「天使は、誰かを愛するものではない。天使は、愛されるものだ。ティエリア、君はきっと永遠に僕たちの元には来ないだろうね。天使でありながら、掟を捨てて人間を愛してしまった君には、その資格もないしそうする意思もないだろう」 リジェネが、ゆっくりとティエリアの背後から腕を回す。 その細い肢体に触れ、自分と同じ容姿をしているはずなのに、あまりに儚く見えて、リジェネはため息をついた。 天使のような服を着させたのは、リボンズではなく、リジェネの趣味だった。それが嫌味もいえないほどに似合っていて、本当に神が使わした天使かと疑ってしまう。 リジェネは、ゆっくりとティエリアの心臓の上に手を置いた。トクントクンと脈打つ心臓が、ティエリアが生きているのだと、リジェネを心のどこかで安堵させた。 リジェネとて、この哀れな存在を、できることなら救いたかった。だが、リボンズにできないのならば、リジェネにも不可能だった。 ティエリアは立ち尽くしたまま、リジェネの好きにさせていた。 どうにか脳内に溢れる情報を、コントロールできるようになっていたティエリアであったが、リボンズとリジェネの傍にいて、イノベーターたちと同じ 空気を吸っていることで、コントロールが下手になっていた。 脳内で、情報が再び溢れ出す。 イオリアと微笑むその時代のティエリアは、幸せなもののように見えた。 けれど、そのイオリアにとっても、ティエリアは特別な人形でしかなかったのだろうか。 書き換えられた人格。 生みつけられた感情。 再び目を覚ます時は、ガンダムマイスターとして生き、イノベーターの輪の中で生きないように。 そして、イノベーターではなく人間として生き、人間の誰かを愛するように。 ティエリアが目覚めた時、彼にはイノベーターとして生きる道も残されていた。けれどそれを拒否し、ガンダムマイスターとして人間の中で生きることを選んだのは、ティエリア自身だ。 その選択が間違っているとは思わない。 自分は果たして、本当に自分の意思でロックオン・ストラトスを愛していたのだろうかと疑念にかられた瞬間もあったが、ティエリアは人間の中でロックオンを愛し、そして 人間として生きているのだ。ティエリアは、自分が正しいと思っていた。 自分が、イオリアの計画通りに生きる人形などではないと思っていた。なぜなら、人間の中で生きることで、これほどまでにたくさんの感情を有し、そして何より、愛した彼に愛されたのだから。 愛したロックオンが、自分を愛していてくれた事実はどんなことがあっても変わらない。 自分が人間としての感情をもって、ロックオンを愛したことも変わらないし、今でも彼を愛している。彼だけではない、他のガンダムマイスターも、そしてソレスタルビーイングの仲間たちもティエリアにとっては、かけがえのない存在だ。 この気持ちを、果たして人形が抱くものだろうか? 「本当に、滑稽だね。ティエリアは、イオリアに一番愛されていたのに、一番惨い仕打ちを受けている。彼を愛したことさえも、イオリアの 計画の範疇であったなんて、君には残酷すぎるかな?」 リジェネが、ヴェーダとのアクセスを拒否したティエリアを抱きしめて、耳元で笑った。 ティエリアは、リジェネの言葉を嘘だと一蹴したかった。 しかし、できない自分がそこにいる。 「僕たちの天使。だけど、君はイノベーターの掟を捨てて、あの男を愛した。これは、その報いだよ。 イオリアは、君の幸福のために、イノベーターとして生きる道も用意していた。なのに、それを捨てて人間の中で生き、彼を愛したのは君の我侭だよ。そして、その愛さえもイオリアの計画の範疇だったなんて、本当に可哀想なティエリア」 「ロックオンを愛したことが、まやかしだと君は言うのか」 ティエリアの声は震えていた。 「似たようなものだろう?初めから、人間の誰かを愛するようにインプットされてたんだ。男としての人格を与えられていたのに、 男性であった彼を愛したのも、書き換えられてしまった君の人格が足掻いたのかもね。君は、本来女性であった。なのに、無理やり男性にさせられた。そこに無理が生じて、 女性を愛するはずであったイオリアの計画にも少しだけ狂いが生まれた。まさか、人間の男を愛するなんて、イオリアも想像しなかっただろうね」 ティエリアを傷つけて、そこから救い出すことができれば。 ティエリアが、リジェネやリボンズに救いを求めれば。 リジェネは、わざとティエリアを傷つける言葉を口にする。 ティエリアを、イオリアの手から救いたい。イオリアの意思通りに生きる人形から、同じ仲間のイノベーターとして受け入れ、イオリアのティエリアに与えられた計画をぶち壊しにしたい。 イオリアの意思通りに、人間の世界で生きる必要はどこにもないんだ。同じイノベーターの中で生きることが、きっとティエリアの幸せにもなる。 「イオリア・シュヘンベルグ」 はじめて、ティエリアが表情を崩した。 「憎いかい?君の、そして僕たちの産みの親が。イオリアは、今頃嘆いているだろうね。人間の男に愛され、自分の天使が穢れてしまったと」 その言葉が、ティエリアに火をつけた。 ロックオンのことを侮辱する者は、誰であろうと許さない。 「穢れているからなんだというんだ!僕は彼を愛していた!彼も僕を愛してくれた!今だって、僕はずっと彼を愛している!それだけ僕はイノベーターとして生きる君たちよりも何億倍も幸せなんだ!!」 「おやおや、癇癪かい?でも知っているよ、ティエリア。君が、彼との間に肉体関係を持たなかったことも。その愛が、まるでままごとのように壊れそうな関係だったことも。僕らの天使は、本当は穢れてなんかいないってこともね」 離れていくリジェッタが、名残惜しいとばかりにティエリアの頬を撫でた。 その心地よい肌触りに、リジェネが本当に惜しいとばかりにティリアを見つめる。 ティエリアからは甘い花の香りがして、それがとても懐かしいものに思えた。 リジェネは、いつの間にかティエリアの脳に干渉していた。そして、そこから引き出すことのできた情報を口にしていた。 干渉がしにくいといっても、人格を左右するほど深く干渉ができないだけであって、相手の記憶を少しの間垣間見る程度の干渉はリジェネにもできた。 「リジェネ・レジェッタ!勝手に僕の記憶に干渉しないでくれ!」 「心地悪いかい?けれど、本当にあふれ出しそうだね。まるで、僕まで彼を愛しているような錯覚を起こすよ。本当に、彼を愛していたんだね」 「リジェネ。ティエリアの人格を歪めるような行動は慎むことだ」 何の前置きもなく、ティエリアの脳に干渉したリジェネに、リボンズが苛立ちを隠せないでいた。 「おや、リボンズは嫉妬かい?そうだよね、本当なら彼が立っていた位置に君がいたはずなんだから。ティリエアの愛を一身に受けているのは、本当ならリボンズのはずだったんだから」 「な……」 ティエリアが、リジェネの言葉に凍りついた。 「おや、知らなかったのかい?イオリアは、君がリボンズを愛するように仕向けていたんだよ。イノベーター同士であれば、イオリアも許せたんだろう。イノベーターの愛は無垢だから。けれど、リボンズがイノベーターの中で計画の遂行者となり、君がガンダムマイスターになったことでそれは徒労に 終わったけどね。でも、君がイノベーターとして生きる道を選んでいたなら、確実に君はリボンズを愛していた。そして、きっと幸せになっていた。だって、リボンズが彼のように君を残して死ぬことなんてないから。僕たちイノベーターの中で、君は愛に包まれ、そして人間として感情豊かにイノベーターの中で生きていただろう。 イオリアのいう人間とは、イノベーターのこともさしているんだよ」 ティエリアの石榴の瞳が、数回瞬いた。 リジェネの言うことが理解できないというように、何度も彼の様子を探った後、ティエリアの瞳は眩しい輝きを放った。 「僕は、彼を愛して本当に良かったと思っている。計画だのインプットされただの、人格を書き換えられただのそんなことはどうだっていいんだ。僕が、彼に出会えたこと自体が奇跡だったんだ。彼のお陰で、僕はイノベーターにならずにすんだ。 ガンダムマイスターを捨てて、イノベーターとして生きる道を選ばずにすんだ。 僕は人間であろうとする自分が、イノベーターではなく人間世界の中で生きる自分が正しいと思っている。彼を愛したことはイオリアの計画なんかじゃない、僕の意思だ。僕が、人間としての意思で彼を愛し、そしてまた彼も僕を愛してくれた。リボンズ・アルマークを彼のかわりに愛していた だなんて、想像するだけでも鳥肌がたつ。本当に、イノベーターとしての道を歩まなくて良かったと思うよ。僕はロックオン・ストラトスを、僕の意思で愛し、僕は僕の意思で人間になった。そして、これからも人間として生き、彼を 愛し続ける」 隠さずに本心を吐露するティエリアの姿は、人間らしく生き生きとしていた。その姿がとても美しく気高く見えて、リジェネは見惚れていた。同じ容姿をしているはずなのに、どうして ティエリアはこうまで人間らしくあり、そして人間らしくあるが故の輝きをもっているせいで、自分よりもとても美しく見えるのだろうか。 「ティエリア・アーデ。こういう場所では、言葉を選ぶべきだ。君の傍に、今彼はいない」 リボンズが、低い声でそう言った。けれど、それに臆することもなく、ティエリアは立ち向かう。 「確かに、傍にいない。けれど、彼は僕の中で今も生き続けている。彼への愛は、人間としてもつ愛情という純粋なものだ。君たち存在のように歪んでなんていない。永遠があるとすれば、きっとそれは彼に対する愛だ。僕は、生き続ける限り彼を愛し続ける。例え、どんなことがあろうとも」 ギシリ。 リボンズの歯軋りは、離れた位置にいるリジェネにまで聞こえた。 危ない傾向だと、リジェネは悟っていた。 「僕は、決してリボンズ・アルマーク、君を愛したりしない。例えイノベーターとしての道を進んでいたとしても、きっとどこかで彼に出会って彼を愛していた。イノベーターとしての存在を凌駕するほどに、 彼への愛は深い。この身が人間ならざる者として生を受けたことは知っていた。彼もそれを知っていた。その上で、彼は僕を愛してくれた。僕の存在がイノベーターというものだと 知った今でも、彼への愛は揺るぎもしないし、彼を愛したことを誇りにさえ思う」 バカじゃなないのか。 リジェネはそう思った。ティエリアは、想像以上に人間になってしまった。 こんな存在を哀れんで、救おうと考えたこと事態、バカらしくなってきた。今のティエリアに、イノベーターとしての価値は皆無だ。ただ、盲目的に失った人間を愛し、 それに縋る亡霊のような人間だと、リジェネは思った。 ティエリアの、ロックオンに対する愛が深いことは読み取った記憶から分かっていたが、ここまでだとは。 こうまで強く、人間として生きようとし、そして彼を愛し続けるリジェネと同じ容姿をした存在が、鬱陶しい。イオリアの計画通りに生きていたのだとしても、それさえも 幸福だと言っているようで、救う価値さえない気がしてきた。 「今、君の傍にいるのは、君と同じイノベーターの僕らのみ。そして、僕がその気になれば君の人格を歪めるだけの干渉力を持っていることに、恐怖すべきだ。君は、しょせんはイオリアの人形にすぎないんだから」 リボンズが、静かに立ち上がった。 ティエリアはその姿をキッと睨みつけ、宝石があしらわれた髪飾りを乱暴に投げ捨てた。乱れる髪をそのままに、指から指輪を抜くと、思い切り リボンズに向かって投げつけた。 「恐れるものか!どんなことがあろうとも、彼を愛している事実は消えない!僕は人形じゃない! 僕は、彼が愛してくれたティエリア・アーデという名の一人の人間だ!!君たちのほうこそ、イノベーターとしてイオリアの意思のままに生きる人形だ!」 美しい天使の姿で捲くし立てるティエリアに、はじめてリボンズの表情が歪んだ。 それは、殺意に似ていた。 「ティエリア・アーデ。イオリアの、そして僕の大切な天使。本当なら、君は僕の傍で僕を愛していたはずなのに」 ティリエアの頬を、リボンズが叩いた。 パンという音に、リジェネがまず眉を顰めた。 「君はイノベーターだ。君は僕らの天使なんだ」 ぶたれたことを認識しながらも、ティエリアは蔑むような目でリボンズを見返した。 リボンズは、ティエリアに手を上げるつもりは毛頭なかったのに、気づくとその美しい顔を手の平で殴りつけていた自分に驚いている。 それほど力は篭っていなかったが、ティエリアは口の中を切った。流れ落ち滴る血をそのままに、ティエリアはリボンズを殴った。 「僕は天使じゃない!ロックオン・ストラトスが愛してくれた、ただのティエリア・アーデだ!」 パン! ティエリアは、渾身の力を振ってリボンズの頬を叩き返した。 「まるで痴話ゲンカだな」 見物を決め込んだリジェネが、二人から離れて事の成り行きを見守っていた。 ティエリアの流した真紅が、美しい衣装に血の染みをつける。 「君には、何を言ったところで通じないようだ。それならば、こちらも手段を選ばない。徹底的に痛めつけてあげよう」 その言葉に、ティエリアが身構えた。 暴力で、かたをつけようとしているのだと、ティエリアは先ほど頬を張られたことで、そう考えていた。 もしくは、深い精神への干渉がくるかもしれない。ティエリアは、自分の精神にバリケードを張った。 けれど、ティエリアの読みは甘かった。 先に行動をとったのはリボンズのほうだった。 ティエリアの視界から消えたかと思うと、その肢体を攫い、ベッドに放り投げた。 柔らかなベッドに沈みこみながら、ティエリアは自分の身に何が起こっているのかを、起ころうとしているのかを理解できないでいた。 「何をする!」 起き上がろうとするティエリアを阻み、その身体にリボンズは重く圧し掛かる。 咄嗟に行動できなかったティエリアは、リボンズがとった次の行動に身を捩った。 リボンズは、紅いティエリアの唇に自分の唇を重ねた。 そして、華奢な肢体が纏う服を容赦なく裂いていく。 明らかな欲望と意図を持ったリボンズの瞳に、ティエリアが悲鳴をあげた。 「やめろ!!」 どけようとしても、びくともしない。 逃れようとすると、両手を頭の上で纏められた。そして、片方の手でティエリアの太ももを撫で上げる。 「いやぁ!」 リボンズの顔は狂気に歪んでいた。 「思い知らせてあげるよ。君が、僕の人形だってことをね」 首元を強く吸われ、太ももを撫で上げていたリボンズの手が、裂いた衣服の中に入り、ティエリアはロックオンにも許したことのない 行動をするリボンズに、初めて恐怖心を抱いた。 「いやっ!!」 露になる白い肌に、リボンズが自分の証だという刻印を刻んでいく。 ティエリアは気が動転して、訓練で習ったはずの、こういった状態での敵のあしらい方をできずにいた。身を捩って、ただ逃れようとする。 「助けてロックオン!!」 目を瞑って、自分を貪り食おうとする男に、ティエリアははじめて涙を零した。 それが、リボンズをより一層煽る。 イノベーターである彼に、性欲などというものは皆無に近かったが、この天使を残酷なまでに汚してしまうことで、自分の立場というものを 弁えさせようと、リボンズは一向に止める気配を見せなかった。 ティエリアの悲痛な叫びに、最初は楽しそうに見ていたリジェネであったが、リボンズが本気でティエリアを汚そうとしていることを 悟って、リジェネがリボンズを止めた。 「やめろ、ティエリアが嫌がっている」 「なぜ?一度汚してしまえば、彼はイノベーターに身を置かざるえなくなる」 「反対だろう!汚してしまえば、彼は…!」 リジェネの手を振り切って、リボンズは行動を再開する。塗れた瞳で、恐怖に震えながら、ティエリアがリジェネに掴まれたままの腕を伸ばそうとする。 「助けて!」 ティエリアの目から透き通った涙がいくつも零れ落ちる。 リジェネは、伸ばされたティエリアの手を一度は取った。それに、ティエリアが縋り付こうする。 リボンズが、それを阻んだ。 「邪魔だ、リジェネ。こういうのを見たくないのであれば、目も耳も塞いでいるといい」 遠ざかっていくリジェネの姿に、ティエリアが絶望を感じた。 「いやだっ!助けて、ロックオン!」 「ロックオン・ストラトスはもういない。君は、僕のものになるんだ」 残酷にそう宣言して、ティエリアの涙を吸い上げたリボンズが、ティエリアと視線を合わせた。 恐怖に怯えあがった肢体を弄ぶ手が、止まる。 けれど、一向に解放されない。 再び唇を奪われて、ティエリアは視線をさまよせた。キスは、血の味がした。 リジェネが助けてくれることを一心に祈っていたが、リジェネには暴走するリボンズを止めることができなかった。 リジェネが耳を塞いで、ティエリアの叫び声を聞こうとしなくなった姿を確認した時、ティエリアは石榴の瞳を金色に輝かせた。 悲鳴が、止んだ。抵抗も、止まった。 それを観念したととったのか、リボンズはティエリアに深く口付けをしながら、着ていた上着を脱いだ、 (ごめんなさい、ロックオン。僕を許して) 心の中でそう呟いて、彼の優しい笑顔を思い出す。そして、ティエリアはまた涙を流した。 耳を塞いで目を瞑っていたリジェネが、瞬間のティエリアのロックオンに対する深い謝罪と彼の絶望を感じとった。 それは、ティエリアの中にあったイノベーターの能力であった。 ティエリアが知らずの間に、自分に一番近い存在であったリジェネに、自分から精神の干渉をしていた。その拙い精神の干渉から、全てを読み取ったリジェネが悲鳴を上げる。 「だめだ!やめろ、ティエリア!!!」 リボンズの身体を渾身の力でどかして、放心状態のティエリアの頬を挟みこんで、自分の額と合わせる。 そうすることで、より深い精神干渉がリジェネにもできた。 「ティエリア!!ロックオンは、ここにいる!ここに、お前と一緒に!ロックオンが、お前を守ってくれる!!」 リジェネの深い叫びと心が通じたのか、ティエリアは涙を零したまま気を失った。 ティエリアの脳に深く干渉し、強制的にティエリアを眠りにつかせたリジェネは、冷や汗を出していた。 そして、ティエリアが取ろうとした行動を、未遂で終わらせたことに安堵する。 「リボンズ・アルマーク!」 凄い形相で、リジェネはリボンズをベッドの上から蹴落とした後、殴りつけた。拳で、思い切り。 「何をする、リジェネ。勝手に、行為の最中にティエリアを眠らせるなんて、これでは意味がないではないか」 「本当にバカだな、君は!ティエリアは、もうすぐで舌を噛み切るところだったんだぞ!」 ティエリアの身体をシーツで包み込んで、リジェネはリボンズがティエリアに触れないように、自分の背後に匿った。 「バカなことを。人間として生きる彼が、この程度のことで死のうとするはずが……」 リジェネが、今度はリボンズの脳に干渉した。そして、ティエリアの死を覚悟した者の精神を読み取らせた。 「……」 「いいか、リボンズ。二度と、彼に手を出さないことだ。今度こんなことをすれば、僕が君を銃で撃ち殺す!」 「リジェネ」 「僕は本気だぞ。例え、歩む道が違うとしても、僕とティエリアは兄弟のようなものなんだ。DNAが同じだからという理屈じゃない。 彼の生き方を否定しようとも、たとえティエリアに抱いていた幻想が尽きてしまったとしても、ティエリアを仲間にするためだからといって、決してこんな卑怯な真似はしない」 「僕が、卑怯か。ハハハハ。大した褒め文句だよ」 自嘲気味に殴られた場所をさすりながら、リボンズが名残惜しいとばかりに、リジェネの力で強制的に眠りについたティエリアを見つめる。 天使は、本当に無垢で、その味は格別のものだった。 性別のない身体は、今まで抱いたことのあるどんな女よりも美しく、そして情欲をそそった。 リボンズは、その立場上、女を抱くこともあった。けれどそれは、全て計画のためだった。 自分の意思で、誰かを抱こうとしたのは初めてだった。 ティエリアを手に入れたかった。自分のものにしたかった。 ティエリアに、愛されたかった。 ティエリアを愛しいと、リボンズは心のどこかで感じていた。 「こんなことをして、傷つくのはリボンズ、君もなんだよ?」 リジェネが、ティエリアの涙をシーツで拭いながら、リボンズが涙を流していることに気づいていた。 ティエリアの拒絶が、哀しかった。 頑ななまでにロックオンを愛し、自分を見ようともしない彼が憎かった。 リジェネは、今度はリボンズを抱きしめた。 「君には、イノベーターの僕たちがいるじゃないか。彼を手中に収めなくても、計画は遂行できる」 「だが、計画の障害になる」 「それは今までも変わりなかっただろう。本当に、今日のリボンズはどうかしている。ティエリアを抱こうとするなんて、 いつものリボンズじゃない」 「ああ……ティエリアの脳に、少し干渉したんだ。あまりにも、彼との愛に溢れていて、僕の中の何かが壊れたんだ。この天使を自分のものにしてしまいたいと思った。自分のものにして、精神干渉を続ければ、いつかティエリアの 愛が自分に向くのではないのかと思った」 ポタポタと涙を零しながら、リボンズはリジェネを抱きしめた。 抱きしめることのできないティエリアのかわりのように、優しく。 「バカなリボンズ。ティエリアは、僕たちの天使なんだよ?天使を汚してはいけない。ティエリアが誰かを愛するのも、ティエリアの自由だ。ティエリアはイオリアの人形なんかじゃない。ティエリアは、自分の意思で彼を愛し続けて いる。たとえティエリアの愛が欲しいからといって、強制してはいけない」 リボンズは乱れた自分の衣服を直しながら、眠ったままベッドに横たわる、無残な姿をしたティエリアの傍に腰掛けた。 ギシリと、ベッドが重みで音をたてる。 「リボンズ!」 リジェネが警戒の声を出すが、リボンズは首を振った。 「おやすみ、僕の天使。無理強いをしてすまなかった。もう二度と、こんな真似はしない。今日の記憶は、消し去っておくよ」 神に誓うように、リボンズは眠りに落ちたティエリアの額にキスを落とすと、ティエリアを手に入れることを断念した。 完全に、ティエリアから手を引くつもりはまだなかったが、リジェネにはリボンズのその行為が、ティエリアとの決別に見えた。 「ティエリアは、このホテルで数日預かることにする。いくら記憶を消したからといって、完全なものにはならないだろう。君がティエリアに刻んだ所有の証が消えるまでに、僕が何度も精神干渉を行って、 リボンズがティエリアにした仕打ちを完全に記憶から消し去るようにする。たとえ残っても、それが夢であったものにする」 ティエリアの髪を撫でながら、リジェネは愛しそうに、自分と同じ容姿をした天使を労わった。 「頼むよ。もしも記憶に残っていたら、彼は自分を自分で傷つける行為をするかもしれない」 ティエリアの精神に干渉したリボンズは、ティエリアの強さの裏にある、あまりにも精神的に未熟で脆い部分までのぞいてしまった。 そんなティエリアを、抱くという行為そのものに無理があったのだ。 ロックオンがいなくなった今、ティエリアは強くなったが、同時にとても繊細に脆くなった。 もしも記憶がそのまま残ってしまったら、例え未遂で終わったとはいえ、リボンズがした行為を忘れるために、ティエリアは自分で自分を傷つける自虐行為をする可能性さえあると、リボンズは読んでいた。 手首を何度も軽くリストカットするティエリアの姿が浮かんで、リボンズが今更ながらに自分がティエリアにした仕打ちを後悔した。 愛した人にも許したことのない行為を、リボンズにされて、平静でいられるティエリアではないはずだ。 リボンズは、ティエリアと精神干渉をした時に、彼が精神安定剤をたまに服用している姿を見つけてしまった。それは、ロックオンが死んだ時からはじまったもので、今でも続いているようであった。 そんなティリアに、今日の仕打ちは残酷すぎた。 愛した人を失って、ティエリアは本当ならもう折れているのだ。それを、彼を愛し続けることで補っている。 ティエリアは、人間として強くなり、そして弱くなった。その弱さは、人間ではないイノベーターであるせいか、顕著なものであった。とても繊細で傷つきやすいのだ、本当は。 ティエリアが、リボンズにされた行為を忘れ、ソレスタルビーイングに帰還したのは数日後のことだった。 無論、それまでに献身的なリジェネの介護と精神干渉があったことは、いうまでもない。 |