気を失ったティエリアは、保健室で目を覚ました。
額にひんやりと水で冷えたタオルが置かれていた。
「僕は・・・・」
そうか、あの後眠るように意識を手放したのかと、反芻するようにゆっくりと起き上がる。涙が、ぽたぽたと、保健室のベッドのシーツに零れた。
「ごめん、なさい・・・・」
「どうした?」
ティエリアが起きたのに気づいたのか、横で椅子に座ってうたた寝をしていたニールの瞼が開いた。飛び込んでくる鮮やかなエメラルドグリーンの双眸。
「ごめん、なさい。好きになって、ごめんなさい」
「なんで謝るんだよ?」
「だって―――」
ティエリアは涙を零してシーツを掴むと、そのままうなだれた。
「だって・・・・・・僕には、人を愛する権利なんて、ないから・・・」
くしゃりと、頭を撫でられて、目を瞑る。零れる涙は止まらない。
「泣くなって」
「ごめんなさい・・・」
「謝るなよ。俺がお前を最初に好きになったんだから。それに、人を愛する権利がないとか、そんなことないさ」
「でも、僕はリジェネを殺した」
また、頭を撫でられた。
「・・・・・・・・」
しばらくの沈黙。その先を促そうかとニールは逡巡したが、やめておいた。
語りたいのなら、自分から話してくれるはずだ。無理にはやめておいたほうがいいと。
優しくティエリアの頭を撫でた後、頬に手をあてて、ニールはティエリアに触れるだけのキスをした。
「らしくないぜ。元気だせよ。もう放課後だ、一緒に帰ろうぜ?」
「うん・・・・」
すでにニールはティエリアの荷物も、刹那がまとめて持ってきてくれたのを受け取っていた。自分の荷物も担当授業が全て終わって、午後には1時間しか授業がなかったのに、帰ることなく荷物だけまとめて保健室で、ティエリアが目覚めるのを待っていたのだ。
同じように、刹那も待っていたのだけれど、先に帰宅してしまった。
彼なりに気を遣ったつもりらしい。
ニールには刹那に今度昼飯をおごるとかいって、ウィンクしたけど。
そのまま、しばらく二人は沈黙したまま動かないでいた。
優しいニール。まるで春の太陽のように。眩しくて、暖かくて。
心がふわりと浮かんでいるような心地にとらわれてしまう。
「一緒に帰ろうか。今日は、電車なんだ。もう落ち着いただろ?無理ならタクシー呼ぶぜ」
「あ・・・・大丈夫です。自分の足で歩けます」
ニールとティエリアは、一緒に保健室を出ると、そのまま学校の校庭に出て、歩き出す。空を見上げると、綺麗な茜色に染まっていた。同じ色に染まるニールの横顔を見て、それからまた空を見上げる。
学校の門をくぐり、建物の影を落とす道路をてくてくと静かに歩いていく。
ティエリアは、鞄をニールの頭に向かって放り投げた。
「ぶべ!」
それは目標を誤って、ニールの顔に直撃した。べしっといい音がして、落ちた鞄をニールが拾い上げる。
「ちょ、お前なんなんだよ!」
「付き合って下さい。僕と、真剣に。あなたが好きです」
夕焼け色に染まるティエリア。サラサラと風に流れる髪をかき上げて、ティエリアはニールを見つめていた。夕日と同じ色の瞳で。スカートが翻る。白い太ももに視線をやると、お日様模様のパンティがちょっとだけ見えた。
あ、ラッキー。
頭の端でそんなことを考えながらも、気づかれないように、真剣な表情を崩さないニール。
「マジ?本気?俺のプロポーズ受けてくれんの?」
車が排気ガスを撒き散らしてクラクションを鳴らす音が、耳障りだった。
「婚約しよう」
「ぶっ」
ティエリアは、右手を口にあてて吹き出した。
てっきり「いいぜ」とかそんなありきたりの台詞が返ってくるのだと思っていた。ニールはすでにティエリアにプロポーズしているし、好きだとも言っている。
ティエリアとはデートしたり、一緒に刹那もまじってだが、昼食をとったりするし、家に遊びにくることまであるニール。
家庭教師としてとか口先だけで、あれだけ固いアレルヤが許すのも、元々ニールはアレルヤの先輩にあたる、同じ大学の出身で友人でもあるからだ。
だから、アレルヤは安心してアレルヤとティエリアが住む家に、遊びにくるニールを心から歓迎して迎え入れる。大抵、アレルヤも刹那も一緒の部屋で雑談したり、DVDを見たり、ゲームしたり、ほんとに家庭教師のように勉強を教わったりと、ニールが下心からティエリアの家にくることはない。
アレルヤも、安心して、デート相手が7つも年上のニールだと知っても、止めない。彼なら、ティエリアを幸せにしてくれると信じているのだ。
5年前の、あの不幸なリジェネの死という事件をきっと拭い去ってくれるのではないかと、ティエリアの心からその傷を薄めてくれるのではないかとまで考えている。
ニールは一見、見かけのせいでチャラついたように見えるが、女性との交際は真剣なもので、今まで何度か好きになった女性に交際を申し込んだが、断られたり、ふられたりしてきた。
まさか、未成年を本気で好きになるとは、彼自身も想像もしていなかった。交際する限りは、遊びでなく真剣に。高校を卒業するまでは、肉体関係は持たないつもりだった。
「じゃ、婚約成立でいい?」
「どうして、そこまで話が飛んでいくんですか!」
ティエリアは頭に手を当てている。
「結婚しようぜ」
「話が飛びすぎです・・・・いいですよ。結婚しましょう。ただし、僕が高校を卒業してから。それから、僕は大学にも進みますので」
「OKOK。卒業と一緒に結婚式な!」
冗談で、言っているのだと思った。付き合うのはOKだろうが、まさか結婚とか。先のことすぎて、ティエリアも考えていなかった。
「あなたは、口が軽いですね」
「本気だぜ?」
沈んでいく太陽が逆行になって、ニールの表情は見えなかったけど、抱き寄せられて、そのまま唇を重ねられた。
「ん・・・・」
大人のキス。まだされたことのないその感触に、背筋が泡立った。
それから、額にキスをされて、手を繋ぎあって歩きだす。
帰ったら、アレルヤと刹那になんて言おう?ニールと婚約したなんて、いえるだろうか。ニールは本気なのかな?
ちらりとニールの横顔を見ると、彼はニカリと笑って、ティエリアの指に指を絡めてきた。それがなぜか酷く恥ずかしくて、ティエリアは頬を赤らめる。
茜色に染まっているから、どうか彼に気づかれていませんように。
二人は、そのまま電車に乗り、それぞれの駅で別れて帰宅した。
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