い出していた。
「昔が懐かしいなぁ・・・・・」
もう、マイスターをやめて2年経っていた。

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「今日は、忘れ名草の髪飾りしような」
「うん・・・・」
ロックオンは、綺麗にティエリアの髪を結い上げて、ティエリアがお気に入りの忘れ名草の髪飾りを飾ってやる。
それから、テーブルの引き出しから一枚の書類を取り出した。
「結婚式・・・・あげれないけど、入籍しようか」
「入籍ってなぁに?」
「結婚すること」
「結婚ってなぁに?」
「んーと、愛し合う者同士が結ばれること」
「へー」
「ほら、ここにサインして」
「なんて書けばいいの?」
婚姻届に、すでにロックオンはフルネームのニール・ディランディと署名してサインもしていた。
「名前、かけないの・・・・」
「あー、うん、大丈夫俺が書くから」
ロックオンは、字が書けないティエリアのかわりにティエリア・アーデと書いて、そしてティエリアの手にペンを握らせて、サインを書かせた。

「あなたは、だれ?」
「俺?俺はお前さんの夫のロックオンだよ」
「僕、あなたを知らない」
「大丈夫、今から知っていけばいいよ」
「うん」
ティエリアは、久しぶりにあどけない笑顔を浮かべてくれた。
ロックオンはそれが嬉しくて、ティエリアを抱き上げると、何回も唇や額や頬にキスを繰り返す。
「こそばいよ、ロックオン。愛してます・・・・」
「ティエリア・・・・愛してるよ・・・・」

ああ、時が止まってしまえばいいのに。
この瞬間が永遠であればいいのに。
刹那の永久回廊。そんなものが、あればいいのにね。

ロックオンは、書類を提出するためにティエリアを家に置いてタクシーで外出した。
そうだ、帰りにはケーキを買って帰ろう。
約束していた盛大な結婚式はできなかったけれど、二人だけで静かに祝おう。
二人だけで。
今度仲間が帰ってきたら、その時に少し派手なパーティーでもしようか。気分が高揚するロックオンを乗せたタクシーは、飲酒運転のダンプカーが信号待ちのところにつっこんできたことで、大破した。

弾ける、愛の旋律。
壊れていく、愛の魔法。

「・・・・・・ティエリア・・・・・愛してるよ・・・・」
ロックオンは、薄れていく意識の中でそう呟いていた。

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すぐにロックオンは病院に運ばれて緊急手術が行われた。
ティエリアは何も分からない状態でアレルヤや刹那たちに付き添われ、病院でロックオンの手術をずっと待っていた。
「ねぇ、あの人は、どうしたの?」
「ロックオンはね、事故にあって、今手術してるんだ」
「いなくなるの?」
「大丈夫、すぐよくなるよ」
アレルヤは涙を流しながら、無邪気に微笑むティエリアの頭を撫でた。
「大丈夫だから・・・・大丈夫・・・・」
「ロックオン・・・・」
刹那も辛そうだった。

手術は長時間にわたって行われた。成功、ではなかった。でてきた医師が、そう重い言葉と一緒に告げた。
「今夜が、峠かと・・・・意識はあります。どうか、最後のお別れを」

「ロックオン!!そんな!!」
「くそ、なんでこんなことに!」

「ロックオンって、だあれ?」
ティエリアは、天使のように首を傾げて、笑っていた。

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本来なら、面会謝絶である部屋に通される。
ティエリアは、包帯まみれのロックオンの前に立って、首を傾げた。
「あなたは、だあれ?」
「俺は・・・お前の、ナイト、だよ・・・・はは、こんな格好してる、けど・・・・」
掠れた言葉が帰ってきた。
「名前、なあに?」
「ロックオ・・・・ン・・・・」
「そう。僕、あなたのこと知らない・・・・」

側で見ていたアレルヤと刹那は、見ていられずに部屋を出て行った。

ロックオンは両目から銀の波を溢れさせていた。

「ごめんな・・・・ずっと、守ってやるっていったのに・・・・ごめんな、ごめんな・・・・ごめん・・・な・・・・」
「どうして謝るの?」
「ずっと愛するって誓ったのに・・・・もうできないのか・・・・ごめんな・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「ティエリア・・・・?」

ティエリアの手が震えた。
そして、震える手でロックオンの頬に手をあてた。

「愛して・・・・た・・・の・・・・・僕は、ずっと、ずっとあなたを・・・・愛してた・・・何度、忘れても、忘れても、あなたに名前を教えてもらって、いろんなこと教えてもらって・・・・愛してます・・・世界中で、誰よりも、あなただけを」
「俺も・・・・愛してる・・・・よ」
呼吸の音が小さくなっていく。
ティエリアは、医師を呼ぶこともなく、ロックオンのお日様のような体が冷たくなっても、微笑んでいた。
涙を零しながら。
「愛しています。ロックオン・ストラトス。生涯でただ一人、ティエリア・アーデが愛したひと・・・・・」
大好きなジャボテンダーを抱きしめて、ティエリアは冷たいロックオンの唇に口付けすると、息を吸い込んだ。
「大好き・・・・愛してる・・・・ロックオン・・・・」

ティエリアの体の中で、生命回路を司る部分が急速に遮断されていく。
ティエリアは、ロックオンが大好きだといってくれた、大きなガーネットの瞳を閉じて、ロックオンによりそうような格好でロックオンの手を両手で包み込んで、そして。

最後の呼吸を、自分の意思で止めた。

(あなたがいてくれるから、僕は生きる意味が、あるんだ。あなたが、いるから・・・・・)

自己崩壊を起こしていく。
ばらばらに崩れていく。
それでも、ティエリアの顔はとても美しく、ロックオンだけのお姫様のように。

カツン。
ティエリアの髪から、忘れ名草の髪飾りがすべり落ちて、割れた。

忘れ名草のように、二人は精一杯生きた。そして、皆に忘れられることなく、咲き続ける。
結局、ティエリア・アーデの後継者は目覚めることはなかった。新しいティエリア・アーデは世界に生まれることなく、今も金色の羊水の中を漂いカプセルの中で眠っている。

ティエリア・アーデという存在は、ロックオンが愛した天使だけ。
ティエリア・アーデを人間にしたのは、ロックオンという恋人。
二人の出会いから終曲までは、5年。長いようで短かったけれど、二人は幸せだった。どんな形であれ、愛という魔法を唱え続けた二人。

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この十字架の下には、二人の恋人が眠っている。
とても仲の良かった、二人の本来ならば新婚になったばかりの夫婦が。
仲間だったアレルヤと刹那は言う。
ロックオンが太陽だとすれば、ティエリアは太陽の光が必要な月だと。
二人は、お互いが欠かせない存在だったと。
どんなに誰かに否定されても、二人の愛は純粋すぎて、眩しくて、透明だったと。

忘れ名草の色をしたブルースカイの空は、とても綺麗で二人の愛の軌跡のように澄み切っていて、それを仰ぎながらアレルヤと刹那は歩き出した。

「またくるよ。じゃあね、ティエリア、ロックオン」
「ずっと、一緒だぞ、もう。誰も何もお前たちを引き裂かない・・・・・またな」

ロックオンとティエリアに見守られている錯覚を引き起こしながらも、二人は歩き出した。

刹那の永久回廊は、閉じたまま永遠に同じ旋律を奏でる。
二人の愛の結晶っという音楽を。


              The End............