20話補完小説「痛み」









「お前が!お前がアニューを!!」

トレミーに戻ったガンダムマイスター達。
ライルは遅れてやってきた刹那に、ギリと歯をきしませると、刹那の顔を思い切り殴りつけた。
何度も、何度も。

刹那の顔は痛いほどに腫れ上がり、口の中を切ったのか、唇の端から血を流していた。

「アニューは戻ろうとしていた!それなのに、お前がアニューを!」

バキっと、また殴られる音。

ライルの背後で、大人しく見ていたティエリアも、流石に止めに入った。もう何十回殴られたのかも分からない。

殴られるだけの理由が刹那にはあった。ライルが愛していたアニュー・リターナを殺してしまったから。

「もういい加減にするんだ」

ティエリアの華奢な手が、ライルの腕を掴む。ティエリアの見た目に反比例した力の強さだった。

「離せ!」

「いい加減にしろ。刹那も無抵抗でいるにもほどがある。お互い頭を冷やすべきだ」

二人の間に介入する。

アレルヤは傍観に入っているようで、何も言わない。

「大切な人失う痛みは、刹那だって知っているはずだ。ああしなければ、ライル、あなたが殺されていたんだぞ」

「それでも!」

刹那ではなく、床を叩くライル。
そして、ふらりとライルは自分の部屋に向けて宙を蹴った。

「手当てしよう。刹那、こちらにこい」

残されたティエリアと刹那。アレルヤの姿はもうなかった。

「いらない」

「・・・・反論は許さない」

冷却スプレーをあてられて、それから流れ出る血をハンカチで拭われる。はれた右頬に、もう一度冷却スプレーをあててから、氷が入ったビニール袋を持たせて、それで冷やすように命令される。

「ティエリアは、俺を責めないのか」

「責めてどうする。君があの行動をとらなかったら、ライルは今頃ここにはいなかった。君を責める理由などない。君の行動は間違ってはいなかった。だが、ライルには酷すぎた」

「そうだな。俺がアニューを殺した」

「もしも近くに僕がいたならば、僕が殺していた。引き金を引く覚悟くらい、僕にだってある」

ティエリアは本気だった。刹那が全ての罪を背負ったのであって、他のガンダムマイスターがあの状況で、近くにいればアニューを撃っていただろう。

「痛いか」

「痛い」

「それがライルの痛みでもある。しばらくはライルと会うな」

「分かっている」

「ライルがもしも、刹那を撃ったりしたら、僕がライルを撃つ」

「・・・・・・本気か」

「本気だ」

ティエリアは、そっと刹那の体を柔らかな肢体で抱き寄せる。無性の中性だからこそもつ、女性に似た体の柔らかさ。
はれた頬にそっと唇を寄せる。

「痛みは、誰にでもある。心の痛み、過去の痛み、記憶の痛み・・・・・現実の痛み」

「意味がよく分からない」

ティエリアは、もう一度刹那の頬にキスをしてから、そっと離れた。

「世界は痛みで満ちている。歪んだ悪意という名の痛みに」

「イノベイターか。イノベイターは許すことができない」

刹那がぽつりと呟いた。

「ふ。そんな僕もイノベイターだがな」

「ティエリアは別だ。仲間だ」

刹那は、明るいルビー色の瞳で、柘榴色のガーネットに近い同じ赤い緋色のティエリアの瞳を覗き見る。

「ヴェーダさえ取り戻せていれば。こんなことにはならなかったかもしれない」

あくまで例えの話をティエリアはする。けれど、現実は、過去は変えれない。変えることができるのは未来だけだ。

「ライルへの接触は僕がしよう。しばらくは一人にしておくが、このまま憎しみだけを育てられても困るし、悲しみに浸るだけなのもダメだ。今はライルの力が必要なんだ」

痛みがあっても。
それでも、前を向いて戦っていかなければいけないのだ、今は。

いずれ、安息がくるだろう。それが死であるのか、勝利であるのか、まだ分からない。ただ、比翼の鳥の片方は傷ついている。だから、もう片方のティエリアが今は支えるのだ。
たとえ、その身がイノベイター、敵と同種であったとしても二人の絆に罅が入ることはない。お互いを信頼しあっている。刹那の痛みはティエリアの痛みでもある。

ティエリアは、無言のまま刹那の、はれが引き出した頬に手を伸ばすのだった。