「マリナ・イスマイール。これをやる。俺と思って持っていてくれ」 そんな恥ずかしい台詞と一緒に渡されたのは紙に包まれた何かだった。 マリナは、早速紙を開けた。 中には、ケースに入った宝石が入っていた。 刹那が宝石を持っていたことに驚いたが、中身は地味な黒い石だった。 「黒曜石だ。マリナの瞳と髪と同じ色の。母の形見だ」 研磨された黒曜石は、綺麗な黒で、光に反射して光っていた。 刹那の母の形見という言葉に、マリナが顔をあげる。 「そんな大切なもの、受けとけれないわ」 「俺が持っていても、何の意味もない。マリナの瞳の色は俺はこの黒曜石のように綺麗だと思う。 マリナ・イスマイールに持っていて欲しいんだ」 刹那の瞳は、マリナと違ってルビーのような血の赤だ。 真紅の宝石など、今のマリナには到底手が出せるものではなく、贈ることさえできないのが歯がゆかった。 「刹那の瞳の色の宝石を、私は贈ることができないわ」 「気にするな。全て、俺が勝手にしていることだ」 刹那は、どこまでもマリナに優しかった。 まるで壊れ物を扱うかのように、刹那は自分より年上のマリナを扱った。マリナは嬉しかった。まだ21である刹那には、 その気になれば女性に苦労することはないだろう。 だが、あえて8も年上の、しかもアザディスタンの皇女であるという厄介なマリナを選んでくれる。 刹那と出会えたことに、マリナは神に感謝をした。 「ありがとう刹那。大切にするわ」 マリナは、ケースに入った黒曜石を大事そうにしまった。 宝石として、加工して身につけるつもりはなかった。このまま、ケースの中で黒曜石は眠っていたほうがいい。 そのほうが、刹那の気持ちを想い出せるし、何より彼の母の形見というのだから、むやみに触ることはしないほうがいいと思った。 黒曜石は、マリナの瞳と同じ黒で、しっとりと落ち着いた色をしていた。マリナは髪も瞳も黒で、それはありふれた色である。 特に東洋人は黒髪、黒い瞳が多く、マリナの黒い色は別段珍しいものでもなかった。 だが、刹那は思う。 マリナの黒は、特別な黒だと。 他の黒い色を持つ人間にはない、神秘性がある。 マリナには、黒曜石よりももっと澄んだ、そう、蒼い宝石が似合う気がしたが、そんなものを手に入れる機会など刹那にはなかった。 だから、あえて母の形見であった黒曜石を渡したのだ。 素直に気持ちを伝えられない分。 マリナと一緒にいられるのももう終わりだ。マリナはアザディスタンの皇女として、カタロンに身を置くことを決めていた。 そのアザディスタンは、見る影もないほどに破壊されてしまっていたけれど。 マリナは故国のために泣いた。 その涙を、刹那は拭えないでいた。 どこまでも不器用な二人は、別れが迫ってやっと伝えたいことを物を贈ることで伝えたのだ。 マリナは、方耳のピアスを外して刹那に持たせた。 サファイアでできたピアスは、簡単な細工のものだったけれど、刹那は黙って受け取った。 「俺は、これ以上マリナの傍にいることはできない。かわりに、その黒曜石がお前を守ってくれる。きっと」 「私も、あなたの傍にはいられない。そのピアスを見て、時々でいいから私のことを思い出してね?」 マリナには、アザディスタンが全てだった。 これ以上CBの世話になるつもりはなかった。 連邦政府の、中東再建という言葉にショックを受けながらも、アザディスタンがなくなったことに戦慄きながらも、それでも マリナはアザディスタンの皇女なのだ。 国を再び作り上げるために、全力を尽くすだろう。 それはとても危険なことだった。CBにいるのと同じくらいに危険なことだった。 刹那は、マリナを止めない。マリナも、一度は国の再建に刹那に来て欲しいと口に出し、ティエリアにそうしたらどうだとまで 言われ、信念が揺るいだが、それでも刹那はガンダムマイスターだ。 世界の歪みを正すために、自分は存在しているのだ。 恋愛などしている暇はないのだ。 マリナは、黒曜石を片手に、刹那と別れをした。 それは無言のものだった。 きっと、刹那の分までその研磨された黒曜石がマリナを守ってくれるだろう。 |