惹かれゆく者「真実を明かしても」







何日か、平穏に日にちが過ぎていく。
ティエリアはできるだけニールと一緒に過ごして、そして陽だまりのような笑顔を浮かべる。
少しの間の時間の幸せも、精一杯噛み締めるように。

でも時間は少しずつ近づいてくる。
終焉へと。

いつものように、中庭でG線上のアリアをニールがヴァイオリンで弾き、ティエリアが透明な声でその音に合わせて歌い上げる。
二人はいつものように、ティータイムを過ごすと、談笑するでのはなく先にティエリアが切り上げた。
「別れましょう」
「え」
突然の申し出に、ニールは戸惑う。
「なんで?俺のこと、いやになった?」
「いいえ。あなたのことは愛しています。でも、一緒にいることができない事情があるのです」
「貴族と平民だから?」
「そんな!身分なんて関係ありません!僕はこんなにもあなたを愛しているのに!!」
ニールはティエリアを抱き寄せて、その瞼にキスを落とした。
「どうしてだか、言ってくれないか。俺は別れたくない」
「僕も、本当は別れたくありません・・・・・でも、僕は、ずっとあなたを騙していました。僕は、人間ではないのです」
「どういうこった?」
流石のニールも、ティエリアの言葉の真意が分からないようだった。

「言葉通りです。僕は、ティエリア・アーデとして作られた有機型アンドロイド。機械です」
「機械・・・・」
ニールは鸚鵡返しに呟く。
「冗談、だろ?」
「いいえ・・・・」
ティエリアは静かに首を振った。
証拠を見せようにも、とにかく人に似すぎて作られているせいで、どうやって証拠を見せれば言いのか分からない。
そこで、ティエリアは髪をかきあげるとうなじをニールに見せた。
「うなじに、製作日付と型番が書いてあるでしょう」
ニールの指が、震えながら白いうなじに触れる。

「2468年12月7日製造、型番007・・・・・」
そこに小さく刻まれた文字を読み上げる。
「ほら・・・僕は、食べ物や飲み物も食べれるし飲むことができる。呼吸もするし、体内には血液も流れている」
「そのどこがアンドロイドだっていうんだ」
「でも、ね。レプリカなんです。心臓はレプリカ。脳にはナノマシンが埋めこまれてあって、海馬の部分には記憶回路が埋め込まれています。それが、僕の本当の姿」
「・・・・・・・・・・」
「定期的にメンテナンスが必要なんです。だって、本当は機械だから。体の85%は有機物で構成されています。でも、それ以外は機械なんです」
「・・・・・・・・・」
ティエリアは自嘲気味に笑って、最後の一口の紅茶を飲み干した。
「ほんとは、こうして何かを飲んだり、食べたりする必要はないんです。消化もできますけど、それでエネルギーを得ているのではありません。活動エネルギーは光そのものです」
「光」
「そう。僅かな光でもあれば、それは体内に蓄積されて膨大なエネルギーとなり、僕を活動させる永遠のエネルギー資源になります。太陽光でも人工の光でも」

ティエリアは椅子から立ち上がって、後ろで手を組むと空を見上げた。
「こうして、あなたと語らうのも最後になるでしょう。僕は、あなたを騙したかったわけではありません。でも、もう終わりなんです」
「なんで?なんで、終わりって決め付けるわけ?」
同じように立ち上がったニールが、後ろからティエリアを抱き締める。
「ニー・・・・ル?」
「なんで、最初から拒絶されるって思うんだよ。おれはお前さんを愛した。そう、アイリスでありティエリアであるお前さんをだ。人間じゃないとか機械だとか・・・・俺には、関係ない。それが、お前の真実だとしても。俺は、お前だから愛した。それだけじゃ、ダメなのか?」
「あなたは・・・・・僕が機械だというのに、愛してくれるというのですか?」
「この時代、アンドロイドだっていっぱいいるじゃないか。中には人権だって認められてるのもある。人間と恋するアンドロイドだっていても、いいんじゃないか」

優しくティエリアを包み込んで、離さない。
「俺は、お前を手放さない」
「う・・・・あああああ」
ニールの白い大きな手を頬にあてて、ティエリアは泣きじゃくった。

「人間に、生まれたかった!あなたの、恋人に相応しい人間に!!」
「ティエリア」
「でも、でも、無理なんです。あなたが受け入れてくれても、もうすぐ僕は廃棄処分が決定しているんです」
「なんだって!!」
ニールがティエリアを強く引き寄せる。
「逃げよう!!」
「だめです・・・僕は、他のアンドロイドと違って有機物、人間の人体と機械が交じり合った特種なアンドロイドで、月に最低1回のメンテナンスを受けないと。それができるのは、おじい様の財力があるから。そしておじい様の財力があってこそ、僕は生まれることができました」
そして続ける。
「僕は、本当はティエリアですらないのです」
「え?」
「ティエリア・アーデ。それはおじいさまの孫の名前。リジェネの姉の名前。彼女は2年前事故にあい、植物状態となりました。リジェネはそれを受け入れることができず、自殺未遂を繰り返し、おじい様は哀しみにあけくれ。そのリジェネのストッパーとなるために、おじいさまの哀しみを癒すために、私が作られました」
「ティエリア・・・・」
「本物の、ティエリア・アーデが覚醒したのです。2年ぶりに。私は、このまま廃棄処分されるでしょう。でも、あなたと出会えて良かった。あなたの愛に包まれて消えてゆける。あなたは僕がアンドロイドでも受け入れてくれた。あなたと出会えて、本当に、よかった」
ティエリアは背伸びをして、ニールに口付ける。
そして、そのまま陽だまりのような暖かな微笑を浮かべた。

「ティエリア!!」
「僕は・・・・今度、あなたに会うことができるなら。機械でもいいから、また、あなたに会いたいな・・・・」

ジーガガガガと、ティエリアの綺麗な声にノイズが混じる。
完全にティエリアが目覚めた時、自動的にスリープコールドされるよう、ティエリアは設定されていた。
「さよ・・・なら。愛してくれて、ありが・・・・・と・・・・・」
ガーネット色の綺麗な瞳を開けたまま、そこにニールを映して、ティエリアは完全に機能停止した。
「ティエリアーーー!!」
何度ニールが揺さぶっても、ティエリアは起きてくれなかった。
ニールはティエリアの瞳を閉じさせて抱き上げると、ティエリアの部屋に向かった。




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