「さようなら」 棺の中には、白い薔薇が一輪。 そのまま宇宙に流す。コックピットをあけて、ティエリアは棺が流れていく様を見守った。 地球に彼の墓は建てた。宇宙に眠る彼のためにも、宇宙にも墓標のようなものをあげたいと思った。 本当は、棺いっぱいに白い薔薇を入れてあげたかったけど。 でも、そんなに入れてなんになるというのだ。 もう、彼は永久(とわ)に帰ってこないのに。 石榴色の瞳が金色(こんじき)を帯びて耀きだす。 手が、気づくと流れていく棺に向かって伸ばされていた。 「待って!!」 待ってなどくれない。ふわりとそのまま宇宙の波に沈んでいく黒い棺。 「ああ―――そうだね。さようなら」 何を迷うのか。 迷っても何もなりはしない。 「さようなら―――永久に眠れ。ロックオン・ストラトス。僕が愛した、人間」 彼の形見として持っていた、彼の遺品を宙に投げ出す。それもふわりと漂って、消えていく。最後に、忘れ名草の栞、それから、一緒にとった写真とか。細かいものまで全部。 これで、本当に最後。 キラリと耀く、彼とお揃いだったペアリングを宇宙に投げ捨てようとして。 できなかった。 動けなかった。 「思い出、だけでも、永久に。ごめんなさい」 忘れたはずの涙が溢れてくる。 コックピットのハッチを閉めて、そのまま戻りトレミーに着艦する。着替えて自分の部屋に戻る頃には、涙は消えていた。 指輪を大切にしまいこんで、それから制服を整えて、硝子に映る憔悴しきった自分の姿にため息をつきながらも、歩きだす。 一歩一歩、確実に。 永久に。あなたと、歩いていく。 あなたの心と一緒に。 あなたはもういない、けれど。 この世界のどこにも。 でも、歩いていこう。 涙をふきとって、明日をこの目に焼き付ける、ために。 「歩いて・・・・いこう。ロックオン」 コントロールルームにつくと、そのまま手袋をした手でひゅっと空を切る。 「トレミー、これよりグランジェ7に入る!」 歩いていこう。 思い出は、やっぱり捨てられないから。 でも、縋りつくように殻に閉じもってばかりいるな。そんなこと、絶対に彼は望まない。 僕は。世界を。 彼が望んだように、変革したい。 僕は。世界を。 彼が見ることのできなかった、未来をみたい。 だから、永久に。おやすみなさい、ロックオン・ストラトス。ニール・ディランディ。 ティエリア・アーデが世界で始めて愛した、最初で最後の、大切な人。 おやすみ。なさい。 安らかに。 どうか、安らかに。 |