一人は、もういや。







「ティエリア?」
一緒に眠っていたはずなのに、隣にあったはずのぬくもりがいつの間にか消えている。
刹那は上着を羽織ると、自然とロックオンが使っていた部屋に足を向けていた。
ロックオンの部屋は、誰も使うことがなく、少しだけの遺品が置かれただけの寂しい部屋になってしまっていた。
トレミーは大破してしまったが、新しいトレミーは前のトレミーを基本につくっている。ロックオンの部屋も、そのまま残っていた。
パスワードを入力して、ロックを解除する。
「刹那」
驚いたように、ティエリアがマットレスだけになったベッドに凭れかかっていた体を動かす。
ペタンと座り込むような形で、かつて一緒にロックオンと眠ったベッドを懐かしそうに撫でていたティエリア。
涙の痕が、刹那の胸をズキリと傷ませる。
ティエリアの行動は大体把握している。
一緒に眠っているのに居なくなった時は、大抵この部屋にいるか、デッキに出て一人で歌っているかだ。
「どうしてここにいると分かった」
着ていた上着を脱ぎ、薄着のティエリアに着させる。
「僕は、まだ」
「言わなくていい」
刹那の唇が重なり、ティエリアは言葉をのみこんだ。
「そのままで構わない。無理に変わる必要はない」
無理に、ロックオンへの愛を消す必要はない。
ティエリアはロックオンを愛しているからこそティエリアなのだ。
年月が経とうとも微塵も薄らぎもしないティエリアの想い。
永遠不滅を誓ったように、ティエリアは一人でその約束を守っている。
ずっと、一人で。
「どうする?この部屋で眠るか?」
寝るならば、マットレスだけの状態をなんとかしなければならない。
刹那は、労力を惜しむことはない。
誰でもない、ティエリアが望むのであれば、ティエリアの望み通りにする。
ティエリアは愛しそうにマットレスを撫でた後、立ち上がった。
「部屋に戻るよ」
「そうか」
刹那の手がのびで、かすかに残っていたティエリアの涙の痕を消し去っていく。
「一人で泣くな。泣く時は、俺の傍で泣け」
ある意味、かなり強烈な殺し文句だ。
それをティエリアは俯きがちに目を伏せて、受け入れる。
「刹那の傍で、泣くよ」
氷の結晶が、新しい涙を零す。
刹那に抱きついたまま、静かに涙を零す。
「俺がお前の傍にいる。好きなだけ泣け」
刹那といるとき、ティエリアは決してロックオンの名前を口にしない。
「君が、居てくれて本当に助かる」
嗚咽を漏らすティエリアの背中を撫でる。
そのまま、自分の部屋に連れ去る。
ロックオンの部屋は、刹那も悲しい気持ちにさせる。
刹那がまた、唇を重ねてきた。
その優しさに、ティエリアはただ震える。
「僕は、君を」
涙に塗れた艶やかな石榴の瞳で、刹那の血のように赤い瞳を見つめる。
「君が、好きだから」
「知っている」
ティエリアの白い手をとって、刹那は自分の頬に当てる。
生きているその輪郭をなぞらせるように。

「お願い。僕を残して、死なないで」

お願い。
もう、僕を残していかないで。
一人は、もういやなの。
涙が止まらないから。
一人は、もういや。

「約束する」
刹那は、自分の分の毛布もティエリアにかけてやる。
小刻みに震えていた体が、刹那にそっと抱きついてくる。
それを抱きしめ返す。
ティエリアは石榴の瞳を金色に変えた。
「刹那が死んだら、僕は死ぬよ」
ロックオンには置いていかれたが、もう一人はいやだ。
「俺は、死なない。信じろ」
「・・・・・・信じる」
金色の瞳が、太陽のコロナのように鮮烈に色をかえていく。

もう、何も失いたくはない。
刹那を、失いたくない。

神様。
お願い。
もう、僕から大切な人を奪わないで下さい。
一人は、もういやなの。
涙が止まらないから。
一人は、もういや。