ティーカップ2(3期)








お揃いのものをどうぞと、ティエリアにもらったそのティーカップは自分が使うには少し優雅すぎるんじゃないだろうかと思った。白磁の陶器は少し寂しくて、でもとても上品。
きっと値段は高いのだろうと聞いたのだが、そうでもないようだった。
それでも、愛用するには少し高い値段。フェルトがいつも好んで使うティーカップなんて、せいぜい20ドルくらい。

「たまにはいいんじゃないのか」

刹那の言葉で、買い替えようかどうしようか悩んでいたというのに、そんな小さな悩み事はもう忘れてしまったかのように、脳のすみっこにおいやられてしまった。

湯気をたてる紅茶。そこに、乾燥させた香りのよい薔薇の花弁を散らしていく。

「どうしてそんなことをするんだ?」

「秘密」

くすくすと、自然に色づいた唇から艶やかな小さな声が漏れた。
これは、秘密。言ってはいけないのだから。

これは、おまじない。恋の、おまじない。

大好きな人とずっと一緒にいられますようにって。

ティエリアが教えてくれた、新種のローズティーにある種類の薔薇の花弁を散らすと、金色の液体が鮮やかに薄い紅色に色を変えてしまう。そうやって目でも楽しんで飲む。
そしてこれはおまじないでもあるのだと、教えられた。
今頃はティータイムだから、このティーカップをセットでくれたティエリアも、ロックオンと一緒にこうやって飲んでいるのだろう。

「もっと色が濃ければ、あなたの瞳の色になるのにね」

色を変えたローズティーを口にしながら、その甘さに酔いしれる。

「ムリだろう。俺の色になると、血みたいで飲む気もうせるだろうし」

「あら、赤ワインは?」

「赤ワインは別だろう。そもそも、俺はアルコールがあんまり好きじゃないから」

そんなこと、とっくに知っている。室内の冷蔵庫には、ワインやビールの変わりに今でも牛乳。2人で乾杯するときワインをあけても、刹那は無理やり飲むだけで自分から好んで飲んだりしない。

「どうして、いつもこのお茶に薔薇の花弁を散らすんだ?」

刹那の赤い視線がこちらとかちあった。音がしそうなくらい、視線がぶつかつ。

「秘密」

「そういわれると、知りたくなるな」

「だめー」

「教えてくれないか」

「それはね・・・・」

紅茶を傾けて、ティータイムも終わり、2人で他愛ない会話をしてから別れた。もう今日は朝からずっと側にいた。刹那はCBのリーダーとして会議を控えていたので、帰ってきたら外で食事でもしようかと考える。
ふと、ブザーが鳴って、対応に出るとティエリアだった。
大分伸びた紫色の髪がふわりと虚空を撫でた。

「あら、どうしたの?」

「刹那が、秘密を教えてもらったとやけにニヤニヤしていた。無表情だったが、あれはニヤニヤしていたに違いない!」

「あ、ごめんね。教えない約束だったのに」

「いいよ。君の意思を尊重する」

ティエリアの伸びた髪を指で撫でると、サラサラと音がしてまるで絹のような手触りだった。いつもの制服だというのに、髪が伸びてそれを結うこともしないでいるティエリアは、やっぱりいつ見ても人形のようだ。整いすぎた容姿というのは、人間味を薄くさせる。
最も、感情が豊かになったので、ああ、人なんだなと安心できるところは昔からある。
そう、今もこんなに優雅で上品なのに、背中にジャボテンダーをくくりつけていることで、全てが台無しになっていた。
制服の胸にはジャボテンダーのバッジがいくつかとめられていて。

何も昔と変わらない。
子供のように無邪気な部分があるのは、刹那と似ているとふと思ったが口にしなかった。刹那は、ティエリアほど純粋にはできていない。もっと精神構造が大人にできている。ティエリアの場合、複雑すぎて神経回路をどこかに落としてきたのではないかと、時に疑いたくなるが。

「おーい、もういいか、ティエリア〜〜」

間延びした声が、室内の少し外の廊下から聞こえた。この声はロックオンだ。ずっと、ティエリアのことを待っているのだろう。ほんとに、ティエリアと彼はよく2人で一緒にいる。いない時のほうが少ないのではないかと思うくらいに。

「うるさいです」

「もぎゃ!」

背中のジャボテンダーを思い切りロックオンに向けて投げてから、ティエリアはフェルトに向かって手を振った。手を振り返して、二人が去っていくのを、その姿が完全に小さくなって見えなくなるまで見つめていた。
手の中には、新しいローズティーの元が入った小さな箱。

ありがとうと、言いそびれた。茶のみ友達なティエリアには、何かジャボテンダーグッズでも贈っておけば問題ないだろう。

「早く、かえってこないかな」

フェルトは、テーブルに二つのティーカップを並べて、刹那の帰りを待つのだった。
ただ、時間と一緒に。