何も食べたい気分にならない。 ソレスタルビーイングが、壊滅状態に陥って、ティエリアが覚醒してからまだ数日しか経っていない。 口にするのは、水ばかり。 また点滴された。 「何か食べないと、だめよ」 心配そうに、フェルトが優しく声をかけてくれた。 「分かっている・・・・でも、食べたい気分にならないんだ」 「そう。ここに、食事置いておくから」 シュンと音をあけて扉を開いて、フェルトは戻ってしまった。 呆然と宙を彷徨う視線。金色の、太陽のような色。でも、目が死んでいる。双眸には生きる者が持つべき耀きにかけていた。 「―――どこに、いますか?」 双眸は、無機質な天井を見上げて、それから宇宙の暗黒に視線を移す。 「地球―――」 遠くに見える地中。それに向かって手を伸ばす。 「あなたは、そこにいるんですね?」 地球に、きっと彼はいる。 きっと。 何もしない味の食事を取って、そして眠って。そんな日々を繰り返して、そして歩き出す。相変わらず、食べ物の味はしない。 久しぶりに、地球に降りることができた。地球のソレスタルビーイングと共同で新しいトレミーを改造し終わった。新しいガンダムも。 「大嫌いな、地球にきたのに―――あなたは、いないんですね」 地球には、きっと彼がいると信じていたのに。 いや、信じたかったのに。 彼の元に、何故いけないのだろうか。 こんなに行きたいと願っているのに。こんなにも、こんなにも。 狂おしいくらいに。 地球で始めてとった食事は、パスタ。 「味が、する―――」 ティエリアは驚いて、いつもなら残すのに綺麗に全て食べてしまった。流れる空気の匂い。空の色。太陽の暖かさ。緑のざわめき。小鳥の歌う声。 全部、全部感じることができる。 なぜって?生きているから。 ティエリアは彷徨うように歩きだす。彼の出身国であるアイルランドまでやってきた。 「あなたに、会いに、きましたよ―――」 やっと見つけた。 やっと、あなたを。 目の前にあるのは、ディランディ家代々の墓。ティエリアは黒い服に身を包んで、真っ赤な薔薇の花束を捧げると、目を瞑った。 「連れていっては――くれないのですね」 墓は、何も応えてはくれない。 石榴色の双眸から、涙が零れて大地に落ちた。 「こんなにも、側に・・・・あなたに、会いたい」 地面に膝をついて、抱え込む。そのまま止まらない涙を放置して、美しいが憔悴しきってしまった暗い美貌を手で覆い隠した。 「地球にも、あなたはいないのですか?あなたの魂は、どこに?まだ宇宙を彷徨っている?それとも、神とやらのいる天国に召された?ねぇ、ロックオン・・・・ロックオン・・・・」 ポツポツと、雨が降ってきた。そのまま雨に打たれながら、ふらりとティエリアは立ち上がり、叫んだ。 「うわああああああああ!!!」 魂の叫び声のように、咆哮する。 泣こう。 今は、好きなだけ、泣こう。 涙は、雨に混じって消えてしまうから。 だから、好きなだけ泣こう。皆の前で我慢していた分、泣きまくろう。 「ああああああああああ!!!!!」 酷い雨に打たれながら、華奢な影は泣き続ける。 ディランディ家の墓の前で、蹲りながら。泥だらけになりながら。 「逢いたいです――ロックオン――ニール・・・・・・でも、きっと―――うん僕は生きてるから。あなたの元に行きたいけど―――あなたが未来を歩けというのなら、歩かなきゃ」 泣きたいだけなくと、ティエリアは笑った。綺麗な微笑みだった。涙はまた溢れてきた。 「あなたの墓を、造ります。せめてもの、あなたへの―――愛しています、これからも、ずっと。また会いにきます」 ずっと、車の中で待っていたくれたフェルトが、ティエリアに傘をさしだした。フェルトは自分の分の傘をティエリアに差し出したのだ。 ティエリアは驚いて、フェルトに傘を返す。 でも、フェルトはそれを受け取らなかった。 「濡れるよ。フェルト」 「いいの。私も泣きたいから・・・・・・」 フェルトの大きな瞳から流れ落ちた涙は、雨に混じってしまった。 数分、一緒に声もなく涙をディランディ家の墓の前で、捧げた真っ赤な薔薇に視線を落としながら泣いた。 庇いあうわけでもなく、支えあうわけでもなく、二人別々に。 それから、ティエリアはフェルトを抱き締めた。 「大丈夫?」 「ティエリアこそ、大丈夫?」 互いに涙をふき取って、もう意味のなくなった傘を折りたたむ。 「多分、大丈夫。僕は、もう進むべき道を決めたから。いこう、フェルト。みんなが待ってる。宇宙(そら)に戻ろうか」 「うん。まずは風邪ひかないように、ホテルに戻って、シャワー浴びなきゃ」 「そうだな」 二人は並んで歩きだす。 振り返ることはない。車に乗り込むと、ティエリアは宿泊しているホテルに向かってアクセルを踏み出した。助手席にいるフェルトは寒さでガタガタ震えていた。 ティエリアは、後部座席にあったタオルを彼女に譲った。 「もう、大丈夫だから」 それは、自分自身に投げた言葉であった。 フェルトは、淡く笑みを零した。 「うん。安心した。だって―――大声で、泣かないんだもの、ティエリア。いつも、声を殺して泣いてるから―――」 「知っていたのか」 「うん。気づいてた」 「そうか。心配をかけて、すまない」 ティエリアが、死んでしまったロックオン、ニールの部屋の遺品を抱いて声もなく泣いていた頃の話だろう。現実が受け入れられなくて、食事を拒否していた頃。食事をしても、味は全くしなかった。 残ったクルー全員が、ティエリアの心配をしてくれた。 フェルトは、ソレスタルビーイングに残ると決めた、貴重な仲間だ。彼女をずっと不安にさせていた。 ホテルに帰り、シャワーを浴びて、互いに一息つくと、そのまま眠った。そして、次の日には宇宙に還るべく慌しく動いていた。 「歩こう。ロックオンの心と一緒に。僕らは、新しいソレスタルビーイングを作るんだ。ロックオンは生きているよ。僕たちと一緒に・・・・臭い台詞だけど――そう思うから」 「うん。私も、そう思う」 そして、彼らは宇宙(そら)に還る。 新しい時代を担うために。 やがて、刹那との邂逅。新しいガンダムでの戦闘。 新しい夜明けが、こようとしていた。夜明けの中に、ニールは微笑んでいた。彼の意思は、そうして受け継がれていく。 (変えてくれよ。この世界を) 「変える。この世界を!」 刹那を中心として、新しくガンダムマイスターが揃っていく。制服もできた。さぁ、歩いていこう、刻んでいこう、変えていこう。 未来を、掴み取るために。 そこに、彼はいる―――ニールが。 歩いていった軌跡の中に、ニールが一緒に歩いている。ガンダムマイスターは4人。でも、もう一人いるんだ。ニール・ディランディ。 ティエリアが失った最愛の人にして、ライルの双子の兄。もう一人のロックオン・ストラトス。 制服も籍もないけれど。 みんなと一緒に、彼は歩いている。ティエリアも、歩き続ける。 もう、彼が泣くことはない。 ティエリアは、強くなった。精神的に、とても。脆い部分もまだあるが、だが刹那と一緒に、アレルヤと一緒に、ライルと一緒に笑って、怒って。 地球に彼はいますか? 宇宙に彼はいますか? ――――いいえ。彼は死にました。遺体もありませんが、死にました。けれど。 月並みだけれど。心の中に、彼は生きています。ずっと、ずっと一緒に、歩いています。これからも。 これからも、ずっと、ずっと、仲間たちと、ティエリアと、一緒に―――。 |