白い奇跡








祈りが聞こえる。
眠っていた魂を目覚めさめる祈りが。

誰かが、俺を呼んでいる。



俺の魂がシンクロした。
その祈りは、毎日決まった時間に行われる。
俺の魂が眠る場所としてくれた安息の場所から。
ここ最近ずっと毎日。



声が聞こえる。
懐かしい。
とても懐かしく、そして哀しい声。
絡みつく感情はとても不安定だ。


「今日も、また会いにきました」


姿が見える。
あれは誰だったろう?
とても身近な存在だったはずなのに、なかなか思い出せない。
哀しい顔をした、紫紺の髪の少女とも少年ともつかぬ中性的な顔立ち。
神が創り出した奇跡のように美しい。

その魂が、声が、俺を呼んでいる。




俺は。
俺は、ロックオン。ロックオン・ストラトス。
記憶が蘇っていく。
宇宙で、死んだはず。
そう、今は魂だけの存在。

神様の悪戯だろうか。
死んだはずなのに、なぜ意識があるのだろう。
はっきりと死を自覚しているし、肉体もない。精神だけの存在なのに。



また声が聞こえる。
懐かしい。
とても懐かしく、そして哀しい声。
祈ってくれたいたのは、その声の人物だった。

「プトレマイオスの再建築は、順調に進んでいます」

プトレマイオス…。
それは記憶の波に漂う単語のひとつだ。
目の前にいるのは、仲間。
守りたかった世界と同じくらいに大切だった仲間の一人。

いつだったか本人が言っていたのを思い出す。
自分に性別というものはないのだと。神の領域を冒した生命に、繁殖能力など必要ないからと。
少女のようで、少女でもない。人格は少年のものだったけれど、少年でもない。
それを知って、相手を半分女性として扱ってしまったが、強く否定されて男性として扱うようになったのは、 計画も大分進んだ頃のことだ。
武力介入を開始した頃だろうか。
複雑な事情を抱え、多くを謎にしたままの仲間に、俺は声をかけた。

「なぁ、ちゃんと食事はとってるか?眠ってるか?」

勿論聞こえるはずなんてない。
ただ、目の前の姿があんまりにも憔悴していて、とても心配になった。
疲労し、やつれている。
その美貌のせいでそういうことは曇りがちになるが、長い間そばで他の仲間と一緒に生活していたんだから分かる。



ポタリ。

「おい」

ポタリ、ポタリ。
目の前の彼は。
静かに、泣いていた。

「弱ったな、目の前で泣くなよ」
俺が泣きそうなくらいだ。
今すぐ手を伸ばして抱きしめてやりたい。
声をかけて慰めてやりたい。頭をなでなでしたい。
…っと、子供扱いするとすぐに怒るんだっけな。

「泣きやめよ、もう子供じゃないんだろ?」

祈りが聞こえた。
彼の祈りは、とても悲しい記憶にあふれていて、今にも手折れそうな心をがちがちに固めて、無理やり前を向こうとしている。
こっちが見てられないぜ。
どうして、そっちの声は届くのに、こっちの声は届かないんだよ!

{幸せであるように。
あなたの意思は私たちが受け継いでいくから、どうか安らかに}

祈りの声に、俺は唇をかむしかなかった。肉体なんてなかったけれど。


次の日。
またあいつの声が聞こえた。

「ここが、君の相棒の墓だ」


「ロックオン、ココニ、イル?ロックオン、ココニ、イル? ロックオン、アイタイ。ロックオン、アイタイ。カナシイ。ロックオン、イナイ。カナシイ」

「お、懐かしいなハロじゃないか。おれはここにいるぜ。でも、いつもはお前たちの心の中にいるんだけどな」

変わらず声は届いていないようで、彼はハロを抱きながら、暗い顔をしていた。

「そうだな。哀しいな。でも、あの人は自分の成し遂げることをしたんだ。いないからといって、いつまでもこんな風に、毎日墓参りしてくよくよしていては、あの人に笑われてしまう。 もう、新しい計画は順調に進んでいるんだ」


「アナタニ、アイタイ。ロックオン、アナタニ、アイタイ」


ハロの言葉に苦笑する。

「いつも、ほんとは傍にいるんだぞ?見えないだけで、お前の心の中にも俺は生きてるんだぜ?」

目にみえない腕を伸ばす。届かないと分かっていても。
こんなに毎日、声をかけられて。そしてお前さんは泣いてて。それにどうすることもできない自分が情けない。
せめて。
一度だけでもいいから、声が届いたら。


それは、彼が墓参りにきて何度目のことだったろう。
久しぶりの快晴だった。
けれど、彼の表情は曇ったままで。
あいかわらずのやつれた美貌をふせて、俺の墓に白い薔薇をそえてくれた。

風にさらわれる白い花びら。


そのとき、神様が奇跡をあげようと俺に言ってくれた。

白い、奇跡。


白い花の雨。


奇跡。


奇跡がおきるというのなら、俺の声よ どうか届いてくれ。



震える魂の振動に呼応して、白い花びらが雨となって彼に降り注ぐ。

「ティエリア」

お。
本当の声になった!

「ティエリア」

どうか気づいてくれ。
こんな奇跡、きっと一度しかおこせない。



「ティエリア!」

ティエリアの体を包み込むイメージをして、おれは呼びかけた。
すると、体温の低めな彼の体が拒否気味に強張った。
そりゃそうだろうな。
いきなり金縛りだもんな。
俺は気にしなかった。奇跡の時間なんて短いんだ。
そうしているうちに、俺の肉体が白い花びらで構成されていく。
物質的なものではない、マテリアル的なもの。
幽現体っていうんだっけ?
わからね。そんなことはどうでもいいんだ。

俺はティエリアの体を背後から抱き寄せた。
「そんな暗い顔しなさんな。せっかくの美貌が台無しだぜ?」

華奢な体は、さらに肉を落としたようで折れそうなほどだ。
俺は彼の体を抱き寄せれたことに安堵し、一旦ティエリアから離れると彼の目の前に立った。

石榴の瞳が瞬いて、ヴェーダとリンクしようとしているのか、金色に輝く。
けれどヴェーダはもうない。
金色と石榴の耀きが交じり合った瞳で、ティエリアは俺を見つめていた。
俺は、唇を開いた。

「……俺は、こうなったことに後悔はしてないぜ。でもな、ティエリア。お前さんはそんなに弱かったか?俺が知ってるお前さんは、もっと強く、誰よりも気高かったぜ?」

彼の答えを待たず、俺は一気にまくしたてた。

「いつからそんなに泣き虫になった?いつもの ツンケンした態度はどこにいった?俺は、その墓の下に確かにいない。でも、ずっとお前さんの心に生きているんだぜ?それにきづいてもくれないなんて、ガンダムマイスターとして ちょっと問題ありなんじゃないのか」

俺は苦笑してから、自分の墓標を見下ろした。

「ちゃんと側にいるから。だから、あんまり泣くなよ?」

白い花の雨が、ハラリハラリと降り注ぐ。


ああ、また泣き出した。
白い花の雨にもまけないくらいの涙。

ほんとに変わったな、ティエリア。

「泣くなって言ってるのに、これだからお前さんは…」
魂が、軋み始めているのに俺は気づいていた。
タイムアウトまでもう少しだってさ。神様はケチだな。

俺は精一杯の優しさをこめて、ティエリアをそっと腕の中に包み込んだ。
冷たい体温が、大分温まっている。
涙が俺の服を濡らす。
ティエリアからは、少しだけ甘い花の香りがした。

白い花びらが、リンとした音をたてて白い光の泡になっていく。

腕の中の傷ついた魂を癒す。
白くまどろんでいく夢のような奇跡。

この時間がもっと長ければいいのにと想った。
この傷つきすぎた魂を、もっと癒したい。

神様が、それはだめだと俺を叱った。現世の生物に深く干渉するのは禁止されてるんだってさ。


「刹那もアレルヤも生きているから。独りじゃないから、だから、な?」
どこまでも優しく。
どこまでも暖かく。
どこまでも静かに語りかける。

突然、ティエリアが、腕の中で身じろぎした。
そして、子供みたいに乱暴に服のすそで涙を拭う。

俺を見つめる瞳は、強い耀きに満ち溢れていた。
まだ涙は溢れてくるようだけれど。
彼の美貌に、曇りが見えない。



ああ、もう大丈夫だ。


な。


いつでも、お前の傍にいるんだから。



お前は、一人じゃないんだから、そんなに悲しむな。


俺は、お前さんに傷ついてほしくないんだ。


よしよしと、まるで子供をあやすように彼の頭をポンポンと叩いた瞬間、俺の 魂に、罅が入った。



神様が、お別れをしなさいとうるさい。



白い奇跡が終わる。


白い花の雨が止む。


「またな、ティエリア。いつも墓参り、ありがとな。あと、刹那にも墓参りありがとって言っといてくれ」

俺の体は、足元から白い花びらとなって、散っていった。

俺は、最後の最後まで笑顔をたやさなかった。

そして散り終わる前に、手袋を脱いでティエリアに向かってほうりなげた。

それは餞別。

どうせ掻き消えてしまうだろうけれど。

なぁ神様、あの手袋、ティエリアにあげたいんだけど。

あー、やっぱだめ?そうだよなぁ…。

奇跡って、あっけないもんだよな。



魂のきしみがとまらない。

また眠りにつかなければ。

「ロックオン・ストラトス!!」

ああ、ティエリアの声が聞こえる。ちゃんと、俺の名前を呼んでくれてる。



よし。

また、お前さんの傍で、眠りにつこう。

そして魂は、お前さんの心と一緒に。

生きてるさ、そこに。お前さんの心の中に、俺はいつだって。




ティエリア。刹那。アレルヤ。

みんな、大好きだぜ。