あふれ出る血が、こんなに美しいと思ったのは久しぶりだった。 シンメトリーを描く双子は、宇宙に戻りそれからまた何年か時が静かに過ぎていった。 「ねぇ・・・・僕は、ニールの元にいけるかな?」 いつものように、地上に食料を買い出しに降りてきて。 茶色の髪に、翠の瞳の青年を見て、ティエリアはリジェネをおいて駆け出した。 走って、走って、走って。 車のクラクションがなる音が、やけに大きく響いた。 「ニール・・・」 びっくりして振り返った青年は、確かに似ていたけれど、ニールではなかった。 それはそうだろう。もう何百年、いや千年以上も前にニールは宇宙で散り、その24歳という若い生涯を閉じたのだから。 悲しみにあけくれたのは、CBを率いていくまでの4年のうちの1年間だけ。 心の奥でいつも涙を流しながら、けれどニールと一緒に歩んでいるのだと信じて、前を向いてつき進んでいった。 どんなに戦況が酷くなろうと、前を向いていた。 いつも、いつも。 弱音を吐くこともあった。 刹那を比翼の鳥の翼として頼り、刹那の影にニールを見出そうとしていた時期もあった。 ニールの双子の弟ライルを見て、彼ではないと呟き、けれどどこかでライルをニールに重ねていたのは事実だ。 もう、遠い遠い、遠すぎる過去の記憶。 古すぎて、バッテリーがきれた機械みたいに、記憶からいったん削除された。 「ねぇ・・・僕はもう終わりみたい」 白い純白のケープが、血に染まっていく。 「やだよ!僕を一人にしないで!」 黒いケープを羽織り、血だまりの海の中に沈んでいくティエリアを、胸にかき抱いて、リジェネは泣きじゃくった。 「嫌だよ!一人は嫌だよ!!」 ポロポロと、ティエリアと同じガーネット色の瞳から涙があふれ、ティエリアの胸に吸い込まれていく。 「早く、救急車を!」 慌しく騒ぐ周囲。喧騒。 それからさえも二人は隔絶されて、世界で体温を共有しあい、吐息を零しあう。 「リジェネ。僕は、ニールの愛を覚えている。彼の元にいきたいんだ。召されたい」 「僕をおいていかないで!」 真紅に染まっていく白いケープごと、ティエリアをかき抱いて、リジェネは顔を歪ませた。 ああ、綺麗な顔が台無しだ。 ティエリアは、手を伸ばして、リジェネの涙をふき取る。 血を流しすぎたせいか、視界がどんどん暗くなる。 ティエリアは喀血した。 空を、白い鳥が飛んでいく。紺碧を裂く、白。 その姿はどんどん大きくなって、ティエリアの目の前にきて、微笑んだ。 「やっぱり、きて、くれた・・・・・」 ティエリアが微笑むと、その白い鳥も、翠の瞳を慈しみに満たせて、腕を広げる。 冷えていく体温が、暖かくかんじる。 広がっている自分の血が、とても綺麗に見えた。 まるで、刹那の瞳みたいな真紅。 錆びた鉄の匂いと味。 それさえも忘れるような、至福。 緩やかにウェーブを描く茶色の髪。エメラルドみたいな翠の綺麗な瞳。右目を隠す、黒いアイパッチ。どこかくたびれた衣服。手を覆うグローブ。 唇が動く。 (おいで) 「はい・・・」 誘われるように、ティエリアの目はそちらの方角ばかり見ていた。 (おいで、また一緒に愛し合おう) 「そうですね――」 ティエリアを揺さぶり動かすリジェネの声も、もうティエリアには届かない。 視界が黒から暗転して、真っ白になっていく。 まるで天使の羽毛に包まれたように、ふわふわと。 真っ白な世界で、ティエリアが愛した、その人は手を広げてティエリアを抱きしめた。 (おかえり) 「ただいま」 この時を千年以上待っていたんだ。 そう、僕は。 僕は、このために生きていたんだろう、多分。 幸福すぎて、もう言葉も出そうにない。 「僕は、一人はいやだもの」 残されたリジェネは、護身用に隠し持っていたサバイバルナイフを取り出して、喉の動脈を自分で掻き切ると、ティエリアの上に重なるように倒れた。 「早く、蘇生処置を!」 「こっちはもうだめだ!体が冷たすぎる!死後硬直がはじまってる!」 「こっちもだめだぞ!これじゃあ助からない!」 遠くから、救急車の音が聞こえたけれど、もう二人の耳には届かなかった。 真っ白な世界で、ニールに抱かれたティエリアは、一度真っ白な世界に降り立つと、シンメトリーを描くリジェネを抱擁した。二人で手を繋いだ。ティエリアのもう片方の手はニールが繋いでいた。ニールとそして刹那やライルやアレルヤや・・・たくさんの仲間に包まれて、二人は白と黒のケープを翻し、紫紺の髪を靡かせて音もなく歩き出した。 さぁ、歩こう。 未来ではなく、過去を。 失ってしまった記憶のロードを。 さぁ、歩こう。 やっと終わるのだから。 終焉が、こんなに愛しい。 さようなら、地球。僕らが生きた、水と緑の星。 アダムとイヴのように、ティエリアとリジェネは地球の記憶を垣間見ながら、仲間を追っていく。 さようなら。 永遠の安息あれ。 遠い未来の子供たちに。 地球は、もう見守らなくても、自分で廻っているのだから。 さようなら。 |