聖なる棺









撃たれた傷は綺麗に縫合され、真っ白い顔は額が割れて鮮血を流していたのを綺麗にふきとられて、頭の傷は見えないように、紫紺のサラサラとした髪をなでつけてまるで、眠り姫のようであった。
頬に触れると、彼独特の、少し低めの体温を感じられる、そんな気がした。

刹那は彼に触れてみた。
そっと、そっと壊れ物を扱うかのように。
恐る恐る手を伸ばして、頬に触れてその冷たすぎる体温を確かめてから、静かに名を呼んでみる。

「ティエリア。もう、目をあけて俺を見ることはないのか」

すでに死を迎えてしまった彼の身体は、もう器としては意味をなさない。
魂のない器など、ただの肉の塊なんだから。
でも、彼の器は生きている頃となんら変わらりないくらいに壮絶なまでに美しかった。普通は女性に施すものなのだが、唇の変色を分からないように、紅いべにをさされていて、本当に眠り姫みたいで。
薄く化粧を施された彼は、茨の森の眠り姫のようで。

でも、彼が呼吸をすることもないし、鼓動を打つこともないし、刹那と対になるような柘榴色の瞳を開けることはもう永遠にこないだろう。

ティエリア・アーデは死去した。
リボンズ・アルマークに撃たれて。ヴェーダの内部においておくしかなかったその遺体を回収できたのは、全てが終わった後だった。

「今までありがとう。俺の親友にして、愛した人・・・・・」

刹那は聖なる棺に入れられたティエリアの冷たい唇に指で触れたあと、そっと唇を重ねた。
氷みたいに冷たい温度に、少し泣きそうになった。

地上から取り寄せられたたくさんの花たちに飾られて、ティエリアは花に埋もれて、そのまま生き残ったCBのメンバーがお別れの言葉を順々に放ち、別れを惜しみ、泣きじゃくり、そしてそっと棺の蓋が閉じられた。

刹那は知っている。ティエリアがヴェーダに意識体を宿らせているのを。けれど、彼は人としては死んでしまったのだ。イノベイドとしての存在になり、もう会うこともないのかもしれない。
刹那が強く望み、ヴェーダにアクセスを試みているが、未だに反応はない。

「さようなら・・・・・」

比翼の鳥であった、友であり愛しかった恋人よ。
さようなら。

「宇宙へ・・・・流してくれ」

ハッチがあけられて、聖なるその棺は、地上嫌いな彼を地球に葬ることなしに、ティエリアの最愛の人が眠る宇宙に流されていった。
その白い棺が見えなくなるまで、皆ガラスにはりついて泣いていた。

「きっと、届くよ。お前の意思は」

それは、ティエリアの遺言のようなもの。何かあって命を落とすことがあったらなら、宇宙に遺体を流してほしいというもの。本当は灰にしてばらまいてほしかったらしいのだが、彼のあの美しい身体を灰にすることなど、刹那だけでなくCBの誰もができなかった。
焼いてしまえば、本当に永遠に、ヴェーダに宿っているはずの彼まで消えてしまう気がした。


(ありがとう。刹那、いつかまた何処かで。僕はロックオンを探す)


ふっと、脳量子波でそう語りかけられて、刹那は涙を流しそうになっていた真紅の瞳を見開いた後、小さく微笑んだ。

「そうだな。また何処かで会おう」

永遠の別れではない。
人としての離別なのだ。

彼も刹那もイノベイターとなった種。人を超越してしまった存在。
比翼の鳥は、片方の翼を失った。しかし、ヴェーダとなったもう片方の翼が、いつまでも刹那を支え続けていくことだろう。

だから、彼は眠らせてあげよう。
ロックオン・ストラトスを愛し、人間になり、恋人同士となってロックオンを失い、そして刹那との邂逅の後、人を愛するということをやめれなかった彼。
刹那を愛し、未来を背負い、人という全てをまで愛した彼を。
もう、眠らせてあげよう。
今はただ、安らかに眠れ。

愛しい愛しい、眠り姫よ。
人として愛した最愛の人と一緒に、この深淵なる宇宙で眠れ。

さようなら。そしてありがとう。


「さようなら。ありがとう。またどこかで・・・・」

刹那は制服のジャケットを着なおすと、まだ見送りを続ける皆を残して踵を返すのだった。


未来は、まだ続いてるのだから・・・・・・。