15話補完小説「唄が聞こえる」







「うう・・・・」
意識をなくした刹那は、夢を見ていた。
子供の頃の夢だ。
まだ、幼い少年時代の夢を。
神の意思だと、銃をもちだして、その銃で数え切れないほどの命を奪った。
夢の中には、ロックオンも出てきた。
「変われなかった俺の代わりに変われ、刹那」
手を伸ばしても、ロックオンには届かなかった。

響き渡る銃声。
悲鳴。
父親と、母親の。
「ソラン、どうして」
母親が、涙を浮かべて幼い刹那に手を伸ばす。
その胸に、また銃を発砲した。
面白いくらいに、二人の体からは血が溢れてきた。
返り血を浴びた刹那は、ニィと笑みさえ刻んでいた。
狂った、小悪魔。
狂信者とは、こういう者をさすのだろう。
いない神に縋りついて、神の名を口にして殺戮を繰り返す。

そこで、刹那が目覚めた。
ブルーサファイアの懐かしい瞳が、じっと自分を見つめていた。
「マリナ・イスマイール。唄が、聞こえたんだ」
「刹那」
マリナは涙を零して、刹那の頭を胸に抱いた。
「本当に心配したの。刹那の傷は命に別状はないって衛生医師に言われたけれど、気が気じゃなかったわ」
「迷惑をかけて、すまない。もう出て行く」
「まだ無理よ!」
マリナが制する前に、刹那は痛みでベッドから起き上がることさえもできなかった。
「ここで、ゆっくり傷を癒して?」
「それはできない」
逡巡さえない回答だった。
「どうして!」
「仲間が命の危機に晒されている。俺だけ休息をとることなど、できない」
「刹那」
「俺は仲間を守る。決して、もう誰も死なせはしない」
「それは、ロックオンさんのこと?」
「どうしいそれを」
刹那のルビーの瞳が険しくなった。
「あなたが、眠りながら寝言でいっていたの。俺は、ロックオンのように死なない。ロックオン、お前の分まで未来を変えてみせるって」
「そうか・・・」
ベッドのシーツを握り締める。
「マリナ、子供たちはいいのか?」
「ええ。自分たちから、出て行ってくれわた。私も、刹那と二人きりになりたかった」
「マリナ」
「刹那、愛しているわ。どうか、死なないでちょうだい」
「マリナ、俺も愛している。俺は死なない」
ベッドに縋りつくマリナの長い黒髪をすく。
「俺は・・・・実の両親をこの手で殺したんだ」
「え!?」
「あの頃は、神の存在を信じていた。神など、世界のどこにもいないというのに」
「刹那・・・・」
「マリナ。どうしてお前が泣く?」
「あなたが泣かないからよ!」
いつの日か、トレミーで同じ言葉をきいた。
「あなたのかわりに、私が泣くわ」
ブルーサファイアの瞳からいくつもの涙を溢れさせて、マリナは静かに泣いた。
「ソランと、呼んでくれないか」
「あなたの本名だったわね。ソラン」

真紅のルビーの瞳から、透明な涙が溢れてシーツを滴った。

「すまない、父さん、母さん。俺があなたたちを殺してしまった」
「ソラン、泣かないで」
「神など、どこにもいないのに」
「神様は、きっといるわ。私は信じている」
「俺は信じない。神がいれば、こんな世界はとっくに滅びているはずだ。こんな歪んだ世界は」
「それは・・・・」
言葉につまるマリナ。

「マリナ。唄を歌ってくれ」
「でも。ここには、オルガンも何もないわ」
「ただの唄だけでいい。子供たちと歌っていた唄が聞きたい」
「分かったわ」

マリナは歌った。
精一杯の思いをこめて。
綺麗な歌声を聞きながら、刹那は目を閉じた。
もう、涙は止まっていた。
戦士に涙など、無用の代物だ。
いつの間にか眠りについてしまった刹那を確認して、マリナもそのベッドの傍らで静かに眠るのだった。

変われなかったロックオンの分まで、俺は変わる。
生きて、生き延びて。
そして、世界を変えてみせる。
仲間たちと共に。
そしていつか争いがなくなったその日に、マリナを迎えにいくのだ。
ティエリアを捨てたりもしない。
一緒に生きるんだ。
マリナを愛しながらいつか結婚し、ティエリアを養子として家族に迎えよう。
いつか、きっと。