比翼の鳥









ライルは、言葉に表せないほどのショックを受けていた。
自分の兄のニールが、同じガンダムマイスターであるティエリアと愛しあっていたと、刹那から聞かされたのだ。
刹那は冗談を言うような人間ではない。その真摯な顔には、毛ほどの嘘も滲んでいなかった。
兄が、まさか同じ男性を愛していただなんて。信じられなかった。
兄は、どちらかというと女癖が悪いほうだ。それが、例え少女に見えるとはいえ、同じ男性を愛していただなんて信じることができなかった。

だが、ライルは刹那から、ティエリアの秘密を教えられた。
ティエリアは無性の中性体であり、イオリア・シュヘンベルグが作り上げた固体であるということを知らされて、ライルはまた違った意味でショックを受けた。

ティエリアは、4年前のように、自分の存在を隠さなくなっていた。
クルー全員に、自分がイオリア・シュヘンベルグによって作られた、ガンダムマイスターとなるために生み出された固体であることを教え、そして男性でも女性でもないということまで暴露した。
ティエリアは、それだけ仲間を信頼していたのだ。
4年間もの間、同じ時間を過ごしてきたティエリアの容姿が、一向に変わらないことに不思議がる者もでてきており、 時期がきたのだと悟ったティエリアは、自分のもっている秘密を皆に知らせた。
イオリアによって作られた個体であること、男性でも女性でもない中性体であること、そして年を取らないように遺伝子操作を施されていることを。
クルーの誰もが、そんなティエリアを受け入れた。
決して奇異の目で見ることはしないで、一人の同じ人間として扱う。
それに自信を持ったティエリアは、帰還した刹那、アレルヤ、それにミス・スメラギにも秘密を教えた。
唯一人、ライルだけがティエリアの口から真実を教えてもらうことはなかった。
刹那を経由して、ティエリアの秘密を知ったライルは、なぜ自分にだけ教えてくれなかったのかと問うた。

すると、ティエリアは静かにこう言った。
「君は、僕が愛した存在にあまりにも似ている。錯覚を起こしそうで、怖かった。僕は、未だにロックオンを愛している。君が、僕の真実を知って、僕を奇異の目で 見るんじゃないだろうかと怖かった。あの人に似た君に、そんな目で見られたら、きっと僕はとても傷ついていただろう」
ティエリアの独白に、この少年とも少女ともつかない存在が、どれほどニールを深く愛しているのかを思い知らされた。

はじめ、ライルとティエリアは衝突ばかりしていた。
何かにつけて、ティエリアがライルに文句をつけ、売られた喧嘩を買うようにライルもティエリアに文句をつける。
ライルには、兄の姿を探すように、自分を見てくるティエリアの態度が我慢ならなかった。
ティエリアには、ニールと同じ姿をしているのに、ライルがあまりにも彼と違いすぎてそれが切なかった。

そして、ライルは無視を決めこんだ。同じように、ティエリアもライルの存在をないもののように扱う。
だが、時折我慢できずにライルはティエリアと衝突した。
自分は、兄ではないのだ。そんな眼差しで見られても、迷惑なだけなのだ。

衝突を繰り返すたびに、ライルはティエリアを責める。
そして、責められるままに、ティエリアもライルを責めた。
分かり合えない。分かり合いたくても、そこにニールという特別な存在が邪魔をして、二人の仲を引き裂く。

そして、気づけはいつの間にかティエリアはライルをなるべく視界に入れないようになっていた。入れても、すぐに視線を伏せる。
ライルは、はじめ無視していたが、それが気に食わなくてティエリアを呼び止める。
そんな二人の衝突を止めるのは、主に刹那だった。
刹那は、何かとティエリアを庇い、ライルから遠ざける。ティエリアもまたアレルヤよりも刹那を選び、行動を共にし、何かあると 刹那に助けを求めた。
はじめは、ただ依存しているだけなのかと思っていた。
だが、あまりの露骨な態度に、ライルには、ティエリアが刹那を愛しているように見えた。
だが、彼はあくまでニールだけを愛しているという。そしてまた、刹那もライルの言葉を否定して、 例えるなら…そう、比翼の鳥のような存在なのだと言った。

一人きりだったティエリアは、刹那は必ず生きていると4年間信じ続けていたのだ。そして、再び出会い、まるで4年間の溝を埋めるかのようにお互いを求め合うのだという。
それが愛ではないのか?ライルには、よく分からなかった。
アレルヤには穏やかに優しく接するティエリアであるが、それはまるで母が子を慈しむような優しさであり、刹那に対してはその優しさは薄い。変わりに、刹那と過ごす時間が あまりにも多い。眠る時ですら、時折刹那の部屋に泊まっているのだという。ライルには信じられなかった。

はたして、ティエリアと刹那の言葉のどこまでが本当で嘘なのだろうか。

刹那は、ティエリアを庇い、助け、そして匿う。
比翼の鳥というよりも、恋人同士といったほうがよほどすっきりするのではないかと、ライルは思った。だが、刹那は否定する。
精神的に強く依存されているのだけであれば、刹那の姿が見えないだけで普通は不安がるだろう。だが、刹那が死ぬかもしれないという戦況に一人で立ち向かっていっても、ティエリアは止めない。ティエリアは自分の与えられた位置を守り、 刹那が苦境に立たされると、代わりにアレルヤが応援に向かう。そして、アレルヤが苦戦している時は、ティエリアは自分の与えられたポジションを放棄して、敵に立ち向かう。
本当に、理解不可能だった。

比翼の鳥というのならば、苦戦している刹那を真っ先に助けるべきだろう。だが、ティエリアはそれをしない。
反対に、ティエリアが苦戦に立たされている時は、アレルヤが援護に回る。刹那はティエリアの援護には回らずに、敵を切り裂くために前に出る。
見ていて、本当に分からなかった。どこが比翼の鳥だというのだろうか。お互いを守ることさえしないなんて。

一度、そのことについて刹那に質問したことがあるが、返ってきた答えたこうだった。
「ティエリアは死なない。そして俺も死なない」
質問の、答えになっていなかった。
考えると、ようはお互いの力量を信頼しあっているから、あえて助けに回らないということだろうか?

だが、その行動が命とりになりそうな場面も多々あった。ティエリアが負傷し、重症を負ったことがあった。
動揺するアレルヤと、表情一つ変えない刹那。
そして、痛々しい姿で眠るティエリアの傍から、刹那はじっと離れない。食事や睡眠でさえ、ティエリアの傍で取った。決して、ティエリアの傍から離れない。
ライルには、むしろ刹那がティエリアに依存しているように見えた。
二人は依存しあっているのだろうか?
そして気づく。
ニールのいなくなったポジションに、刹那が立っている。
戦闘では前を切り裂き、一番破壊能力に優れた刹那の機体を、ティエリアがあえて援護しないのは、足手まといになるのを防ぐためなのだろう。
一番防御力の高いティエリアの機体を、あえて援護しないのは、その防御力の高さを信じているからだろう。

比翼の鳥。
その言葉が、ライルには少しづつ分かりはじめていた。戦闘状況で、それが忠実に再現されることが多い。
お互いの機体の性能を見越して、彼らは行動しているのだ。アレルヤのように、感情だけで先走ることはない。
アレルヤはその優しさゆえに、誰かが苦境に陥ると、自分の相手である敵を放置して、真っ先に応援にかけつける。そして、その放置された敵は誰でもなく、アレルヤを狙う。刹那とティエリアは、二人がかりでお互いに敵をひきつけながら、 アレルヤを狙う敵を打つ。
逞しい体を持った青年は、等しく誰にでも優しい。そのアレルヤの優しさを受けながら、ティエリアは笑い、刹那の隣に寄り添う。そして、刹那はなにも言わず、ただティエリアの 笑いを見てその傍に立ち、ティエリアが笑うことで刹那も笑みを零した。
なんて、不器用なのだろうか、この二人は。
互いを支えあい、互いの存在を認め合いながらも、決して愛のような形を作らずに、ただ寄り添いあう。

ティエリアの、ニールへの愛は本物だろう。
本当なら、刹那が立っている位置に、今もニールが立っているはずだったのだ。刹那は、求められるままに、ニールがいなくなった穴を補っている。そして、そうすることで 自分の新しい存在価値を見出している。



一度、刹那のひたむきな態度が見ていられずに、ティエリアを責めたことがあった。まだティエリアと分かり合えずに、兄の死がティエリアを庇ったせいで、利き目を失ったせいで死んだと思った時期があった。
「お前は、刹那を犠牲にして生きている!」
すると、ティエリアは紫紺の髪を揺らして、ライルに責められるままに、言葉を返せずにいた。
そして、数分沈黙した後、口を開いた。
「僕は……刹那・F・セイエイを、大切に思っている」
揺れる石榴の瞳が、その時通りかかった刹那の姿を見つけた。
「ロックオン・ストラトス。ティエリア・アーデを苛めるのはよせ」
「バカかお前は。お前は、ティエリアに利用されてるんだぞ?」
「……僕は、刹那を利用してなんかいない。刹那は、僕の大切な友人の一人だ」
「だ、そうだ」
そして、ティエリアは石榴の瞳を数度瞬かせたかと思うと、いきなり倒れた。
それを、自然と受け止める刹那。
ティエリアは、すぐに立ち上がったが、まるで人が豹変したかのようであった。
「刹那!刹那、刹那、刹那!」
刹那は、ライルを殴った。
「ティエリアを傷つける行動を、あれほどするなと言っただろう!」
刹那は殺意さえ滲ませていた。
そして、ライルの目の前で、ティエリアを抱きしめると、今までに見たこともないような穏やかな表情で彼の髪に顔を埋めた。
「ティエリア・アーデ。俺はここにいる。俺は消えない。俺はお前の傍にいる」
「本当か?」
「俺は嘘はつかない」
「信じる。刹那の言葉を、僕は信じる」
その時のティエリアの怯えようといえば、まるで荒野に投げ出されたライオンの子供のようであった。

ギロリと、血のような赤い瞳で、刹那はライルを睨みつけた。
そして、両手でティエリアの身体を抱えた。
ティエリアは、放心状態で、刹那のされるままになっていた。
刹那の首に腕を回して、殴られ倒れたライルを見下ろす。
「ロックオン・ストラトス。どうして、僕を残して死んでしまったんですか。僕と一緒に生きると、あなたは言ってくれたのに、あなたは僕を裏切った」
「ティエリア。だめだ、見るな。それはニールじゃない」
「刹那?」
「お前には、俺がいる。俺がお前と一緒に生きる。俺はお前を裏切ったりしない。お前を残して死んだりしない」
立ち上がったライルが、殴られた頬に手を当てて、信じられないものを見るような目で二人を見つめていた。
「刹那・F・セイエイ。何をばかなことを言っている。僕は一人でだって十分に生きれる」
ティアリアが、刹那の腕の中で、きょとんとしていた。いつものティエリア・アーデの表情で、刹那を見返す。
「ティエリア」
ライルに呼ばれて、びくりとその肢体が強張った。
「いやだ!!」
刹那の首にしがみ付く。そして、恐る恐るライルを見返す。
「その、なんだ、なんて言えばいいのか」
「ティエリア・アーデ。こっちを見ろ」
「刹那・F・セイエイ?」
「今は、俺だけを見ていればいい。眠れ」
その言葉を受けて、カクンとティアリアの体から力が抜けた。
刹那の一言だけで、ティエリアは本当に眠りについたのだ。
ライルは驚愕した。

「ロックオン・ストラトス。いや、ライル・ディランディ。俺たちのことを、言い回っても構わない。だが、ティエリアは狂ってなんかいない。ティエリアが狂っているとしたら、 俺も狂っている」
「刹那、お前…」
「おかしいか?俺は、ティエリア・アーデが失った者の代わりを演じているつもりはない。だが、ティエリアが求めるならば、俺は彼の代わりにティエリアに言葉を囁く。彼の代わりに傍にいる。そうすることで、 ティエリア・アーデが強くいられるならば、それで十分だ」
「愛はないのか?お前たちの間には」
「愛?そんなものはいらない」
「なぜだ?」
「なぜなら、ティエリア・アーデが俺を必要としているから」
「そんなのおかしいじゃないか!」
「あんたには理解できないだろうな。ティエリアが、4年もの間味わってきた孤独を。その心を俺は見てしまった。いや、見せられたというべきか。ティエリア・アーデは普通の人間じゃない。 アレルヤの言っていた、脳量子波が使える」
「脳量子波を?」
「どうせだから、教えておこう。ティエリア・アーデは、イオリア・シュヘンベルグが計画のために作り出した固体だ」
「な…」
絶句するライルに、刹那は続けた。
「はじめて脳量子波を使ったティエリアは、自分を計画のために生きる人形なんだと言っていた。だが、俺はティエリアを人形になんかさせたくない。ティエリアは人間だ。ティエリアが人間らしくなれるのであれば、 俺はニールが空けてしまった穴を埋めるし、ティエリアを傷つける者から彼を守る」
「冗談だろ?」
「俺の顔が、冗談を言っているように見えるか」
「………」
「もう一度言っておく。二度と、ティエリアを傷つけるような言動は取るな。ティエリアに近づくなとは言わない、だが彼の存在を考えて行動しろ」
刹那は、力を失ったティエリアの身体を抱きか抱え直して、その場を後にした。
残されたライルは、やりきれない気持ちで、壁を叩いた。
イオリアに作られた個体?人形?なんだよ、それ…。


刹那は、ティエリアの部屋に入った。
ロックは、刹那の手によって解除された。ティエリアは、刹那に部屋のロックの番号を教えていた。
「う…」
ティエリアの部屋に入り、彼をベッドに横たえた時、ティエリアの眉が動いた。
「大丈夫か、ティエリア・アーデ」
「刹那・F・セイエイ?僕は、また気を失ったのか」
「気にするな」
刹那が、ティエリアの頬に手を当てた。
起き上がろうとするティエリアを、刹那が阻む。
「だめだ、まだ寝ていろ。本調子に戻るまで、寝ていろ」
「だけど、確か会議が…」
「そんなものどうだっていい」
「刹那?」
「ティエリア・アーデ。お前は、お前らしく生きろ」
「突然何を言い出すんだ。…あ…」
ティエリアの石榴の瞳が金色の光った。先刻の、ライルの言葉を思い出したのだ。
「僕は、君を犠牲にして生きている」
頬に当てられたままの刹那の手に、ティエリアは手を重ねた。
「それがなんだというんだ。人間誰しも、誰かを犠牲にして生きている。ティエリアが俺を必要としてくれて、俺は嬉しい」
「刹那」
ティエリアが目を瞑った。
「ありがとう。君には、いつも助けられてばかりだ。僕は、君になんの恩返しもできないでいる」
「それは間違っている、ティエリア。俺は、必要とされて嬉しいと言っただろう。他の誰でもなく、この俺をティエリアは必要としてくれている。それだけで、十分だ」
「刹那は、大人だな」
「ティエリアは子供だな」
クスリと、刹那が笑った。
「誰が子供だ。これでも、お前の数倍は生きているんだぞ。僕は、イオリアに生み出されたナノテクノロジーとバイオノロジーの結晶だ。計画のために、僕は生まれた」
「知っている。だが、ティエリアは人間だ」
「人間か」
「そうだ。ティエリアは人間だ。悲観的な考えはよせ。俺が悲しくなる」
「刹那」
「どうした?」
「僕は狂っているのか?」
「なぜそう思う」
「だって、ロックオン・ストラトスを失って、足掻いた挙句に、刹那に助けを求めることで自分を保っているように感じる」
ふと、頬に当てられたままだった手が離れて、ティエリアは目を開けた。
「何をしている」
「見ての通りだ。ティエリアのベッドで、一緒に眠ろうとしている」
「ばかか。狭いぞ」
「知っている。だが、時折同じように眠っているだろう。慣れろ」
至近距離に刹那の顔が近づいて、ティエリアはため息をついた。
「怖いか?眠るのが」
「いいや。もう慣れた。怖い時は、いつも刹那が傍にいてくれる」


ティエリアはよく夢を見た。
それは、刹那やアレルヤが死んでいくシーンであり、ロックオンが死んでいくシーンであった。
そして、一人きりになったティエリアは、人ごみの中にぽつんと立っていた。
言葉をかけても誰も答えてくれず、通っていく人間はティエリアを無視して歩み進んでいく。
ティエリアは叫んだ。
それでも、誰も気づいてくれない。
やがて、雨が降る。
ティエリアは、濡れながら一人町を歩く。
そして、金色の輝きを見つける。
ずらりと並んだカプセルから、金色の瞳がじっと自分を見つめている。ティエリアと同じ容姿の少年たちは、 ティエリアの叫びに気づいて目を覚ます。
ティエリアの傍にきて、僕の兄弟と語りかける。
そして、一人、また一人と去っていく。カプセルの中に戻り、眠りについていく。
カプセルの背後から、イオリアが登場して、ティエリアの手を取って、この人形は失敗作だなと呟く。

処分だ。

ティエリアは、その言葉でいつも目を覚ました。

動悸が止まらずに、ティエリアはたまらず自分の部屋を抜け出して、刹那の部屋の扉を叩いた。そして、刹那は眠いはずなのに、いつでも優しくティエリアを 迎えてくれた。
そして、暖かいココアを飲ませて、一緒のベッドで眠りについた。
眠れない時は、刹那の寝顔をずっと見つめていた。

誰かと一緒に眠る癖は、ヴェーダとのリンクが切られたときに、ニールが一緒にいつも眠ってくれた時についたものだ。
不眠症に陥ったティエリアの部屋に訪れ、いつも面白おかしい話を聞かせてくれた。そして、睡魔がやっと訪れると、一緒のベッドで眠りについた。
そんな過去があったせいか、ティエリアは同じベッドで刹那と眠ることになんの抵抗感もなかった。
アレルヤの部屋を訪れようとしたこともあったが、刹那に止められた。
「誰かと眠りたいのならば、いつでも俺の部屋にくるといい」
刹那の部屋には、いつもロックがかけられていなかった。 いつでもティエリアが訪れていいように。


「どうした?」
ティエリアは、自分と同じ色のはずの瞳なのに、刹那の瞳はなんて綺麗な色をしているのかと思った。まるで、スタールビーのようだ。
「刹那の目が、綺麗だと思って見ていた」
「いいから、眠れ。目を閉じて横になれば、たとえ眠れなくても、大分リラックスできるはずだ。だから、目を閉じていろ」
「前から思っていたが、刹那の睫は意外と長いな」
その言葉に、刹那の片眉がピクリと動いた。
「前から思っていたんだが、ティエリアの寝顔はいつもかわいいな」
お返しとばかりに返されて、ティエリアは眉を寄せた。
「怒った顔もかわいい」
「刹那、ふざけているのか」
「お前が眠らないからだ」
「分かった。大人しくする」
もそもそと毛布を被って、ティエリアは刹那と見つめあう形だった寝場所を変えるために、寝返りを打った。
「刹那、こそばゆい」
「我慢しろ」
刹那の手が、細いティエリアの腰にまわされていた。
「また痩せたか?」
「多分、そうかもしれない。最近、思うように食事が喉を通らない」
その言葉に、刹那が眉をしかめた。
「また手作りのアップルパイを食わぞ、ティエリア」
「止めてくれ!あの味はピーマンよりも苦い!」
どこをどうすれば、ピーマンよりも苦いアップルパイができあがるのだろうか。
ティエリアは、一度刹那の作ったアップルパイを食べたことがあった。そのあまりの苦さに、ティエリアは飲みこんだものの、続きを食べることができなくて、刹那につき返した。刹那は、黙ってティエリアの食べかけのアップルパイを 食べた。 食べ物を粗末にはできない性格らしい。
「ティエリア」
「ん…」
小さく、ティエリアは返事を返した。
「目を瞑っていろ」
有無を言わせない刹那の強い言葉に、ティエリアは無駄口を叩くことを止めて、目を瞑った。
刹那の体温が、心地よかった。
「無駄なことは考えるな」
目を瞑って大人しくなったティエリアの身体を自分のほうに引き寄せながら、刹那もまた目を瞑った。
「刹那…愛してあげられなくてすまない」
ポツリと、ティエリアが零した。
「ティエリア、考えるな。俺は、自分の意思でティエリアの傍にいることを選んだんだ。愛なんて、俺たちの間には不要だ」
「刹那」
「ティエリア・アーデ。眠れ」
「……刹那・F・セイ……」
ティエリアの言葉が、最後まで形になることはなかった。
刹那の眠れという言葉で、ティエリアは自然を眠りに落ちるようになっていた。まるで強い催眠にかかったように、大人しく眠りについたティエリアを確認すると、刹那もまたいつの間にか眠りへと落ちていた。