痛み







ガシャン。
音をたてて、いつも使っているカップを割ってしまった。
ティエリアは、破片を片付けようと手にする。
鋭く尖った破片。
くつか手の平に乗せると、浅く皮膚を裂いて血が流れてきた。
ポタポタと滴る血に構わず、そのまま破片を拾う。
傷口が熱をもったようなかんじがした。少しだけ、痛い。普通なら、痛いと声をあげているだろうに、痛覚に鈍感なティエリアの体はあまり痛みを感じない。
「こら、ティエリアなにしてんだ!」
声をかけられて、顔をあげる。
「カップを割ってしまったので、破片を片付けているのです」
「だからってなんで素手なんだよ!」
すぐに、手首をつかまれ、破片はガシャンとまた床に散乱した。
「ああもう、血が出てるじゃないか」
あまり、気にしていなかった。
確かに血は出ていたが、だってあまり痛くないんだもの。
イノベーターであるティエリアはに痛覚は一応備わっているが、人間のものよりかなり劣っている。
鈍い、というべきなのだろうか。
人間にも全く痛覚をもたぬ病気が存在するという。それに少し近いものがあるかもしれない。
「痛くないから平気です」
ペロリと、流れ出る血をなめとる。
その妖艶な仕草に、ロックオンは言葉を失ったが、すぐにティエリアの手の平を開かせると、じっと傷口を見る。
破片は刺さってはいない。
ロックオンは、救急セットをもってくると、ティエリアの傷口を消毒する。
「痛い」
そこではじめて、鋭い痛みをかんじた。
「生きてるんだから、痛くてあたりまえだ。なんであんなまねしたんだ」
「あなたに、買ってもらった大切にしていたカップだったから」
ティエリアは声を落とす。
視線が落ちる。
長い睫が、白い肌に影を落とす。
愚かな真似をしたと、そのときになって思った。
ロックオンの手を煩わせてしまった。
「ごめん、なさい」
ポツリと、呟く。
傷口にガーゼが当てられ、そのまま包帯を巻かれた。
ロックオンの眼帯に隠れていないエメラルドの瞳が、じっとティエリアの石榴の瞳を見ている。
「あなたが、流した血の色だったから。あなたの痛みを、僕も感じたかった」
痛覚に鈍いこの体では、ロックオンが感じた右目を失った時のような酷い痛みは感じれないかもしれない。
それでも、少しでも共有したい。
「あたなの痛みを、僕に下さい」
包帯が巻かれた右手を、じっと見下ろす。
ロックオンは、掃除機をもってきて、破片をすいとってしまった。
「あなたの痛みを、僕に、下さい」
「ティエリア」
ロックオンが右目を失ってからというもの、ティエリアは酷く不安定になっている。
それが自分のせいであることはロックオンも分かっていた。
「もう、こんなばかな真似は止めろよ?俺の心が痛いんだ」
「あなたの、心が・・・・・」
ティエリアは、石榴の瞳を数回瞬かせて、ぎゅっとロックオンにしがみついた。
「あなたの痛みを僕も感じたいのに。僕の体は痛みをあまり感じない。人間に、なりたい」
「お前はもう、立派な人間だよ」
優しくティエリアの髪を撫でるロックオン。
ティエリアは、噛み付くようにロックオンに口付ける。

血の味がした。

あなたの痛みを、僕に下さい。
ペインを。
痛みの、証を。