世界が終わる日







静謐な空間。
物音一つしない。

ぎゅっと、ロックオンのジャケットを握り締めて、かすかに残るロックオンの匂いをかぐ。
自分の部屋は、もうロックオンのものであふれかって、どうしようもないくらいにロックオンが生きていた証を残したくて、破棄されるべきだったものをほとんど自分の部屋に移し変えた。

もう、着ることもなくなった私服、使うこともなくなったお揃いのマグカップ。
二人で、よくココアを入れて飲んだ。
ティエリアは甘いものが好きで、ロックオンも嫌いではないようで、よく一緒に飲んだ。
ロックオンは、ティエリアが入れた紅茶を飲むのが好きだった。
最高級の紅茶を好んで飲むティエリアのセンスのよさに惚れたのだ。いや、どこの銘柄かも分からない不味い紅茶でも、二人で飲べばおいしかった。
味は不味かったけれど、重要なのは二人で一緒に飲むというその行為だった。

ティエリアは、ロックオンのジャケットを抱きしめて、ベッドで丸くなる。
まるで胎児のように、丸く丸く。
包み込む毛布は母親の子宮だ。

手首にはめたままの、ロックオンがくれた、ロックオンの両親がロックオンに買ってくれたという腕時計は、もう壊れてしまって、修理にだしたけど、古すぎて買い換えろといわれた。
それを頑なに拒否して、もう時を刻まなくなった腕時計をずっとつけている。
本当に、古いデザインだ。
腕時計が時間を刻まなくなったって、ティエリアには関係ない。
ただ、つけていたいから。
ロックオンが自分にくれたものだから。

ティエリアは、胎児のように丸くなりながら、美しい歌声を出す。


世界が終わる日 世界が終わる日
あなたがいなくなる日 あなたがいなくなる日
世界が終わる日 世界が終わる日
この世界からあなたがいなくなった日
追いかけても追いかけても追いつかない
どんなに手を伸ばしても伸ばしても届かない
どんなに泣き叫んでももう届かない
絶叫してももうあなたには届かない
あなたの笑顔が もう一度見たい
あなたの温もりが もう一度欲しい
世界が終わる日 世界が終わる日
あなたがいなくなる日 あなたがいなくなる日
世界が終わる日 世界が終わる日
この世界からあなたがいなくなった日
夢の中だけでも会えたらと 叶わぬ願いを口にする
魂だけとなっていつかいつか めぐり合えたらいいのにね
どんなに姿かたちがかわっても 俺にはわかる
愛したあなたのこと 愛したあなたのこと
追いかけても追いかけても追いつかない
どんなに手を伸ばしても伸ばしても届かない
あなただけを愛しているのに 愛しているのに
こんなに 狂ってしまいそうなほど あなたを愛しているのに
あながいなくなった日 それは世界が終わる日

数百年も前の、ティエリアが好んでいた歌姫とはまた違った綺麗な唄を歌う歌姫の曲。
題名は「世界が終わる日」
本当に、今の自分にピッタリだ。

なんて哀しい歌詞なんだろう。
本当に、今の自分にピッタリだ。

「ニール。ニール。ニール」
ジャケットを抱きしめながら、涙を零す。
もう何百回泣いただろうか。何千回だろうか。

あながいなくなった日 それは世界が終わる日

本当に、その通りだ。
ティエリアの世界は終わった。
まだ生きて歩いているけれど、未来は終わった。
ロックオンのいなくなった世界は、世界が終わった日。

「ニール、愛しています。追いかけても追いかけても追いつかない。どんなに手を伸ばしても伸ばしても届かない。あなたに、永遠に届かない。追いつかない。あなたの幻影さえつかめない」
透明な涙がまた溢れた。
ジャケットをぎゅっと握り締めて、ベッドの中で丸くなる。
胎児のように。
あるいは、壊れてしまった人間のように。

「ニール。狂おしいくらいに愛しているのに。どうしてあなたはいなくなってしまったの?」
涙が、シーツの上に零れた。

枕元に置いてあったハロの録音スイッチを入れる。
「愛してるよ、ティエリア。いつも傍にいる。大好きだよ、ティエリア・・・・ジジ・・ジ・・・」
「愛しています。大好きです。でも、あなたはもう僕の傍にはいません。永遠に」

「ティエリア、カナシイ?ティエリア、カナシイ?」
ハロが、合成音声を出して問いかけてくる。
そのハロも一緒に抱きしめる。
「悲しいです。とても、とても。絶望とは、こんな気分を言うんでしょうか?」

部屋のロックはかけている。
もう何時間も部屋から出てこないティエリアを心配して、暗号を入れて刹那が入ってきた。

「ティエリア」
「悲しい。刹那。この苦しみは、どうすれば消えるんだろう」
涙をただ零すだけしかできない無性の天使を包み込むように、もう一枚毛布を取り出して、ハロとロックオンのジャケットごと包み込む。

「ねぇ、刹那。僕はどうして壊れないのかな」
「ティエリアは壊れない。壊れることは、俺が許さない」
抱きしめられる。
ティエリアは、頬をすべる涙をそのままに、刹那と唇を合わせた。

ティエリアは、刹那に寄りかかったまま、また涙をこぼした。
ハロの上で、涙ははねた。

そして、歌姫はまた歌う。


世界が終わる日 世界が終わる日
あなたがいなくなる日 あなたがいなくなる日
世界が終わる日 世界が終わる日
この世界からあなたがいなくなった日
追いかけても追いかけても追いつかない
どんなに手を伸ばしても伸ばしても届かない
どんなに泣き叫んでももう届かない
絶叫してももうあなたには届かない
あなたの笑顔が もう一度見たい
あなたの温もりが もう一度欲しい
世界が終わる日 世界が終わる日
あなたがいなくなる日 あなたがいなくなる日
世界が終わる日 世界が終わる日
この世界からあなたがいなくなった日
夢の中だけでも会えたらと 叶わぬ願いを口にする
魂だけとなっていつかいつか めぐり合えたらいいのにね
どんなに姿かたちがかわっても 俺にはわかる
愛したあなたのこと 愛したあなたのこと
追いかけても追いかけても追いつかない
どんなに手を伸ばしても伸ばしても届かない
あなただけを愛しているのに 愛しているのに
こんなに 狂ってしまいそうなほど あなたを愛しているのに
あながいなくなった日 それは世界が終わる日

「ティエリアの世界は終わっていない。俺がいる」
頬を挟み込まれて、強いピジョンブラッドのルビーの瞳がティエリアを射抜いた。
「僕の世界はもう終わっているんだよ、刹那」
「終わってなんかいない。終わらせない」
「あの人が死んだ日に、僕の世界は終わった」
「なら、どうして今も生きている?」
「それは・・・・」
答えに詰まる。
「新しい世界を掴むために、生きているんだろう」
「新しい世界を」
「そうだ。ティエリアの世界は、確かに一度終わった。でも、またそこから始まったんだ」
「始まっているのかな?」
「始まっている。俺やライルやアレルヤと歩いているだろう。もう始まっているんだ」
言い聞かせるように、刹那は優しくティエリアを抱きしめた。

腕の中のハロの、録音スイッチははいったままだ。
「じゃあ、またな。また、明日会おうぜ」

その言葉に、涙が溢れた。
「もう会えないのに!でも、明日はやってくる」
刹那は、ハロの録音スイッチを切った。
「あんたは、ロックオンを愛したままでいい。だけど、世界は終わっていない。明日は毎日やってくる」
「ねぇ、刹那」
「どうした」
「僕の世界は一度終わった。新しい世界に、僕は必要かな?」
「必要だ。お前がいなけれな、新しい世界は成り立たない」
「そう・・・・」
ぎゅっと、腕の中のジャケットを抱きしめる。

「誰よりも、愛している」
言ってはいけない、禁忌の言葉。
二人はあくまで擬似恋愛関係で、恋人ではない。
もう、そんなことはどうでもいいのだと、刹那は自分から禁忌を犯す。
「愛してる、ティエリア。ロックオンを愛したままでいい。俺を愛さなくていい。だけど、お前の世界は終わっていない。一緒にまた歩きだそう」

「刹那、僕は」

唇をふさがれた。
そのまま、手の中のジャケットを握り締める。
そして、少しのためらいのあと、ティエリアは刹那のルビーの目を見つめ、無言になった。

「刹那、僕は」

誰ももう愛さない。
何度も繰り返し繰り返し、自分に言い聞かせていた言葉を口にしようとする。

「刹那、僕は、君を」

君を。
きっと。
「君を、きっと・・・・・もう、戻れない」
深く口付けられ、一緒に胎児のように丸くなる。

君を。
きっと。
もう、戻れない。

だって、僕も禁忌を犯してしまったから。


「君を、愛している」