辛辣な毒舌家








「ティエリア、おい、どこいった?」
雑多な人ごみに紛れてしまったロックオンは、ティエリアの姿を見失った。
「どいてください!どいてください!・・・・・どけーー死にたいのか!!」
絶世の美少女が、自分の前を横切る人の列に、ロックオンの姿を失ったことであせり、ドスをきかせた。
ピタリ。
人々の足がとまる。
とってもとっても効果的だった。
美少女の口からもれるとは思えないような低い少年の声の叫びは、行き交う人々の歩みを一瞬とめた。
その瞬間を、待っていたとばかりにティエリアが歩みを進め、行き交う人より背が高く、目立つロックオンを見つけて、駆け寄った。

そして、とても愛くるしい乙女のような顔で、固まったままのロックオンの腕に腕を絡めた。
そして、エメラルドの瞳を愛しげに見上げてくる。
固まっていた人たちが、ティエリアの美しすぎる美貌に見惚れたとかと思うと、それでもまた足を進めだす。
人々は歩き出す。
目的の場所に向かって。もしく、目的もなくただぶらついていく。

「ちょっと、あんたあたしの足踏んだね!」
中年女が、ティエリアとロックオンのところにやってくると、ティエリアに言いがかりをつけた。
「踏んでなんていません。ちゃんと、地面を歩きました」
「嘘つくんじゃないよ!このパンプスとっても高かったのよ!足跡がついて汚れちゃったじゃない!どうしてくれるのよ!」
中年女は、甲高い悲鳴をあげてティエリアを非難する。
それに、ロックオンが中年女も連れて人々の群れから抜け出した。
少し人通りが少なくなった場所で、ロックオンが謝る。
「どうも申し訳ありませんでした。わざとじゃないんです、許してやってくれませんか」

ロックオンが、丁寧に謝った。
中年女は、息を荒くしながら、まるで興奮した牛のように突進する。
「あんたじゃないよ、この生意気そうな女に謝ってもらいたいのよ!土下座しなさい!」
あまりの言葉に、ロックオンがティエリアを背に匿う。
「おいあんた、言いがかりをつけるのは、それくらいにしてくれないか」
「言いがかりじゃないわ!土下座するまで許さないわよ!謝りなさい!」

ヒステリックに叫ぶ中年女に、何事かと行き交う人が視線をとめるが、足をとめることはない。
なんてことはない、こんなトラブルは日常茶飯事なのだ。

「すみませんでした」
小さな声で、ティエリアが謝った。
それに、中年女の顔が赤くはれた瓜のようになった。
「まぁぁぁ!なんてしつけがなってないガキなのかしら!ちゃんと謝ることもできないの!?」
ロックオンの背にいるティエリアの髪を掴む。
それに、ロックオンが声を荒げる。
「いい加減にしてくれないか」

できることなら、力で物事を終わらせたいが、相手も女性だ。
暴力を振るわけにはいかない。
言葉でいいくるめるしかない。

ティエリアは、女に髪を掴まれてはじめて綺麗な顔を歪ませた。
それに、女が嬉しそうな表情をする。
「こんなに着飾って、アイドルにでもなったつもり!?」
ティエリアの服は、ロックオンが選んでくれたものだ。いつものユニセックスな服に、首には黒のガーネットのついたチョーカー、ブレスレットやリングもはめている。
一目見ると、その美しい美貌のせいもあって、まるでアイドルのようにも確かに見えるだろう。

ティエリアの石榴の瞳が冷たく光る。

パン!

髪を掴んだ手を、思いっきり払う。
「痛いじゃないの!何するのよ!」
「それはこちらの台詞です。どうも、す・み・ま・せ・ん・で・し・た」
棒読みで謝ると、思いっきり中年女のパンプスを踏みつけ、体重をかけてグリグリと地面にぬいつける。

「痛いわね!」
「痛くなるようにしているから当たり前です」
「このくそがき!」
ふりあげられた手を避けて、ティエリアは容赦のない往復ビンタを女に浴びせた。
相手が女性であるからと、容赦はしない。先に手をあげてきたのは向こう側だ。それに、傷をつけるような真似をしているわけでもない。ただの往復ビンタなら、痛いというだけだ。

「きゃあああ!」

頬をおさえる女に、ティエリアは舌を出した。

「このくっさい厚化粧の下等なドブ女め。香水のくさい匂いがプンプンして鼻が曲がりそうだよ。その醜い顔は、どんなに厚化粧して塗りたくっても変わらないよ。いっそ、整形でもしてこれば?ああ、そんなお金もないかな。お気の毒様」
ひとしきり、辛辣な毒舌を吐く。
それに、ロックオンもぽかんとしている。
ティエリアは髪をかきあげた。
女に掴まれて、乱れてしまった髪を元に直す。

「ロックオン、いきましょうか」
絶対零度のデスエンジェルから、愛を囁くキュートエンジェルとなったティエリアのあまりの変貌ぶりに、ロックオンも黙って頷いた。

中年女は、体をわなわなさせて何かいいたいようだったが、ティエリアの毒舌がきいたのか、死んだ魚のような目になっていた。

「いくら、カップルが羨ましいからって、いいがかりは止めてくださいね。オ・バ・サ・ン」
オバサンという言葉を殊更強調して、ロックオンの腕に腕を絡めて歩きだす。

人々も、何事もないように足を進める。
「ティエリア、ちょっと言いすぎじゃね?」
「別に、構わないでしょう。本当のことを言っただけです。それに、あなたも何かいいたかったようだし」
「まぁな。俺のティエリアに手をあげようなんて、腐った生ゴミを発酵させたようなブスの中年オバサンだぜ」
ティエリアが、クスクスと笑う。
「どうした?」
エメラルドの瞳に、ティエリアは石榴の瞳で見つめ返す。
「あなたが言っている言葉も、十分に言いすぎですよ。二人揃って、辛辣な毒舌家ですね」
「はは。そうかもな」

ロックオンは、腕を伸ばして、女につかまれ、外れてしまったティエリアの髪を結ぶ花のレースがあしらわれたかわいい真紅のリボンをティエリアの髪に結い直した。
両サイドの髪を、結って、紅いかわいいリボンで結んでいる。
後ろの髪は残したまま、自然に流している。
肩の長さまでのティエリアの髪であるが、ロックオンは器用にいろんな髪型に結った。ティエリアは、ロックオンに髪を結ってもらうのが大好きだった。
髪を触られると、気持ちよくて目を瞑ってしまう。

「よし、できた」
「はい、ありがとうございます」
「行こうか」
「ええ」
二人はまた、腕を組んで歩きだす。

デートはまだはじまったばかりだ。