惹かれゆく者「貴族嫡子」








ニールは職を失った。
ついでに、家の財産も失った。事業に手を出して、それが失敗して大損をこいて赤字なって家も財産もみんなとりあえげられた。
とりあえず、借金まみれにならなかっただけでも幸いか。
「あー。今日どこに泊まろう・・・・」
双子の弟ライルは海外出張中だし、ぼんやりと鉛色の空を見上げる。
家財道具まで差し押さえられてしまったせいで、ニールは着の身着のままで、せっかく建てたばかりの新築一戸建ての家を名残惜しそうに振り返ると、その町を後にした。

ホームレスの仲間入りかなぁ。
そんなことを考えているニールの目の前に寂れた音楽館があった。
ふと、そこから聞こえてくるヴァイオリンの響きに心打たれて、見学自由という立て札をニールは確認して中に入っていった。
寂れた外見の割には、中は綺麗な部屋ばかり。
防音の部屋に、二人の少年が音楽教師に教わってヴァイオリンを弾いていた。

モーツァルトの曲だ。
見学人は他にはいないようで、ニールはもっと聞きたいと部屋の中にまで入っていった。
「あら・・・見学者さんですか?そこの椅子でも腰掛けていてくださいな」
音楽教師は三十代くらいの女性。
一方、教え子である二人の双子は、とても美しい濃紫の髪をした17歳前後の身なりのよなそうな兄弟だった。
「綺麗な音だなぁ」
ニールは、自分が置かれている状況も忘れて、そしてふとテーブルの上に置かれていたヴァイオリンを手に取る。
螺旋する高い音。
「凄い・・・」
それは、まさしくプロの音色であった。
目の前の美しい二人の少年が奏でるメロディーも凄いが、ニールが奏でる音楽はもっと遥かなる上を歩いている。
「あなた、ヴァイオリンの経験が?」
音楽教師が驚いてニールを見つめる。

「あっと。勝手にごめん。幼い頃、習ってたものだから」
「名前、教えていただけませんか?」
一人の少年が進み出る。濃い紫の髪を肩の辺りで切りそろえた美しい少年。もう一人の少年は天然パーマなのか髪がくるくるといろんな方向にはねている。
「ニール・ディランディ。職も家も財産もなくした、ただの野良猫だよ」
「庭師の仕事は好きですか?」
「は?」
「僕の家で、今住み込みの庭師の職を募集しています。もっとあなたの奏でる音楽を聴いてみたい。悪い話ではないと思うのですが。僕はティエリア・アーデ。こちらは弟のリジェネ・レジェッタ。僕たちは、貴族です」

貴族。
まさに、住む世界の違う人物。

ニールは迷ったけど、新しい職を探そうにもこんな就職難のご時世じゃそうそう見つからない。
宿もない。
住み込みということは、衣食住全てを補償してくれるということだろう。

「その話、のった」
「ティエリア。こんな男に惚れたの?」
「え。違うよ、リジェネ」
ティエリアは苦笑いをして、二人はまたヴァイオリンを奏で出す。
どうも、二人とも普通の貴族ではなく上流貴族の出身らしかった。
ティエリアとリジェネは、天使のように、あるいは女神のように美しかった。

そのまま、迎えの高級車が音楽館にやってくる。
「乗ってください」
リムジンに乗るなんてはじめての体験だ。
「館まで」
「了解しました、ティエリアお坊ちゃま」
車の運転をするのはまだ若い青年だった。
そのまま、ティエリアとリジェネの屋敷までくる。
そして、ニールは車からおりて口をあけてその豪華すぎる屋敷を見上げて、自分が拾われた場所は、財政界でも有名なイオリア・シュヘンベルグ伯爵の館なのであると分かった。
この町でも有名だ。
この国で唯一、伯爵を名乗ることを許された大貴族。

「いっとくけど。ティエリアに変なまねしたら、許さないから!」
リジェネは、ニールを連れて歩くティエリアの後ろから、ニールを睨みつける。

ニールは当主イオリア・シュヘンベルグにティエリアから紹介を受け、そのまま庭師としてシュヘンベルグの屋敷で住み込みで働くことになった。
そして、ティエリアの我侭で、ニールからヴァイオリンを教えてもらうことも承諾された。
無論、今まで通り音楽館に出入りは続ける。あそこの音楽の教師は腕は超一流なのだが、他の家庭教師のようにティエリアとリジェエネのためだけに、家庭教師として屋敷にくること拒んだため、二人が直接音楽館に通いヴァイオリンを習っていた。

庭師なんてしたことはなかったけど、庭師は一人じゃないのでニールも仕事を真面目に楽しくしては、笑顔を零す。使用人に与えられた部屋は、それでもやはり豪華で食事もうまいし、ベッドだって天蓋つきという豪華さ。
路頭を迷う羽目になりそうなニールとって、ティエリアは命の恩人でもある。

ニールは庭師の仕事を終えて、ティエリアにヴァイオリンを教えるためにティエリアの部屋にいくと、そこにはティエリアはいなかった。かわりに、褐色の肌の青年がソファーに座っていた。
ソファーの上で青年は眠そうに目を擦っていた。
「なぁ、ティエリア知らないか」
「あ、ああ・・・・あんたが、ティエリアが拾ってきた人物か。ティエリアは知らない」
それから、首を傾げるニールに青年は自己紹介をはじめる。
「俺は刹那。このシュヘンベルグ家の親戚にあたる。両親を事故で亡くしたので、厄介になっている」
差し出された手を素直に握る。
真紅の瞳は、どこかティエリアに似ていた。

それから、館の中をぶらぶら歩いてティエリアを探したけど見つからなかった。
「何してんの、あんた」
廊下で、メイドと一緒に談笑していたリジェネに発見されてしまった。
「その、ティエリアにヴァイオリンを教えようと」
「あっそ、でも、ティエリアを傷つけたら許さないんだから!手とか出したら、殺すからね!」
きついリジェネの威嚇に、ニールはそんなことしないと首を振る。
「だって、ティエリアはこの屋敷の、イオリア卿の跡取り、長子だろう?男が男にちょっかいなんてかけねーよ」
「どうだか。だって、ティエリアは美しいもの」
「お前さんも、黙ってれば美人だぜ」
からかわれて、リジェネは怒ってしまった。

そこから早々に立ち去ると、庭から綺麗な女性のソプラノの歌声がする。まさに神が与えた歌声。水晶のようにすんではずむ歌声に、ニールは惹かれるように中庭に出た。
そこでは、長い紫紺の髪をした一人の美しい、ティエリアやリジェネそっくりの少女が手を広げて空に向かってオーロラのような歌声を放っていた。
パチパチパチ。
ニールが拍手をおくる。
「凄いなぁ。歌姫だ」
「あ、あなたは・・・・」
少女は怯えるように数歩後退る。
「ティエリアとリジェネの兄弟?」
「ぼ、僕は」
少女は逡巡した後、庭を走り去ってしまった。

「なんだろ?怖がらせたかな?
数分たって、ティエリアがやってきた。
「お、待ってたぞ」
「ご指導のほど、よろしくお願いします、ニール」
ティエリアの髪が腰くらいになれば、ちょうど中庭であった少女のようになるだろう。
でも、ティエリアは少年だ。シュヘンベルク家の嫡子として育てられている。
「なぁ、お前さん、女の兄弟はいないのか?」
「え?」
一瞬ティエリアが強張った。
「い、いません」
「そうか。じゃあ、この曲からいこうか」

中庭で出会った美しい少女に、ニールはらしくもなく一目ぼれしてしまった。でも、相手の素性は不明。ティエリアとの約束の時間が終わった。
少しにやついた顔で屋敷をうろつくニールに、出会ったばかりの刹那は、釘をさした。
「中庭でいつも歌を歌っている少女に出会ったんだろう。やめとけ。あれは、幻想の少女だ」
「なんだよそれ」

また、明日会えるかな。
そんなことを考えながら、ニールは暇だと言ってきた刹那と、同じく暇だと申し出てきたティエリアと一緒に、庭弄りをするのであった。


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