惹かれゆく者「陽だまりの笑顔」







次の日も、その次の日もニールはアイリスと出会うことができなかった。
同じように、面会ができないティエリアとも会うことができない。そんな状態が2週間ほど続いた。
「うーん・・・暇だなぁ」
ニールは町に繰り出して、かわいい髪飾りを購入してみた。アイリスにあげようと思って、ついでに何故かティエリアの分まで購入してしまった。
ティエリアは少年だけど、美人なので髪飾りくらいつけても大丈夫だろう。
「ついでだ」
リジェネの分も購入してみた。
3つお揃い。
これをつけて、3人が同じ衣装で並んだら、三つ子と間違いなく間違われそうな様子が脳裏に浮かんで、アイリスともティエリアとも会えない寂しさが幾分和らいだ。

シュヘンベルク家に戻ってくると、ティエリアが出迎えてくれた。
「すみません、長い間伏せってしまって」
「もう大丈夫なのか?」
「あ、はい」
柔らかく笑みを刻むティエリアの髪に、買ったばかりの髪飾りをつけてみた。
「これは?」
「おみやげ。アイリスとリジェネの分もあるぞ」
「ありがとうございます」
ティエリアは、花が咲くような笑顔でニールを見つめる。
幾分熱の篭った視線に、ニールはティエリアの細い腰を抱き寄せる。
「あ、あの?」
腰を抱き寄せられたあと、ラインをなぞるようにニールの手が動く。
「やっぱり・・・女の子、なんだ」
ウェストが括れていた。あきらかに男性のものではない体の曲線は、じかに触れてみないと分からない。
「あ・・・・・」
哀しげに、ティエリアが目を伏せる。
「事情とかあるんだよな。内緒にしておくから」
「はい・・・・」
ティエリアは本当に哀しそうだった。
「どうかしたのか?」
「いいえ。あなたは、アイリスのことを愛していますか?」
「ああ、愛しているよ」
「大切にしてあげてください」
「ああ・・・・」
去っていこうとするティエリアの手首をとらえる。
「あの・・・・」

ニールの整った顔がすぐ近くにあった。
「あの?・・・・ん」
ニールは、ティエリアの桜色の唇に、唇を重ねた。
「あ・・・・」
ティエリアは呆然としている。
「笑ってくれよ、アイリス。それとも、ティエリアでいい?」
「僕は・・・・僕は・・・・」
ティエリアのガーネット色の瞳から、たくさんの涙が溢れ出す。

「気づいて、いたんですか?」
「いいや。でも、ずっとお前さんともアイリスとも会えない時期が同じすぎだし、一緒に会うこともできない。それに、笑顔がな」
「はい」
「笑顔が、一緒なんだ。陽だまりみたいにあったかいんだ」
「陽だまり、ですか」
「そう。ティエリアの微笑みも、アイリスの微笑みも。いくら衣装を変えたり髪形を変えたりしたところで、人の本質までは変わらない」
「僕は、あなたを騙していました。怒らないのですか」
「嫡子で長男として育てられている時点で、ある程度事情があるんだって分かるし。でも、これからなんて呼べばいいだろう?アイリス?それとも、ティエリア?」
抱き締められて、その腕の中でティエリアは甘い吐息を零した。
「ティエリアで、構いません」
「じゃあ、今度ティエリアとして二人でデートな」
「あなたは、本当に太陽のように耀いていますね」
「そうか?」
「はい。僕には、あなたが眩しすぎる」
「俺にはお前さんのほうが眩しいけどなぁ」

少女であるティエリアの手を握り締めて、二人はいつもの中庭にくると、ニールがヴァイオリンを奏でる。
G線上のアリア。
ティエリアが熱を出す前に、ニールから教わったばかりの曲。
それにあわせて、ティエリアの喉から綺麗なソプラノの歌声が響き出す。
少年として振舞う時のティエリアの声は少年としては高めだが、少女のものにしては少し低い。アイリスとしてニールの前にいるティエリアは、わざと声色を変えていた。
どちらが本当の声なのか、そんなことニールにはどうでも良かった。
アイリスが、ティエリアが、どちらが本当の存在であるのかも。

溢れるソプラノの歌声に合わせて、ニールがヴァイオリンをひく。
そう、これは惹かれてゆく者たちの物語。
お互いに、知らない間にお互いを好きになってしまっていた。
ティエリアはそう多くは言わないけれど、行動やちょっとした仕草で分かる。ニールに恋しているのだと。ニールはきっぱりアイリスの時であったティエリアに恋人として付き合おうと告白している。
ニールにとっては一目ぼれだった。

G線上のアリアの旋律が終わると、二人はいつものようにティータイムに突入する。
いつもより近い距離。相手の吐息さえ聞こえてきそうなほどに。
「俺は、お前のことが好きだ。愛してる。付き合ってくれ」
「はい。僕も、あなたのことが好きです。愛しています」
2回目になるニールの告白を、ティエリアは素直に聞き入れた。
二人は他愛もない話をしたりしあって、恋人としての時間を過ごす。
ニールはティエリアの髪を手ですいて、ティエリアはニールの茶色の髪に指を通してみる。
「俺、くせっ毛だから」
ニールの髪は茶色のウェーブが緩やかにかかった髪で、長さは肩くらい。
その一房を手にとって、ティエリアは口付ける。
「あなたの王子様になりたい」
「おいおい、お姫様だろう?」
「でも、僕は男性として教育されているので・・・あなたをリードしたいです」
「それは困るなぁ。俺の立場が」
二人で額をコツンと合わせて、笑いあう。

ティエリアは、自分のレプリカの心臓にとても暖かい感情が流れ込んでいることに気づいた。
これが、きっと命があるということ。生きているということ。
多分、そうでしょう?
ねぇ。
中庭から見える青空を見上げる。

幸せだと思う。
この幸せが、ずっと続けばいいのに。
そんな儚い願いを胸に託しながら、二人は穏かな時間を過ごすのであった。

 




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