赤いカクテルを







しんと静まり返った深夜。
その場所は、喧騒で満ち溢れていた。色とりどりの鮮やかなドレスで身を包み、精一杯化粧して美しく見せようとする女性。その女性を口説き、うまくいけばホテルに行こうと浅はかなことを考える男性。
普通に、深夜のその時間に開かれたバーで友人と飲みかう男性と女性の姿。
いろんな人種に溢れた、けれど未成年など一人もいないそのバーに続く扉を、キイと、重い音をたてて一人の青年が開けた。

「お、ロックオンじゃないか。懐かしいな」

バーのマスターは、バーテンダーにロックオンがよく飲むカクテルを勝手に注文して、身を乗り出す。

「ここ数ヶ月見ていなかったから、何かあったのかと心配してたんだ。どうしたんだ?」

「いや――」

ロックオンは、言葉を濁らせる。
彼の背後に、フードで顔の半ばまで覆った人物が、ロックオンの座った席の隣に座った。
サラリと、フードの間から紫紺の髪が零れ落ちた。

「なんだあ?もう女ゲットしたのか?」

少しだけ覗き見える白皙の肌に、バーのマスターはロックオンをからかう。
その言葉に、フードを被った人物は少し身じろぎした。
随分と細い。その肢体は、女にしては華奢というか、細すぎるというか。スレンダーな美女なんだろうと、バーのマスターは勝手に想像して、アルバイターのバーテンダーに作らせたカクテルを、ロックオンの分と、連れであろうもう一人の分を追加して、グラスに注いでカウンターに置いた。

「注文はまだしていないんだが?」

ロックオンのはにかむ顔が、けれど感謝を告げていた。

「何、俺のおごりだ。そちらの女性にも――」

「誰が女だと、言った」

少し低めの声。女性にしては低い声に、バーのマスターは首をひねる。それから、露になった美貌に息を呑んで、呼吸することさえ忘れてしまった。
フードをはねのけたその顔は、人形のように整いすぎていて、動いているのが不思議なくらいだった。

「まだ、子供じゃないか!」

バーのマスターが、小さく驚く。
17歳前後と見受けられる、美少女。でも、女ではないといったのだから、きっと少年。

「なんだ、友人にしてはやけに種類が違うな。どういう関係だ?」

「関係のないことだろう」

ティエリアは、苛立ちを含んだ声音で、そのバーのマスターを睨んだ。
その瞳が、真紅から金色に色を変えたのを目撃してしまい、腰を抜かす。

「な、な!目の色が!」

「ああ、まぁちょっと変わった奴なんだよ。名前はティエリア」

「ロックオン。僕はもう帰りたい」

「まぁそういいなさんさ。ここくらいしか、カクテルをお前さんに飲ませられる場所がないんだから」

ロックオンは、ティエリアの苛立ちの声を宥め、そしてその頭をわしゃわしゃと撫でた。
ティエリアはうつむいて、やや朱色に紅潮した頬を隠すように、床を見つめていた。
ティエリアは、完全にバーの人間の注目の的になっていた。その麗しいまでの美貌のせいで。

「視線が、痛いんです」

「気にすんな」

さりげに、庇うようにロックオンがティエリアの腰に手を回す。

「ルジェカシス・ソーダ」

「え?」

「このカクテルの名前。お前さんの瞳のように赤くて綺麗だろう」

店の照明に透けて輝く赤のカクテルに、ティエリアは手を伸ばす。そして、一気に呷った。

「僕の目は。もっと、オレンジに近い」

「そっか。今度はそんな色のカクテル注文しようか」

「ああ…目が回る」

たった一杯のカクテルで完全に酔いつぶれたティエリアを抱き上げて、ロックオンは残っていた自分用に用意されていたカクテルを飲み干すと、チャリンとユーロの金をカウンターに置いた。

「またくるよ」

「あ、ああ」

ただ、ティエリアに瞳と同じ色のカクテルを飲ませたかっただけなんだけど。赤い色のカクテルは種類が多すぎて、全部を飲むなんてとても1日じゃできやしない。
ティエリアはアルコールに弱い。完全に酔いつぶれたようだ。ロックオンは苦笑して、その細く軽い身体を横抱きにして、乗り付けてきた車に戻っていく。
たくさんの視線を背中に受けながら。

「んーキス!キスしてください〜〜」

車を運転させようとすると、助手席のティエリアがとろんとした瞳で絡んできた。

「はいはい」

「……っあ」

舌が何度も絡まる。ディープキスを繰り返して、二人は離れた。ティエリアは、すーすーと、寝息をたてて助手席でおとなしくなってしまった。
その舌からは、痺れるようなカクテルの残り味がした。
そのまま酔ってしまったティエリアをホテルに泊め、ロックオンにおいしくいただかれてしまったのはいうまでもない。