ぶんぶんぶんぶん。 今日も元気よくティエリアは、お気に入りのジャボテンダーを投げ回し、ロックオンをそれで殴る。 殴られてもロックオンは常に笑顔か、真剣白羽どりのようにジャボテンダーをはしっと受け止める。 「万死!」 隙をついて、ロックオンの股間にジャボテンダーを思い切りたたきつけた。ロックオンは笑顔から顔を青ざめて、床に埋没した。 男性とも女性ともいいきれないティエリアの存在は、いろんな意味で神秘的で意味不明だった。 行動は子供のようにあどけなく、それでいてミス・スメラギが舌を巻くような戦術理論を展開させたり、ヴァーチャルシステムやコンピューターのプログラミングを得意とし、知能指数そのものはかなり高い。 それ故の弊害なのであろうか。 人ではない、人類をこえた存在であるティエリア。イノベイターという特殊な存在。 中性として生を受けた世界は、ティエリアにとって面白くない蒼い箱庭だった。宇宙で漂いながら、その蒼い箱庭を見下ろすのが好きだった。 ロックオン――ニール・ディランディに出会うまで、人間の温かみというものに欠けて、そして飢えていた。 床に沈没したままのロックオンを置き去りにして、ティエリアは対になっているカップを出すと、それにアッサムの紅茶を注ぎ、そして向かいの席にジャボテンダーを置いた。 柔らかな湯気が、ティエリアの眼鏡を少し曇らせる。カーディガンの裾でそれを拭ってから、アッサムの香りを楽しんだ。 「ジャボテンダーさん、どうぞ召し上がれ」 「そりゃねぇって、ティエリア」 後ろから、柔らかく抱擁されて、ティエリアは柘榴の目をゆっくり瞬かせてから、ロックオンのほうを仰ぎ見る。そして、ティエリアから手を伸ばして抱き着き、唇を重ねた。 「今日はね、少し我儘を言っていいですか」 「なんでも。俺の大切なお姫様」 ロックオンは、ティエリアを腕の中に抱き上げると、その紫紺の髪を撫でた。 「あれが、欲しいです」 ティエリアが指差したもの。 それは、窓から見える遠い、蒼い箱庭、エデンという名の地球。 「地球儀でいい?」 ロックオンは、ティエリアのためなら、世界を手に入れてもいいと思ったけれど、あの箱庭には箱庭のシステムと生命がある。誰のものにもなりはしない。 「はい。ジャボテンダーさんが眺めれるような大きさがいいです」 ようは、彼ははじめから地球を欲しているのではなく、地球儀が欲しかったのだ。 その言葉に出さない曖昧さがかわいいと、ロックオンは思う。ロックオンの首に手を伸ばして、体を委ねる。 「ジャボテンダーさん、ここからは見ては、いけません」 くすくすと、小悪魔のような囁きと微笑みに、ロックオンはいつの間にかティエリアを抱き上げたまま、寝台へと歩きはじめていたのだった。< |