螺旋する感情「深い罪人たち」







一時は心肺停止し、死んだ刹那であったが医師たちの懸命な治療で息を吹き返し、そして心肺停止時間が長かったため、脳死と宣告されたがティエリアは諦めず、刹那は奇跡的に目覚めた。
失ってしまった右目の再生治療も受け、刹那の体にもう傷はない。
起動エレベーター付近で留まっているために、敵の奇襲もない。
仮初ではあるが、しばしの平和をCBの全員が満喫していた。

刹那とティエリアとライルの関係にも変化が見られた。
ティエリアは、ライルよりも刹那を選んだのだ。
刹那の死という衝撃がよほど懲りたらしく、ティエリアはいつにも増して、刹那の傍から離れようとしない。
比翼の鳥のように。
そして、刹那もまたそんなティエリアを大事に扱い、決して手放さそうとはしなかった。
一度は、刹那はティエリアをライルに委ねた。
だが、もう自分の心を隠すことはしなかった。
「ティエリア、こっちにこい」
刹那の部屋で、小説を読んでいたティエリアは、刹那に呼ばれてベッドの傍にまでやってきた。
そのまま、優しく唇が重なり合う。
ただ、触れるだけのキス。
刹那が、ベッドの奥にいく。
ティエリアは小説を持ったまま、空いたスペースにもぐりこみ、小説を読み始める。
刹那は、そんなティエリアの髪をなでてから、パソコンを持ち出すと、重要書類をまとめていった。
「ねぇ、刹那」
「どうした?」
「僕はもっともっと強くなる。だから、もう僕を庇うような真似はしないでくれ」
「それはどうだろうな」
「刹那!」
「ティエリアは、俺にとって誰よりも大事な存在だ。失いたくない」
パソコンのキーボードを打ちながら、刹那は嘘をつくわけでもなく真剣な表情でいったんティエリアを見た。
「俺の命よりも、大事だ」
「そんなことは言わないでくれ」
ティエリアが、哀しそうに目を伏せる。
石榴色の瞳。
「もう、あんな思いをするのは二度とごめんだ」
「ああ。もう、一人にはしない。俺の力を信じろ」
「ああ」
「本当に、心配をかけてすまなかった。何度詫びても気がすまないくらいだ」
「いいんだ。刹那はちゃんと帰ってきてくれたから」
「ああ。ただいま、ティエリア」
「おかえり、刹那」
刹那はまた、カタカタとパソコンに文字を入力しだす。
ティエリアは小説の続きを読む。
あれから、体の関係はない。
別にあってもよいのだが、二人の間には不要だった。
比翼の鳥はお互いなしではな生きられない。二人はただ、傍にいられればいいのだ。
刹那と関係を持ったときは、ティエリアは刹那が生きている証を感じたくて、求めた。刹那も、迷うことなくもう隠さずにティエリアを求めた。その結果である。
二人とも、後悔はしていない。
むしろ、あれで良かったと思っている。
擬似恋愛関係の擬似恋人でありながら、肉体関係を持ってしまった罪な二人。
二人は、その罪を抱えて生きていく。
これから、一緒に寄り添うように、静かに。
二人で、ロストエデンの唄のように歩んでいく。
ティエリアの世界は、最愛の人ロックオンが死んだことで一度終わった。世界はもう終わったままで、ティエリアは時を止めた。心の傷は血を溢れさせたままで。そして、もう誰も愛さないと誓った。
その誓いに亀裂が入り、硝子のように粉々になって砕けてしまった。
ティエリアの時間はゆっくりと動きだし、血を溢れさせ続けていた傷口は塞がった。そして、誰も愛さないと誓ったのに、ロックオンを一番愛しながら、刹那を愛してしまった。
もう、戻れない。戻ろうとも思わない。

このまま、僕は歩み続ける。
誰でもない、刹那と。
新しい世界を。

刹那は、ティエリアを愛しているという。その言葉に嘘偽りはないだろう。だが、ティエリアにも気がかりなことがあった。
誰でもない、刹那の大切な人であるマリナ・イスマイールという女性のことだ。
ティエリアはあえて聞かない。
マリナとティエリアどちらを愛しているかと聞けば、刹那は迷うことなくマリナを選ぶだろう。どちらを大事にするかと聞いても、同じようにマリナを選ぶだろう。
そう思うと、胸が苦しくなった。
ティエリアは、マリナから刹那を奪うような真似はしたくなかった。
今の状態は奪っていると指摘されても仕方ないかもしれないが、最後には刹那はマリナを選び、そして共に新しい未来を作っていくだろう。
そうなれば、もうティエリアに居場所はない。
分かっているのだ。
この限られた時間の中でしか、ティエリアの居場所がないことを。
限られた限定の時間。それでも、刹那の傍にいられるならそれでいい。
いや、刹那のことだから、マリナを選びながらもティエリアも連れ去ってしまうかもしれない。
刹那は、実際、今のところ未来についてあまり漠然とした考えはなかったが、ティエリアを一人にする気はなかった。いつかマリナを迎えに行く時も、卑怯かもしれないが、刹那はティエリアも連れて行くつもりだった。
もう、絶対に手放さない。
比翼の鳥は、片方だけでは生きていけないのだから。
ティエリアを捨てるような行為だけは絶対にすまい。刹那は心からそう決めていた。たとえ、それが原因でマリナとこじれてしまったとしても、マリナも分かってくれるはずだ。
なんて強欲な人間なんだろうか、自分は。刹那は自嘲気味に心の中で笑っていた。
二人の大切な人間どちらか片方だけを選ぶことは簡単なことだ。だが、もう遅い。刹那には、それができない。両方とも攫ってしまう。共に生きるために。

そして、ティエリアにも譲れないものがあった。
誰でもない、ロックオンのことだ。
ロックオンのことは今でも愛している。刹那とどっちを愛していると聞かれれば、迷うことなくロックオンと答えるだろう、ティエリアは。
それほど深く深く愛しているのだ。もうロックオンがいなくなって四年以上たつというのに、まだずっと愛している。これから、ずっと。その愛は薄れることさえないだろう。
ロックオンを愛したまま、刹那を愛する。
刹那は、マリナを愛したまま、ティエリアを愛する。
二人は罪人だ。
螺旋する愛に絡まれてしまった罪人。
どんなにもがいても、もうその状況から脱することはできない。
愛とは、純粋で儚く脆く、そして時には残酷である。
二人は、愛の罪を背負いながら生きていく。

「終わった」
刹那が、パタンとパソコンを閉じた。
ティエリアは、小説にしおりを挟む。
そして、二人して互いを抱き合うように丸くなって、眠った。


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