「だからさ。冬になったらアイルランドにいこうか」 「あなたの生まれた町に?」 「そうだ。お前さんを一度、連れていきたいんだ。生家はまだあるから、一度見せてみたい」 「ありがとう。その気持ちだけで僕は」 交わされるいろんな約束。ロックオンの生家によるなんて、今はとても無理な戦況状態だ。それでもロックオンは常に未来を見ている。 ティエリアと、婚約をかわした。 ティエリアの指には、ロックオンとお揃いのペアリングが輝いていた。 恋人同士になってから、ロックオンにプロポーズされたのだ。それだけで、ティエリアは生きていてよかったと思うほどに幸せを噛みしめた。 「ティエリア。後悔してないか?」 ロックオンが、顔色の優れないティエリアの顔を覗き込む。 「後悔なんかしていません」 後悔なんてするわけがない。ロックオンと結ばれたことで、ティエリアは人間になったのだ。人間になれて、ティエリアはよかったと思っている。イノベイターであることに変わりはないが、もう人間と呼ぶに相応しい感情を身につけた。 「でも最近、顔色悪いぞ。何かあったのか?」 「いえ。少し疲れがたまっているだけです。気にしないで」 「そっか。今日は早めにねろよ」 「はい」 その日は、本当に早くに寝た。ロックオンと同じ部屋で生活をしだして、もう何か月かが過ぎている。疲労の色が濃いティエリアは、すぐに深い眠りに旅立った。 ヴェーダとのリンクが、完全に途切れてしまったのだ。それまでかろうじてアクセスだけはできたものの、今のティエリアにはアクセスさえできない。 それが疲労の元になったのだろう。ヴェーダの申し子と言われていたティエリアにとって、人生の中で指折りのショックな出来事だった。 ロックオンと、いつか結婚するんだろうか。 意識が浮上する。深い眠りから、覚醒に向かう間に夢を見た。ロックオンと結婚式を挙げて、仲間の皆に祝われて、ロックオンの生家で暮らし始める夢を。 ティエリアは女性よりの中性である。女性のもつ子宮などない。それなのに、子供を産んで、ロックオンと家族をもつ夢を見た。産めるはずもないのに、子供が欲しいという人間の心が疼く。 ふっと目覚めると、ロックオンの寝顔がそこにあった。 ティエリアは、愛しそうにその輪郭に触れる。ロックオンは静かに眠っている。ティエリアは、ロックオンの額に接吻した後、起床した。 約束。 それは、交わされるから約束なんだ。 でも、約束が必ずしも現実のものになるとは限らない。 条件を満たしていなければ、約束は現実のものにならない。 「う・・・」 ティエリアは、激しい頭痛に見舞われ、ドクター・モレノから特別に処方された薬を飲む。 これは、罰だ。 ロックオンと、たくさんの約束を交わした、罰なんだ。 ティエリア、固体名「NO8」は長い間稼働してきた。生きてきた。その命の灯は、消えかけの蝋燭のようなものになっていた。 寿命が近づいている。活動時間に限界が。 それでも、ロックオンといたい。たとえ、この命が尽き果てようとしているのだと、しても。 「ごめんなさい、ロックオン。約束、全部叶えたい。でも、できないかもしれない」 婚約も。結婚も。築き上げる未来の理想像も。 全て、ティエリアの命の終焉で、終わりになりそうだと。 ティエリアは、泣いた。 一人、嗚咽を漏らす。ロックオンに聞こえないように。そして、気づかれないように。この命が尽き果てようとしていることを、気づかれないように。 NEXT |