惹かれゆく者「花言葉」







アイリスの花言葉。たくさんある。

恋のメッセージ、雄弁、変わりやすい、吉報、消息、あなたを大切にします

ティエリアが選ぶなら、絶対にあなたを大切にします、だろう。次の日もティータイムに誘われて、アイリスに扮したティエリアはアイリスの花のことについて語った。
「アイリスにはたくさんの花言葉があるんです」
「へぇ。どんな?」
恋のメッセージ、雄弁、変わりやすい、吉報、消息、あなたを大切にします
「ほんとにたくさんあるな。どれが好き?っていうか、アイリスにはきっとあなたを大切にしますが似合ってる」
「えっと、僕のことですか?それとも花のこと」
「お前さんのこと。アイリスは誰でも大切にしそうな優しい子だ」
「ありがとうございます。そういわれると嬉しいです」
アイリスは微笑んだ。
とても優しい微笑みに、見ているニールさえも微笑を浮かべてしまう。

アッサムの紅茶のおかわりをして、アイリスが焼いてきたのだというクッキーを口にするニール。
「うまいなー。料理の腕も絶品か。是非お嫁さんに欲しいな」
ウィンクと一緒にそんな風に言われて、アイリスことティエリアは頬を紅くして俯いてしまった。
「お口にあって、よかったです。焼いてきてよかった」
「うん、ほんとに美味しい。ここのコックさんの出すお菓子も美味しいけどそれにひけをとらないくらいに美味しいよ」
褒められて、ティエリアはニールのエメラルドの瞳を見つめた。
「ん?どうした?」
「いえ・・・あなたは、不思議な人だなと思って。知り合ってまだ間もないのに、まるで出会ったのが運命のように感じる。とても暖かくて、お日様のようです」
「そうか?ああ、でも明るいって昔からよく言われる。ただのアホとも言われるけどなぁ」
「あははは」

ティエリアは、アイリスの花のことについて続けた。
「アイリスはギリシャ語で「虹」のことを言います。美しい侍女イリスは、全知全能の神ゼウスの求愛を受けて困っていました。そこでイリスはゼウスの妻ヘラに「遠くに行かせてほしい」と頼みました。そして七色に輝く首飾りをかけて、神の酒を3滴頭上に振り掛けられ、虹の女神に変えてもらいました。その酒の滴が地上に落ちたときに生まれたのがアイリスの花と言われています。イリスは愛の神エロスの母でもあります。花言葉「恋のメッセージ」は虹の女神イリスが天上と地上を結ぶ役割を担ったことから生まれました。古代エジプトでは、アイリスの花弁は信仰・知恵・勇気の象徴とされ、あがめられていました。「アイリスの葉は剣、ユリは騎士の花」と言われています」
そこで呼吸をおく。
一気に全部しゃべって、ちょっと疲れた様子なティエリア。
「博学だなぁ」
「自分の、名前のことですから。それくらい調べますよ」
「そうかもな。俺なんてただのニールだから、なんの意味もない」
「でも、綺麗な名前だと思います」
「アイリスほどじゃないよ。アイリスの花を見たことがあるけれど、うん、お前さんに本当にぴったりだ。花弁の色も紫だし。その綺麗な髪の色みたい」
ニールが指で、ティエリアの髪をすくってみた。それはサラサラと綺麗な音をたてて零れ落ちる。

「なぁ。今度、外でデートしないか?」
「外は・・・・」
「おじいさんに許可もらえない?それとも、俺じゃだめか?」
「行きたいです!行きたい・・・・」
「じゃあ、二人でシュヘンベルグ卿に頼み込もう。ティエリアもきっと手伝ってくれる」
「はい、そうですね」
アイリスであるティエリアは、哀しげに目を伏せる。

「どうかしたのか?」
「いいえ。そうだ、ヴァイオリン!ヴァイオリンを聞かせてください。約束でしたよね?」
「ああ、ちゃんと持ってきてるよ」
ニールはヴァイオリンを持って、中庭で美しい音色を奏で出す。
それと一緒に、ティエリアの喉から綺麗なソプラノが流れ、二つの旋律は複雑に絡みあって、美しい一つの音色となって風に流れていく。
「綺麗な声だ」
「あなたこそ、綺麗な音色だ」
二人はクスリと微笑みあって、1曲を終えるとまた紅茶を飲み始めた。

「最近さ。ティエリアが元気ないんだ。どうしてだか、知らないか?」
「え、僕が・・・・いえ、ティエリアさんがですか?」
「そう。ヴァイオリンを教えてもまるで上の空で。なんだか何か気になることがあるのか、ぼーっとしてる時が多いんだ」
「さ、さぁ。多感な年頃でしょうから。少年も少女も、悩みやすい年頃なんでしょう」
「そういうもんかねぇ」
ニールは中庭から覗く青空を見上げる。
澄んだ蒼い空だ。小鳥の囀りも聞こえる。この中にははたくさん樹木が埋められていて、小さな森のようになっている。花もたくさん咲いている。

ティエリアは、自分をアイリスとして偽らなければ、彼の優しい眼差しが自分に降ってこないことを哀しく思っていた。
ティエリアとしての本当の僕を見てくれない。教えることもできない。

だって、ティエリアは存在そのものが「偽り」であるのだから。

「明日も、また来てくださいますか?」
「ああ、来るよ」
「約束ですよ」
二人は指切りをする。

「僕・・・僕、あなたに出会えて良かったです!」
「俺も」
手を振って別れる。
心が、引き裂かれそうなほどに辛い。
ニールに全てを告げてしまおうか。でも、それはこの優しい関係の終わりも意味している気がする。
きっとニールは僕のことを気味悪がって、声もかけなくなってくれるだろう。
ニールは優しいけれど。でも、でも・・・・。

ティエリアは、アイリスという名と少女の姿で、中庭で両手を広げてまた歌い出した。
その透明な歌声に、小鳥たちが集まってくる。
カナリアのように歌うティエリアの声は、風に乗ってどこまでも遠くに流れていく。
歌い終わると、小さな拍手が聞こえた。
「ニール?」
「僕だよ」
「リジェネ」
「優しい空間だね、ここは。君は、あのニールって男のことが好きなのかい」
「それは・・・・」
指摘されて、口ごもる。
「ティエリア。僕の愛しい半身。本当なら応援したいけど、君は特種な存在なんだ。君には僕や刹那がいるだろう?」
優しく抱き締められて、ティエリアはリジェネを抱き締め返した。
「分からないんだ・・・・僕にも。彼といると、リジェネや刹那といるのとは違った暖かさが心の中に流れ込んでくる。それを知り合いんだ」
「かわいいティエリア。仕方ない、君のためなら僕も協力するよ。君に泣いて欲しくないから」
「リジェネ・・・ごめんなさい。あなたの本当の「ティエリア」に、僕はなりたい」
「なってるよ。もう、とっくの昔に。出会ったときに、君の中に「ティエリア」の魂を感じたもの。僕たちは兄弟だ。他の誰かが否定しても、僕は君を半身だときっぱり断言できる」

一方、ニールは庭師としての仕事に精を出していた。
綺麗に整えられた薔薇園に入り、枯れかけた薔薇を鋏で切って取り除く。
そこに、老人が散歩していたのか、ニールに気づいて声をかけた。
「新入りの方。どうだね、この館は」
「あ、どうもシュヘンベルグ卿。居心地がとてもいいです」
「それは良かった。そう、いいことを教えてあげよう。籠の中の鳥は、籠の中にいるからこそ、美しいのだよ。美しく囀り、なんの危険からも守られて歌を歌う」
「?」
イオリア・シュヘンベルグはそれだけ言うと去ってしまった。
「アイリスの、ことか・・・・」
シュヘンベルグ卿は、アイリスのことを外に出したくないくらい愛しているらしい。言葉から察することはできる。でも、そんなのアイリスがかわいそうじゃないか。
外に出れないなんて。

羽ばたくことを知らない小鳥に、翼なんていらないのと同じだ。




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