新しい銃弾を装填する。 バラバラと、中に詰まっていた古い銃弾が床に散らばる。 カチャリ。 セイフティーロックを解除する。 そのまま、銃をこめかみにあてる。 引き金に手が伸びる。 パァン! ガシャン、パリーン! 撃たれたのは、目の前にある鏡。 自分を映した鏡を、ティエリアは無言で撃ちぬいた。 そのまま、銃をこめかみにあてる。 引き金をひく。 銃弾は、全て抜いていた。 カチリと、引き金を引く音だけが聞こえる。 「さようなら、イノベーターのティエリア・アーデ」 僕は、イノベーターではない。 同胞を手にかけた。 もう、後にはひけない。ひきたいとも思わない。 これで、いいんだ。 僕はガンダムマイスターであり、ティエリア・アーデという名の一人の人間なのだから。 そっと手を伸ばす。 割れた鏡の中に、ロックオンが立っていた。 「ロックオン」 「変わらなかった俺の代わりに、お前は代われ」 それだけ言い残すと、ロックオンの幻影はすぐに消えてしまった。 ティエリアはじっと、ひび割れた鏡を見ていた。 底の厚いブーツで、落ちていた銃弾を踏みしめる。 ジャリっ。 カタン。 手から銃が離れ、床に落ちた。 ガクンと、鏡の前に膝を折る。 「僕には分かります。本当は、あなたも変わりたかったということを」 手袋の上から、割れた鏡の破片を手にする。 「本当なら、あなたは僕の代わりに新しい道を切り開いていた。仇を討って、そして、散ることもなくガンダムに乗って仲間たちと一緒に・・・・・」 綺麗なティエリアの顔が歪む。 「変わるはずだったあなたを殺したのは僕だ・・・」 そっと、虚空に手を伸ばす。 その手を、ロックオンが握り締めていた。 「立ち上がれよ。こんなところでめそめそするな。なぁ、ティエリア。愛してるって誓っただろ。忘れたか?」 「いいえ」 ティエリアは右手の手袋をとると、親指を割れた鏡の切っ先で傷つけ、鮮血を滴らせた。 「永久不滅の愛の誓いを、あなたに」 ロックオンが手袋を脱いで、親指を噛み切る。 滴る鮮血。 そのまま、親指と親指同士をまじわせる。 からみあう鮮血が、ポタポタと床に滴っていく。 「変わるのも変わらないのもお前さん次第だ」 隻眼のエメラルドの優しい瞳をじっと見つめ、ティエリアは首を振る。 サラサラと音をたてて逃げていく紫紺の髪。 「僕は、変わりました。これからも変わっていきます。何故なら、人間だから。あなたが、僕を人間にしてくれたから」 「なら、そのまま突き進め」 「言われなくとも」 ティエリアは立ち上がる。 ロックオンの姿は消えていた。 床には、大切にしまってあったはずのロックオンの手袋と、誕生日にもらったガーネットが転がっていた。 それを拾い上げて、ティエリアは微笑んだ。 「泣きません。泣いてたまるものですか・・・・」 ぐっと、溢れそうになる涙を拳を握り締めて我慢する。 それでも堪えられず、一粒の涙が宙を舞った。 涙はその一粒だけだった。 鮮血に染まった血を舐めとり、割れた鏡をもう一度見る。 鏡の隅に、またロックオンが映っていた。 「強く生きろよ。もうお前さんは一人じゃないだろ。刹那もライルもいる。他の仲間も」 「はい。僕は、強く生きます。そして、変わっていきます。人間として歩みながら」 鏡に向かって手を伸ばすが、ロックオンの幻影はすぐに消えてしまった。 時折、人がみるべきものではないものを写すイノベーターの瞳。 幻影にように時折映るロックオンは優しく見つめてくれているが、すぐに消えてしまう。 言葉をかわしたのは、アロウズの高官が集うパーティーに女装して出席して以来か。 「僕は変わりながら生きていきます。あなたの分まで」 親指の血を舐めると、錆びた鉄の味がした。 立ち止まるな。 迷うな。 選んだ道を、ひたすら突き進め。 障害があれば、力ずくで破壊して進め。 まっすぐ、まっすぐ。 ひたむきなまでにまっすぐに。 たとえ、他のガンダムマイスターたちのように、守りたい人や存在がなくても。 選んだ道を突き進め。 その先に自分のための未来がないとしても。 世界のために、仲間たちと一緒に。 ティエリアには、ライル、アレルヤ、刹那のように守りたい存在はもうない。 一緒に未来を踏みしめる相手はいない。 それで、選んだ道なのだ。 引き返すな。 まっすぐに突き進め。 ティエリアは髪をかきあげると、唇に自分の血を塗った。 「自分の未来が見つからなくても、僕は生きて明日に向かって歩いていきます」 見えないロックオンに囁くように。 立ち止まるな。 迷うな。 選んだ道を、ひたすら突き進め。 ロックオンの分まで。 失ってしまった、愛した唯一人の大切な人の分まで。 |