「お前は人間だ。そして、処分なんてされない。ティエリアは俺が守る」 「ロックオン・ストラトス」 抱きしめられたまま、ティエリアは呆然としていた。 「好きだ、ティエリア」 「冗談はよせ」 「冗談なんかじゃない。お前のことが好きだ」 ティエリアは震えた。 ガタガタと、震えだす。 「ティエリア?」 「知らない!僕は、こんな感情知らない!」 ティエリアはロックオンの顔をひっかく。ロックオンの腕が緩んだ隙を見計らって、立ち上がって走り出す。 知らない。 僕は、こんな感情は知らない。 ああ、ヴェーダ。 ヴェーダ。 助けて、ヴェーダ。 ティエリアは、ヴェーダとアクセスできるシステムルームに篭った。 ふわりと、体が宙に浮く。 まるで、母なる海に抱かれているように心地よい。 ティエリアの瞳が金色に輝いて、そしてオーロラへと色を変えていく。 「ヴェーダ。この感情はなんですか。僕は人間なのですか?」 ヴェーダに問いかける。 ヴェーダは、ティエリアに情報を流す。 (それは愛という感情の一種) 「でもヴェーダ、愛は人間が持つべきものだ」 (あなたは人間に近づいたのです) 「ヴェーダ。僕は人間じゃない」 (そう、あなたは人間ではない。でも、同時に人間でもある) 「僕が、人間でもある?」 (あなたは今、変わろうとしている。ティエリア。とまどうことはありません。素直に、心を開いていきなさい) 「だけど、それではヴェーダ、僕は弱いだけの人間になってしまう」 (安心しなさい。あなたは弱くありません) 「だけどヴェーダ!」 (ティエリア・アーデ。あなたは人間になっていくのです。人間としていきなさい。けれど、これだけは言っておきます。人間に心を開いても、人間を愛してはいけません。破滅します) 「破滅・・・・」 ヴェーダの言葉に、ティエリアが震える。 「嫌だ、破滅なんてしたくない」 (ティエリア。いつもあなたを見守っています) 「ヴェーダ!」 それ以上、ヴェーダの回答はなかった。 ヴェーダは通常、情報をくれるだけの大きなコンピューターだ。 そこに、ヴェーダと呼ばれるAIが備わっていることは、誰も知らない。 多分、ティエリアにだけ与えられた特別な能力。 ヴェーダを作ったイオリアが、我が子同然に慈しんだティエリアにだけ与えた、特別なAI。 ティエリアが精神的に不安定であると知ったイオリアは、だがティエリアを破棄処分しなかった。その未熟な精神の脆さも愛した。 イオリアの周りには、様々なAIがいた。 そのAIがよく、処分は嫌だと叫んでいたのを、ティエリアがかすかに記憶していたのだ。 実際のイオリアは、ティエリアを我が子のように慈しみ、一緒に研究を進めていた。当時のティエリアは女性としての自我を築いていたが、イオリアは自分の死期をさとった時期に、ティエリアを地下の特別なカプセルに眠らせた。 いつの日か、計画を遂行するガンダムマイスターの一人になるように。 そして、そのときイオリアがいなくて不安にならないように、イオリアが生きた時代の記憶を抹消した。全ては、ティエリアの未来のため。 CB研究員によって目覚めさせられたティエリアは、男性としての自我を築いた。 イオリアは、ティエリアに男性として生きて欲しかったのだ。女性として生きれば、無性の中性体とはいえ、その美しすぎる容姿だけに、人間の欲望の的になってしまうかもしれないから。 それを、イオリアは恐れたのだ。いつまでも、天使は穢れなく純粋であってほしい。 その願い通りに、ティエリアは男性として自我を築いた。 そして、余命いくばくもない体で、ティエリアのためだけに、ティエリアとだけ接触できるヴェーダのAIを作り上げ、イオリアは死んだ。 「ヴェーダ。僕に人間として生きろだなんて」 システムルームから出る。 ティエリアは、虚ろな瞳でそのまま自室に戻った。 NEXT |