LOST DATE









ティエリアは、食堂で持ち運び可能な自分のパソコンをいじっていた。
そのパソコンでよくネットにダイブしたりもするし、企画書を作成したりもする。誰に触られるか分からないため、重要機密は流石に入っていなかったが、 それでもCBについての簡単な情報はそのパソコンにも入ってあった。
ティエリアは、昼食を食べ終えた後、刹那とアレルヤとライルと会話をしながらも、パソコンで今度提出する新しい戦闘フォーメンション のプランを練っていた。
アレルヤの隣にはマリーもいて、自然と彼女も輪の中に入っていた。5人で何気ない会話を語らいながらも、ティエリアは戦闘についての意見を聞いたりもした。マリーが アロウズにいた頃の戦術プランの話も、とても役に立った。
戦術プランを考えるのは戦術予報士である、ミス・スメラギの仕事であったが、実際にガンダムを動かすのは自分たちであり、ガンダムに乗って 戦闘を経験し、それを積み重ねていくことで利になるフォーメーションを思いつくこともあった。
その場凌ぎにするには惜しいパターンなど、今まで経験したものの中から幾つかをピックアップする。敵が地上、空中、海中と、場所もしくは陣形によって襲ってくる場合を予測して、 四機での追撃作戦をする。ミス・スメラギの戦術予報は完璧であったが、戦闘ではどんなことが起こりうるか分からない。
一機を失った場合、その機体を守りながら戦闘をしなければならない。そういうった場合も含め、いろんなパターンでの戦況をティエリアは分析していた。
一人で部屋で作業をしていたのだが、流石に慣れないことをしているせいもありすぐに気が滅入った。
そこで、ティエリアは他のガンダムマイスターたちと会話しながら、戦闘についても詳細に語らうことで、いろんなプランを練ることができた。
一人で考えるよりも、他のメンバーの意見を聞き、取り入れたほうが遥かに効率的で尚且つ理想的なものができあがる。

ティエリアが考え出したフォーメーションを、実際に何度かミス・スメラギは戦術に加えていた。
慣れないティエリアであったが、戦闘を分析する能力には極めて長けており、できあがったプランに始めて目を通したミス・スメラギは舌を巻いたほどだった。
とてもではないが、ただのガンダムマイスターとするには惜しい逸材であった。
ミス・スメラギが指導すれば、ティエリアはいずれ一人前の戦術予報士になれるかもしれない。けれど、ティエリアにその気はなかったし、ミス・スメラギもティエリアの能力は 高く買ったが、自分の後継者のようにするつもりはなかった。

ティエリアは、特に刹那のOOの機体の殲滅の高さを前に押し出すような形のプランを練っていた。
そして、反対にOOは殲滅に長けた分、防御力に問題がある。その防御をカバー するために、一度、一番防御力の優れたセラヴィの機体を中心に、あえて敵をひきつけるフォーメーションを取れればばそれこそ理想的だった。
だが問題は、敵もそう簡単には策に乗ってくれないという点である。
アレルヤとライルの機体はどちらかというと霍乱向けである。敵を遠距離もしくは近距離から射撃する。セラヴィも殲滅力は高いが、チャージに時間がかかるし、それに機体の動作がOOに比べて遅い。
やはり、殲滅のメインとするにはOOの機体以外に考えられない…。

ティエリアはパソコンと睨めっこしていた。
分析したパターンを追加し、変更したりしていた。
アロウズは、ミス・スメラギと同じようなレベルの高い戦術予報士が戦術プランを作っているらしく、ティエリアもアロウズが取るであろう策を考え、その上でフォーメーションを組んだりと、 静かだが忙しい作業を行っていた。

「流石に参るな。少し休憩する」
ティエリアが、パソコンから離れた。
「アレルヤ、今度の新しいフォーメーションだ。大体できている、ざっと目を通しておいてくれないか。ロックオンも」
ティエリアは、昼食を終えて雑談をしている二人に話しかけた。
「またティエリアが考えてるの。すごいね。本当に、尊敬しちゃうよ」
「教官殿は、戦術士にでもなるつもりかぁ?」
二人はそれぞれに思った言葉を口に出しながらも、ティエリアの言われた通りに素直にパソコンの前にきた。
そこであらかじめ練られたプランとフォーメーションに、目を通した。
「へぇ。今度は、刹那じゃなくって僕の機体が前に出るのか。ティエリアにしては珍しい策だね」
「違う違う。よく見ろよ。アリオスを前に出させて、同時にセラヴィの影から刹那の機体が出る。そこで、二機同時に先陣を切り裂いていくんだ」
「あ、ほんとだ。僕、こういうの理解するの苦手だから」
「お前さん、それでもガンダムマイスターかぁ?」
ライルが笑って、アレルヤの頭をぐしゃぐしゃとかき回した。
「もお、やめてよロックオンたら」
ティエリアは、そんな二人に苦笑する。

シュンと、音を立てて食堂の入り口が開いた。
先ほどからいなかった刹那の姿を発見して、ティエリアが近寄る。
「刹那、今度の新しいフォーメーションだ。まだ未完成だが、ほぼ完成している。目を通しておいてくれ」
「ティエリア、休憩の時間くらい素直に休憩したらどうだ」
刹那が、少し心配そうにティエリアを気遣った。
ティエリアは、一度フォーメーション作成や戦術プランに熱中すると、睡眠時間を削ってまで時間を費やすくせがあった。
ティエリアの作り出したものを、仲間が褒め称え、ミス・スメラギが高く評価してくれるせいでもあった。
「心配はいらない。暇をもてあますよりは有効な時間の使い方だと僕は思う」
「だが…。まぁいい。ティエリア、それにアレルヤ、ロックオン。ミス・スメラギが呼んでいる。アロウズの戦術士の名前が分かったようだ」
「アロウズの!」
「詳しい話は、会議室で行うそうだ。皆、集合するように」
ティエリアは、刹那の言葉を最後まで聞かずに、すでにミーティングルームへと足を向けていた。

アロウズの戦術士に、ティエリアは興味があった。
詳しい話を聞けば、そこから敵がとるであろうフォーメーションを予測できるかもしれない。
アレルヤもライルも、刹那の言葉に食堂を後にした。
そして、刹那は食堂の隅のほうにひっそりと座っている、沙慈・クロスロードの存在に気がついた。
影の薄い彼は、いつの間にか食堂に紛れ込んでいたらしい。
ガンダムマイスターと話すこともできず、沙慈は一人俯いていた。
沙慈の存在は、今のCBにとって貧乏神のような存在であった。カタロンのアジト襲撃の発端は、沙慈に全ての 責任があった。その責任を認めながらも、何もできずにただおろおろする左慈に、同情する者は誰もいなかった。
カタロンが襲撃された責任が彼にあると分かっていながらも、CBは一度保護した彼を見捨てるわけにもいかず、ガンダムマイスターたちが疑われながらも、沙慈をカタロンに 渡すような真似は一切しなかった。
それに対して、CBメンバーの誰にも、感謝の言葉さえ浮かべない沙慈に、CBの誰もが厄介な人物を刹那は拾ってきたものだと思っていた。
逃げてばかりで、戦うことから目を背けてばかりの沙慈は、特にティエリアを苛立たせた。
何度か彼の頬を張ったのも、周りのせいにしようとする沙慈の態度が原因であった。
最近は、カタロン襲撃事件のこともあり、なるべくトレミーから出ないように沙慈も心がけていたし、イアンの元でガンダムの 調整の手伝いにをすることに必死になりだした沙慈に、ティエリアも彼の存在を認めていた。
沙慈には、ガンダムの調整を手伝うことでしか、CBに対して自分がした過ちを、それを匿ってくれた礼ができないのだ。
会話をしようものなら、ティエリアでなくても頬を殴りたくなるような性格の沙慈に、進んで仲良くなろうとするメンバーは誰もいなかった。
刹那もそれは同じで、沙慈を拾った責任はあったけれども、自分だけ良ければ他はどうでもいいという雰囲気のある沙慈を理解しようとも思わなかったし、仲良くなろうとも思わなかった。


そんな沙慈が、俯いていたかと思うと、恐る恐るであるがティエリアのパソコンに手を伸ばしていた。
刹那は止めなかった。
沙慈とて、ただ純粋に新しいフォーメーションというのに興味があるのだろう。
沙慈にとっては怖い存在であるティエリアが、食堂では普通に皆と会話をして笑っている。 そんな彼が編み出したプランに、興味を惹かれた。
「沙慈・クロスロード」
名前を呼ばれて、びくりと沙慈の体が強張った。
「刹那」
「それはティエリアのパソコンだ。ティエリアが編んだフォーメーションを見るのもいいし、ネットにダイブしてもいい。ティエリアも、 別に沙慈が触ったからといって、前のように怒ることはしないだろう。もしもそうなりそうであれば、俺がティエリアを言いくるめる。 だが、これだけは言っておく。シークレットという名前がついているフォルダだけは、勝手にいじるな。いいな」
「あ、ああ、分かったよ」
沙慈は強く頷いた。
それに、刹那も安心してミーティングルームへと身を翻した。

沙慈は、ティエリアが練ったプランを読み漁っていた。
知識もない左慈であったが、それでもそのプランとフォーメーションの完成度がとてもレベルの高いものであるのはなんとなく分かった。
そして、ここ何ヶ月も潜ったことのないネット世界へとダイブした。
それにもすぐ飽きて、沙慈はパソコンから離れようとした。
そして、パソコンの画面の左隅に、シークレットと名前のつけられたフォルダを発見する。
沙慈は迷った。いじるなと言われていたが、見てはいけないとは言われていなかった。
するなと言われるほどに、人はしたくなる生き物である。
沙慈は誘惑に勝てなかった。
フォルダをクリックして、開ける。
中には、画像データが1枚あるだけだった。
それをクリックする。
パッと開いた画面は、一枚の写真らしかった。
ロックオンとティエリアが、今の服装ではなく私服らしい姿で並んで、笑っていた。その綺麗な微笑みと、画像に記載されたデータの年月日に 沙慈は顔が熱くなるのを感じていた。
自分の大切な人であったルイスが、ガンダムに襲撃された日の年月が記載されていた。
地獄を味わった彼女を尻目に、この二人はこんなに幸せそうな笑みを浮かべて写真を撮っていたのか。

沙慈は、胸元からリングを通したネックレスを取り出した。
「ルイス!!」
彼女の名を呼んだ。
返事はなかった。
それは、間違った悪意であった。分かっていても、止められなかった。
ルイスが苦しんだ日に、ティエリアとロックオンは何も知らず平和を満喫していたのだ。それが許せなかった。
沙慈は、マウスの右クリックを押すと、画像の削除を選んで実行した。
「ルイス、ルイス…」
沙慈は泣いていた。
こんな写真のどこが、シークレットだというのか。ティエリアもロックオンも、つい先ほどまで普通に会話していたではないか。
沙慈は、消えていく画像を見ながら、ルイスの名を呼び続けた。



ミス・スメラギとの臨時会議が終わり、ティエリア、刹那、アレルヤ、ライルは食堂に戻ってきた。
そこで、ティエリアのパソコンの前に座りながら、涙を流している沙慈の姿を発見した。
「どうしたんだ、沙慈・クロスロード。どこか具合でも悪いのか」
刹那が最初に声をかけた。
その刹那を押しのけて、悪い予感のしたティエリアは沙慈の前からパソコンを乱暴にひったくった。
「ルイスが傷ついた日に、君らはこんなにへらへら笑って写真に写ってたんだね。ダンガムのせいで、ルイスは、ルイスは……!!」
君らという言葉と一緒に、沙慈はティエリアを見て、次にライルを見た。
ティエリアは、全身から血の気が引いていく気がした。
沙慈の言葉を聞きながら、シークレットというフォルダを開く。
そこには、何もなかった。空っぽだった。あるはずの、写真のデータがなかった。
「!!」
ティエリアは無言で戦慄いた。
そして、涙を流す沙慈の首元を乱暴に掴むと、思い切り力をこめて張り倒した。
「ティエリア!やめなよ!」
更にぶとうとするティエリアの手を、アレルヤが掴んだ。
「どんな事情があるのか分からないけど、暴力はよくないよ」
「アレルヤ。君の言っていることは正しい。だが、僕だって理由もなくこんな行動には出ない!」
ティエリアは、石榴の目を怒りに燃やした後、哀しそうに伏せた。
「あれしかなかったのに。ロックオンと一緒に撮った写真は、このパソコンにあるデータの1枚しかなかったのに。バックアップを取っていなかったんだ。あれしかなかったんだ」
ティエリアは、バックアップをとっていなかった自分を呪った。

ティエリアの言葉に、刹那が眉を寄せた。そして、ティエリアのパソコンの画面を見て、シークレットのフォルダが開けられているのを確認し、中身が空っぽであることに気づいた。
「沙慈・クロスロード。まさか、あの画像を勝手に削除したのか!」
「ルイスが!ルイスが襲われた日に、笑って写真なんか撮ってる方が悪いんだよ!ルイスを返せ!」
「沙慈・クロスロード」
泣きながらルイスと繰り返す左慈の隣にくると、今度は刹那が沙慈の頬を殴った。
それに驚いたのはアレルヤとライルだった。
刹那が、今まで民間人にどのような理由があれ、暴力を振るったシーンを見たことがなかったのだ。
「刹那・F・セイエイ。もういい。いつでも気軽に見れるからと、パソコンなんかに画像を入れていた僕がばかだった」
ティエリアが首を振って、刹那を止めた。
そして、データをセーブすると、パタンとパソコンを閉じた。
「とてもじゃないが、沙慈・クロスロードとは当分顔もあわせたくない。僕は自室に戻る」
「一体どうしちまったんだよ?」
ライルが分からないとばかりに、去っていくティエリアの後姿を見た。

沙慈は、殴られた場所を押さえてから笑った。
「アハハハ。なんだよ、たかが写真1枚データを消されたぐらいで!写真になんか写らなくても、いつだって会話できるし笑いあえるじゃないか!いつも傍にいるんだから!僕はもう、ルイスと会話もできないんだ!!」
アハハハと、泣きながら笑う沙慈を、憐れむようにライルは見下ろした。
刹那が、アレルヤとライルに耳打ちで事情を説明したのだ。
「ルイスを襲ったのは俺たちとは違うガンダムだと、前に説明しただろう」
刹那が冷ややかな目で、沙慈を見下ろした。
「ガンダムなんてどれも一緒だ!どれも、人を傷つけるためにできている!」
「なら、言っておこう。沙慈・クロスロードはティエリア・アーデを傷つけた。だから俺は殴った。シークレットの画像はいじるなと、強く言っておいただろう。それを無視して、 あんたは画像を削除した。私怨で。あの画像が、ティエリアにとってどれほど大切であったかを、あんたは知らないからできるんだ」
「大切?写真なんかより、本人が目の前にいるじゃないか」
沙慈はふらつきながら立ち上がった。
それにアレルヤが肩をかそうとするが、無言で刹那が阻んだ。
「あの写真に写っていたロックオンは、目の前にいるロックオンとは別人だ。写真に写っていたのは、今目の前にいるロックオンの双子の兄で、4年以上も前に戦いで死んでいる。ティエリアとっては、あんたのいうルイスの存在のようなものだった。誰よりも大切な存在だった。彼もティエリアも写真に写る なんて古臭い真似は嫌いだったから、二人が写真に写っていた画像はあれしかなかったんだ。他に一緒に写った写真なんてない。それを、あんたは削除したんだ」
「双子の兄?戦いで死んだ?」
沙慈は、ゆっくと言葉を噛み砕いた。
そして、私怨に染まった脳で、ゆっくりと事情を呑み込んでいく。
「そんな!僕、ティエリアのところにいってくる!」
アレルヤが、事情をはっきりと理解してティエリアを追って、走っていった。
優しいアレルヤらしい行動だった。
「あー、教官殿がとても大事にしていた兄貴との写真を、こいつは削除しちまったのか。データのバックアップはないのか?もしくはネガか」
「ない。消えた画像だけだ」
「あちゃー。このトラブル人間、また偉いことしてくれたもんだなぁ。ティエリアがどれだけ傷つくかなんて、考えてもみなかったんだろうな。そうだよな、自分だけ 良ければそれでいいんだからな、お前は」
ライルが、沙慈を冷ややかに見つめた。

絶対零度の眼差しを受けて、沙慈が固まった。
「僕は、僕はなんてことを…。謝らなきゃ……」
ティエリアの後を追おうとする沙慈の腕を、ライルが引きとめた。
「謝るんなら、最初から行動しないことだ。少しは、他人の痛みというものを考えやがれ。カタロンの件といい、本当にどうしようもない奴だな」
「僕は、そんなつもりじゃ!」
「そんなつもりはなくても、悪意はあったんだろうが」
「だってルイスが!」
「ルイスなんてかんけーねー!お前の私怨だろうが!お前が、勝手にティエリアを恨んで、ティエリアが大事にしていたデータを削除した!その事実に変わりがあるっていうのか!?」
「沙慈・クロスロード。ルイスの件に関しては、お前に同情していた。だが今回だけは許せない」
「僕はどうすれば」
「そんなことも分からないのか。本当に最悪だな」
ライルが侮蔑の言葉を吐いた。
ライルとて、本来ならこんなことを言う人間ではなかった。だが、ことがことだ。ライルは、ティエリアが兄のニールをどれだけ慕っていたのか痛いくらいに分かっていた。だから、 尚更、左慈が許せなかった。
「沙慈・クロスロード。しばらく時間を置くことだ。その上で、ティエリアに謝罪しろ」
「分かったよ……」
左慈が、がっくりと肩を落とした。

「悪いが、今回ばかりは誰もお前の味方になる者はいない。自業自得だ。しばらくの間は、ガンダムマイスイターから冷ややかな目で見られるのは覚悟しておくことだ」
「刹那、どこいくんだ?」
「ティエリアが心配だ。様子を見てくる」
「ああ、頼んだ。ティエリアは、一番刹那になついているからな。俺は、少し時間を置いて様子をみることにするぜ」
「すまない、ロックオン」
ライルと刹那は、二人揃って食堂を後にした。
一人残された沙慈は、悔恨に涙を流した。
他人の痛みに、鈍感すぎた。
相手が大切にしてあるだろうものを、勝手に壊してしまった。
それが、どれだけ相手にとってかけがえのないものであるかを、考えもしなかった。それは沙慈の罪だ。
沙慈は、ルイスとお揃いのリングを光に当てながら、何日か後にティエリアに言うべき謝罪の言葉を捜していた。