「お前が!お前がアニューを!!」 トレミーに戻ったガンダムマイスター達。 ライルは遅れてやってきた刹那に、ギリと歯をきしませると、刹那の顔を思い切り殴りつけた。 何度も、何度も。 刹那の顔は痛いほどに腫れ上がり、口の中を切ったのか、唇の端から血を流していた。 「アニューは戻ろうとしていた!それなのに、お前がアニューを!」 バキっと、また殴られる音。 ライルの背後で、大人しく見ていたティエリアも、流石に止めに入った。もう何十回殴られたのかも分からない。 殴られるだけの理由が刹那にはあった。ライルが愛していたアニュー・リターナを殺してしまったから。 「もういい加減にするんだ」 ティエリアの華奢な手が、ライルの腕を掴む。ティエリアの見た目に反比例した力の強さだった。 「離せ!」 「いい加減にしろ。刹那も無抵抗でいるにもほどがある。お互い頭を冷やすべきだ」 二人の間に介入する。 アレルヤは傍観に入っているようで、何も言わない。 「大切な人失う痛みは、刹那だって知っているはずだ。ああしなければ、ライル、あなたが殺されていたんだぞ」 「それでも!」 刹那ではなく、床を叩くライル。 そして、ふらりとライルは自分の部屋に向けて宙を蹴った。 「手当てしよう。刹那、こちらにこい」 残されたティエリアと刹那。アレルヤの姿はもうなかった。 「いらない」 「・・・・反論は許さない」 冷却スプレーをあてられて、それから流れ出る血をハンカチで拭われる。はれた右頬に、もう一度冷却スプレーをあててから、氷が入ったビニール袋を持たせて、それで冷やすように命令される。 「ティエリアは、俺を責めないのか」 「責めてどうする。君があの行動をとらなかったら、ライルは今頃ここにはいなかった。君を責める理由などない。君の行動は間違ってはいなかった。だが、ライルには酷すぎた」 「そうだな。俺がアニューを殺した」 「もしも近くに僕がいたならば、僕が殺していた。引き金を引く覚悟くらい、僕にだってある」 ティエリアは本気だった。刹那が全ての罪を背負ったのであって、他のガンダムマイスターがあの状況で、近くにいればアニューを撃っていただろう。 「痛いか」 「痛い」 「それがライルの痛みでもある。しばらくはライルと会うな」 「分かっている」 「ライルがもしも、刹那を撃ったりしたら、僕がライルを撃つ」 「・・・・・・本気か」 「本気だ」 ティエリアは、そっと刹那の体を柔らかな肢体で抱き寄せる。無性の中性だからこそもつ、女性に似た体の柔らかさ。 はれた頬にそっと唇を寄せる。 「痛みは、誰にでもある。心の痛み、過去の痛み、記憶の痛み・・・・・現実の痛み」 「意味がよく分からない」 ティエリアは、もう一度刹那の頬にキスをしてから、そっと離れた。 「世界は痛みで満ちている。歪んだ悪意という名の痛みに」 「イノベイターか。イノベイターは許すことができない」 刹那がぽつりと呟いた。 「ふ。そんな僕もイノベイターだがな」 「ティエリアは別だ。仲間だ」 刹那は、明るいルビー色の瞳で、柘榴色のガーネットに近い同じ赤い緋色のティエリアの瞳を覗き見る。 「ヴェーダさえ取り戻せていれば。こんなことにはならなかったかもしれない」 あくまで例えの話をティエリアはする。けれど、現実は、過去は変えれない。変えることができるのは未来だけだ。 「ライルへの接触は僕がしよう。しばらくは一人にしておくが、このまま憎しみだけを育てられても困るし、悲しみに浸るだけなのもダメだ。今はライルの力が必要なんだ」 痛みがあっても。 それでも、前を向いて戦っていかなければいけないのだ、今は。 いずれ、安息がくるだろう。それが死であるのか、勝利であるのか、まだ分からない。ただ、比翼の鳥の片方は傷ついている。だから、もう片方のティエリアが今は支えるのだ。 たとえ、その身がイノベイター、敵と同種であったとしても二人の絆に罅が入ることはない。お互いを信頼しあっている。刹那の痛みはティエリアの痛みでもある。 ティエリアは、無言のまま刹那の、はれが引き出した頬に手を伸ばすのだった。 |